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2017/10/16
この春、不思議な感覚を味わう体験をしました。

朝起きたときの調子がおかしい。もともと私は低血圧で貧血なので、朝にはフラフラのことがよくあるのですが、いつもと少し様子が違う元気のなさでした。

体がしんどいとか、不快感があるとか、体調が悪いという感覚は全くなくて、ただ力がないというだけ。あの世とこの世の境目にいるような、フワーっとした感覚。息が細くて消え入りそうな感じだけれど、息苦しいというのではない...。

こういう感じで息を引き取れるのは理想だな、と思いました。このままでいたら、す~っと消えていく感じ。むしろ、心地良いのでした。落馬して骨盤骨折をしたときには猛烈な痛さだったので、死ぬときに同じ痛さだけは味わいたくないと願っている私なので、こんな風に静かに息を引き取れるのは幸せです。


このまま息が絶えるか... と思ったのですが、そうは問屋が卸さなかった。

この朝、友人と朝市に行く約束をしていました。なんだか元気がないのだと告げたら、外出は止めようかと言われたのですが、別に病気という感じはないので出かけました。

車の助手席に座って、ぼ~っとしている。でれ~っとした体形...。こういう感覚は、ペルーでチチカカ湖に行く電車に乗ったとき、標高3,000メートル以上という当たりで感じた感覚と似ていたかもしれない。

フラフラと歩きながら買い物をして、昼近くなったら、いつものように元気になってしまいました。いい加減な私...。

でも、こんな風に、蝋燭の火が静かに燃え尽きたように死ねたら幸せだな、という体験が刻まれました。


修道院でシスターから聞いた聖ブリュノーの生涯

古い建築物(フランスで言えば革命前の時代)が好きなので、旅行しているときに城や宗教建築物があると、たいてい見学しています。

20世紀後半だったはずですが、見学するために修道院に入ったら、つまらない建築物。それで、こんなところで時間を失いたくないと思ったのですが、修道女の人が案内をしてくださって、記憶に残る見学になりました。

記憶に残ったといっても、覚えているのは四角い回廊を歩きながら、壁にかかっていた絵の説明だけ。いつのことだったか、どこだったかも思い出しません。

修道院の回廊というのは、こういうところ。僧侶たちはグルグルあるいて瞑想をしたのでしょうか。

 Cloitre prieure Saint-Michel de Grandmont

思い出した修道院の回廊に掲げられていた絵画も、これまた芸術的価値はないと見えるものでした。19世紀に描かれた絵だったかな?...

修道女は、Saint Bruno(聖ブリュノー)の一生を描いた絵画だと説明してくれました。

聖ブリュノーが宗教界に入ったとき、心から尊敬する僧侶がいた。ところが、その人は死を間際にしたときに取り乱してあがいたので、ブリュノーは驚いてしまった。それで彼は、心安らかに死を迎えることができる心を持とう、と決心して修行の道を歩み出した、というところからシリーズ画は始まっていました。

仏教の僧侶でもありそうなお話し。仏教だったら「悟り」とか言うのではないでしょうか?

回廊を回って、ブリュノーの一生を描いた絵画を1つ1つ説明してもらいました。彼は良い行いを色々として、尊敬される僧侶となる。そして、最後に見た絵では、安らかな死を迎えたブリュノーの姿でした。

私もそんな風に心安らかに永眠したい...。


どのブリュノー?

カトリックの聖人では、同じ名前の人が何人もいます。修道女が言っていた聖ブリュノーとは、誰のことなのだろう?

シリーズ画は、師匠の死に立ちあったブリュノーの絵から解説がありました。そういう逸話がある聖人がいるかとインターネットで検索したのですが、何も出てきませんした。

Saint Bruno(聖ブリュノー)で検索したら、修道会カルトジオ会の創設者「Bruno le Chartreux(ケルンのブルーノ)」が出てきました。この人のことだったのかな?... カルトジオ会と聞くと、私が行ったのも、その修道会に属している修道院だったような気もしてきます。


ケルンのブルーノに関しては、彼の死の場面が描かれた「聖ブリュノーの死」と題された絵画がありました。彼の絵はたくさんあるのですが、死の場面が重視されているように感じました。

下は、フランスの古典主義期の画家 Eustache Le Sueur(ウスターシュ・ル・シュウール 1617~1655年)が聖ブリュノーの一生を描いた22枚のシリーズ画の最後の絵。

Le sueur mort de saint bruno.jpg
Mort de Saint Bruno, Eustache Lesueur, Musée du Louvre


この作品が描かれる少し前、イタリア出身でスペインで活躍した画家Vincenzo Carducci(ヴィンチェンツォ・カルドゥッチ 1576~1638年)が同じ題名でケルンのブルーノの死の場面を描いていました。


La Mort de Saint Bruno, Vicente Carducho, 1626, Monastère d'El Paular

こちらはスペインのマドリッドから北に100キロくらいの所にある修道院Monastère d'El Paular(スペイン語でReal Monasterio de Santa María de El Paular)にある絵画だそうです。


Monastère d'El Paular, L'intérieur rénové du cloître avec les peintures de Vicente Carducho.

この修道院のアーケードに、ケルンのブルーノの一生を描いた絵画が54枚埋め込まれているようです。

私が見た回廊に掲げられた絵も、こんな感じで並んでいたのですが、こんなに高い位置にはなかった。

私に説明をしてくれた修道女はフランス語を話していたと記憶しているので、私が見たのはフランスにある修道院だったと思う。あれは複製画だったのかな?...


いつ、どこで聞いたお話しなのかは問題ない...

書いていたら、私が感銘を受けたのはどこの修道院に行ったときに聞いたお話しだったのかが気になってきました。デジカメを使うようになる前は、フランスで撮る写真はスライドにしていたので、昔の写真を簡単に見ることができないのです。

スライドからスキャンしてパソコンに取り込める装置を買ったのですけれど...。Windowsを上のバージョンにしたら使えなくなったので、2台も買っていました。

こんな風な形の機器 ↓

Plustek OpticFilm 8200iAI + 追加フォルダーセット 赤外線ゴミチェック機能(iSRD)付 高解像度フィルムスキャナー 白色LED採用 7200x7200dpi USB接続 OpticFilm8200iAI

いつかスライドを全部スキャンしようと思いながら、装置は買ったのに放棄してしまっている...。自分ですると、スライドに静電気で埃が付いてしまうので、それを払うのも面倒なのです。いつか業者に頼むべきなのだろうな...。

でも、過去は過去ではないですか? 昔の写真を眺めるしかすることがない、という状況には私はならないと思う...。

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方
『日本人の死に時 ~あなたは、何歳まで生きるつもりですか?』を読んで 2011/11/26

外部リンク:
☆ Wikipedia: ケルンのブルーノ » Bruno le Chartreux
Prénom Bruno signification, origine, fete
☆ Wikipédia: Mort de Saint Bruno ⇒ Eustache Le Sueur
ウスターシュ・ル・シュウール-主要作品の解説と画像・壁紙-
☆ Wikipedia: Vincenzo Carducci ⇒ Monastère d'El Paular
Restitution des toiles de Vicente Carducho à la Chartreuse del Paular


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2017/08/27
先日、なかなか良い映画をテレビで見ました。

映画: L'aigle et l'enfant / Brothers of the Wind / 風の兄弟

巣から落ちた赤ちゃん鷲(ワシ)を拾い、飛べるようになるまで育てたルーカス少年のお話しです。

アベルと名付けた鷲を育てることが、ルーカスの生き甲斐になりました。森林管理官ダンツァーは、そんな彼に鷲の育て方を教えてくれます。

野生動物を育てた子どもの感動的な映画はよくあるのですが、この映画のストーリーはよく出来ていると思いました。

ワシと少年には、共通する境遇があるのです。

ワシは父親を亡くしてから、母が運んでくる餌を独占しようとした兄から巣を追い出されました。

ルーカス少年は母親を火事で亡くしていて、父親からは愛されていない。心を閉ざしている少年は、ほとんど口をききませんでした。美しい自然が広がる山岳地帯で繰り広げられながら、少年の痛いほどの孤独が伝わってきました。


映画予告編 ↓


L'AIGLE ET L'ENFANT Bande Annonce VF (Jean Reno - 2016)


ワシは獰猛な鳥ですし、ヒナのときにも大きいのですが、本当に愛らしく見えました。映画で使っていた鷲(aigle)は、品種でいえばAigle royal(イヌワシ)なのだそう。ヨーロッパにいるワシの中では最も大きく、翼の全幅は190~230センチ、体重は2.9~6キロにもなるとのこと。

映し出されている風景が素晴らしく美しい。ロケはアルプス山脈東部のチロル地方は行われたそうです。チロルは1度だけ旅行したことがあるのですが、こんなに雄大な風景は見ていませんでした。


↓ こちらの動画は、色が少し変になっているし、ナレーションもないし、勝手に音楽を付けているのも気に入らないのですが、もう少し長く映画を見ることができます。


Brothers of the Wind 2015 - Lucas & Abel - Here Tonight


これはオーストリアとスペインの共同制作の映画(2015年)ですが、主人公の少年を演じているのはスペインの俳優で、森林管理官はフランスの俳優ジャン・レノ。2人とも表情が豊かで、無言のときにも感情を伝えるような素晴らしい演技をしていました。

アルプスの山の中に、ラテンアメリカの子どもに見えてしまう少年が住んでいるというのには違和感がありますが、かえって非現実的な雰囲気を出していて良かったかもしれない。

私がアルプス地方を旅行したときに見て喜んだことがあるbouquetin(アイベックス)とワシの葛藤シーンなどもあって、よくぞ映像に収められたと感心したのですが、撮影中にあったハプニングも撮影していたようです。鷲になったかのように空を飛んでいるのを見せる場面では、超小型カメラを使ったとのこと。

撮影の様子を少し見ることができる動画 ↓


"L'aigle et l'enfant" au cinéma


カインとアベルのお話し

この映画は、フランスでは「L'aigle et l'enfant(鷲と子ども)」というタイトルでしたが、オリジナル・タイトルは「Brothers of the Wind」だったようです。

フランス語のタイトルでは単数形で「子ども」なのですが、英語の方では兄弟の複数形。ルーカス少年には兄弟はいませんから、この「兄弟」とは鷲の兄弟のことでしょうか?

鷲にはアベルという名前が付けられていました。

テレビで映画を見たのは途中からだったので(見終わってから巻き戻して始まりを見ました)、いきなりアベルという名前を聞いたときには、どこかで聞いたことがある名前だなと思いました。

旧約聖書の『創世記』第4章に登場する、アダムとイブが生んだ兄弟カインとアベルの話しから付けた名前なのでした。

Titian - Cain and Abel
Caïn et Abel, 1542-1544, Titien


少年に拾われた鷲は、2羽の兄弟で生まれていました。

ワシの兄弟の父親が死んでしまい、母親が持ってくる食べ物が少なくなったら、兄が弟を巣から突き落としたのです。それで、落とされたワシの赤ちゃんはアベル。残酷なことをした兄の方はカイン。

フランスのサイトにある映画の解説では、どこでもcaïnismeという言葉を使っていました。仏和辞典には入っていない単語なので、日本語で何というのかは分からない。Caïnは『創世記』に登場するカインのことなので、カイン主義?

生物学で使われるcaïnismeというフランス語は、同じ時に生まれた動物の兄弟にある厳しい状況を表し、主に若い方が死んでしまうことを指す言葉でした。生存競争が厳しい動物の世界では、よくあることでしょうね。

孤児になったために猫の兄弟4匹を引き取ったことがあるのですがが、すぐに一番小さかった子猫が死んでしまいました。その時、「あの子はqueuleuだったから仕方ない」と言った友人がいました。queueは尻尾のことなので、母親のお尻から最後に出て来た子ということなのだろうと思います。これはブルゴーニュの方言で、地域によって queulot、quelonとも言うようです。

鷲のアベルも、最後に生まれていたから、残酷な兄のカインによって崖から突き落とされたのでした。まだ自分では餌を探せない時期だったので、ルーカス少年に育ててもらえなかったら死んでいたはず。

なお、宗教史で使うときのcaïnismeは、グノーシス主義の一派であるカイン派(善悪の判断を逆転させて、カインなどを善人とする)が持っていた教義を指すとのことでした。


キリスト教文化の社会では、カインとアベルの話しには重みがあるのでしょうね。

アメリカ映画『エデンの東』も、そのテーマを扱ったストーリー。ジェームズ・ディーンが苦悩する次男の役を演じている感動的な映画でした。

その話しをした友人は、モーパッサンの『ピエールとジャン』も同じテーマで、素晴らしい作品なのだと話しました。いつか読んでみたいと思います。

そこから、フローベールにしても、モーパッサンにしても、ノルマンディー地方の作家はペシミズムの傾向が強いね、ということに発展。

「あんなに雨ばかり降っているノルマンディーにいたら、性格も暗くなるよ」、と私。でも、モーパッサンは南仏のアンティーブに別荘を持っていて、ヨットなどに興じていたのだと返されました。太陽を求める気持ちは分かるけど、子ども時代に性格は形成されるのではないかな?...


鷲と少年の友情を描いたこの映画は日本では公開されていないようなのですが、こちらのサイトで詳しくあらすじを紹介していました:
☆ 映画の中の少年たち: Brothers of the Wind 風の兄弟


私のカサとサギは挨拶に戻って来なかった

この映画を私が気に入ったのは、昨年の夏には巣から落ちたカササギを育てたから親近感を持ったのかもしれません。


巣から落ちたカササギ 2016/08/19

庭にあるモミの木の高いところにあった巣から、どういう状況でカササギの兄弟が落ちてきたのか分からりません。巣には誰も残っておらず、親らしき鳥が助けに姿を見せることは一度もありませんでした。

薄情な親? あるいは、親は死んでしまっていたの?...

カササギのヒナが餌を求めて必死に鳴く姿には愛しさを覚えました。彼らにはKasaとSagiという名前を付けました。多少の体の大きさに違いがあったので、大きくて元気な方がカサ。

言ってみれば、カサはカインで、サギはアベルという関係。でも、2羽は争うこともなく、元気に育ちました。

映画の中で、ルーカス少年は、鷹が飛ぶことを学ぶようにと、両手を広げてアベルに飛び方を教えたりしていたのですが、私も馬鹿みたいにやっていました。カササギの場合は、そんなに熱心に世話しなくても、餌をやるだけで十分に成長したのですが。

カササギの兄弟は、ある日、前触れもなく飛び立っていき、その後に挨拶に来ることはありませんでした。「お育ちが悪いから礼儀正しくない」と友人に言ったら、「育てたのはあなたでしょう」と言われてしまった!

鷹のアベルも無事に育って飛び立って行くのですが、2年後だったかな、少年のもとに戻って、彼が左手にはめたグローブに鷹が止まりました。ルーカス少年は、アベルが大自然の中で生きるようにと、付けていた足輪を外します。

私のカサとサギは、どうしているのかな。時々、庭の上を飛んで来て、納屋の屋根などに止まるカササギを見かけるのですが、私が育てた鳥なのかどうか分からない...。でも、彼らは元気に暮らしているのだろうと思っています。

続き(ワシやタカなどの大きな鳥が飛び交うショーについて):
フランスで最高のテーマパークだと思う Puy du Fou

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★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
L'aigle et l'enfant, images grandioses et quête de liberté
☆ Wikipedia: L'Aigle et l'enfant » Brothers of the Wind
L’Aigle et l’enfant : le film
☆ Wikipedia: カインとアベル
☆ Wikipedia: Caïnisme | Caïnisme (biologie) » Siblicide(動物の兄弟殺し行為)
☆ Wikipedia: カインとアベル
モーパッサン『ピエールとジャン』 - 書評
☆ 知恵袋: ヘルマン・ヘッセの小説のデミアンの中にカイン主義というものが説明されています


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カテゴリー: 文学、映画 | Comment (0) | Top
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2017/01/08
前回の記事「栗色といったら、どんな色?」に書いたように、日本では栗に関係した色の名前がたくさんあって、栗がどういう状態のときの色なのかということから色の名前が作られていました。

フランスの色の名前で栗から出来たものを3つ見つけたのですが、シャタンもマロンも「栗色」、シャテーニュは「明るい栗色」という訳語しかないのが面白くない。

マロン
marron
#582900
シャタン
châtain

#8B6C42
シャテーニュchâtaigne
#806D5A


シリーズ記事目次 【栗のマロンには不思議がいっぱい!
その15


シャタン色が気になる

シャタンは、栗の実を意味するシャテーニュ(châtaigne)から出来た言葉で、フランス人の多くがこの色の髪の毛の色だと言われます。茶色に少し金髪を混ぜたような色。

マロン色は栗の鬼皮の色で、シャタン色を見ても私は栗を連想していなかったように思います。

シャタン色はフランス人の髪の毛の色として覚えた単語なのですが、動物の毛の色でも違和感がないらしい。

シャタン色の牛というのが出てきました(左)。人間の髪の毛で濃いシャタン色(châtain foncé)と呼ばれる色合い(右)と同じように見えました。

 

この牛の品種名はAure et St Gironsなのですが、原産地の人たちは「Casta」と呼んでいるのだそう。スペイン国境に近い地域で、この地方で使われていたオック語では、栗のことをcastagneと言うので、この牛の呼び名もそこから来ているのでした。

châtain(シャタン)を仏英辞典でひいたら、brownとありました。栗とは関係がないわけですか? としてら、シャタンを「栗色」と訳さなくても良いではないですか?


亜麻色の髪の乙女

フランスの作曲家ドビュッシーの作品に、「亜麻色の髪の乙女」という曲がありました。私は、なんとなくシャタン色の髪の女の子を連想していたように思います。

マルーン
(日本、英語)
#800000
マロン
(フランス)
#582900
シャテーニュ
(フランス)
#806D5A
シャタン
(フランス)
#8B6C42
亜麻色
(日本)
#C7B897

シャタンという色は、亜麻色に近いではないですか? シャタン色の髪は、人によって濃かったり、薄かったりします。薄いシャタン色だったら亜麻色になりそう。

曲の題名を「栗色の髪の乙女」と訳すと美しくないから亜麻色にしたのかと思って調べてみたら、ドビュッシーの原題は「La Fille aux cheveux de lin」で、「lin(亜麻色)」という単語を使っていたのでした。


La Fille aux cheveux de lin (MP3) 

上は、フランスで販売している音楽「亜麻色の髪の乙女」についていた絵です。ルノワールの作品だし、私もこういう女の子を連想していたかもしれない。

拡大した画像を見ると、この子の髪の毛の色は少し褐色を帯びているので、シャタンとは言わないかもしれませんね。でも、少なくとも、上にカラーコードで出した「亜麻色」には見えません。

☆ この絵の拡大画像: Portrait d'Irène Cahen d'Anvers


亜麻色の髪とは、金髪?

Wikipediaにある「亜麻色の髪の乙女」からのリンクで英語ページに飛んでみたら、英語の題名は「The Girl with the Flaxen Hair」だと分かりました。フランス語の題名をそのまま英語にしていますね。

そこに英語に訳された詩が書いてあるのでちらりと眺めると、「ゴールデン・ヘアー」という文字が目に飛び込んできました。

亜麻色の髪って、金髪なのですか?!

曲はフランスの詩人Leconte de Lisle(ルコント・ド・リール 1818~1894年)の詩からインスピレーションを得たとのことなので、フランス語の詩の原文を探して比較してみました。


Sur la luzerne en fleur assise,
Qui chante dès le frais matin ?
C'est la fille aux cheveux de lin,
La belle aux lèvres de cerise.

.....
Baiser le lin de tes cheveux,

On the lucerne midst flowers in bloom,
Who sings praises to morning?
It is the girl with golden hair,
The beauty with lips of cherry.

.......
To stroke the gold of your tresses

「lin」は亜麻ですから、フランス語の「cheveux de lin」を日本語では「亜麻色の髪」としたのは自然。英語でも題名はフランス語のままの訳なのですが、詩の中では金髪に置き換えているわけです。

この詩の日本語訳はどうなっているのか探したら、下のフレーズを大勢の方が使っていました。

夏の明るい陽をあびて
ひばりとともに愛を歌う
桜桃の実のくちびるをした美少女

luzerneという植物が消えてますね。

でも、日本語にしたらウマゴヤシなんていう変な名前ですから、訳された方が消したかった気持ちは分かる! ウマゴヤシのお花畑に少女が座っているなどと言ったら、全くロマンチックな光景ではありませんから。

ウマゴヤシはどうでも良いのですが、亜麻色の髪が消えている...。上にフランス語と英語で並べた部分の訳ではなくて、要約なのだろうと思います。

フランス語と英語は近いですから、英訳をした人はフランス語が分かっていて、原文に忠実だったはず。

亜麻色というのは、金髪だったのかな...。


亜麻色って、どんな色?

そもそも、リネンと呼ぶ布になる亜麻という植物の、何を持って色にしているのでしょう?...

亜麻の花
亜麻の繊維
Lin teillé (= fibres longues) extrait des pailles
Lin teillé (= fibres longues)
extrait des pailles
.
亜麻の種
Flax seeds
Golden flax seeds


フランスの色にlin(亜麻)があったのですが、金髪とは無縁の色になっていました。亜麻を英語にした「flax」という色の説明を見たら、これは亜麻の種の色から来ているのだと分かりました。

とすると、金髪ですね。

フランスの色名和色英語の色名
châtain
シャタン
#8B6C42
lin *注
(亜麻)
#FAF0E6
亜麻色
#C7B897
Flax / Flaxen
(亜麻)
#EEDC82
Gris de lin
(亜麻の灰色)
#D2CAEC
*blanc de lin(亜麻の白)とも呼ぶ

ここに入れたフランスの色名にある「lin(亜麻)」は、ペンキやインテリアなどで使う色の名前で、髪の色に使うのとは関係がないのだろうと思いました。

仏仏辞典でみると、cheveux de lin(亜麻色の髪)は「Cheveux d'un blond très clair(非常に明るいブロンド)」となっていました。

gris de lin(亜麻のグレー)は「亜麻の長繊維のような灰色」と書いてあります。別の情報によると、この色は布とは無関係で、紫色っぽい青なことに特徴がある亜麻の花の色だとありました。初めて登場したのは1616年というのまで書いてあるので本当らしく感じます。第一、カラーコードで出した色からは、花の色だと言われた方が納得できます。

ともかく、亜麻色の髪というのは金髪の一種であることは間違いなさそう。

詩を書いたルコント・ド・リールは、詩に登場している美少女をスコットランドの女の子としているそうなのです。生まれながらに非常に明るいブロンドの髪のフランスには余りいませんが、ヨーロッパも北の方に行けば多いのですよね。


亜麻色の髪の実例を探してみる

「亜麻色の髪」あるいはフランス語で「cheveux de lin」を検索すると、ドビュッシーの曲ばかりが出てしまう。フランスで普通に使われる表現なのかと疑いたくなるほどでした。

カツラを探しても様々な色が出てきてしまうし、ヘアーカラーの商品では亜麻色として売っているものが見つからない。それで、辞書にあった定義で探してみることにしました。つまり「非常に明るいブロンド」。

ヘアーカラーのブロンドでは、「非常に明るい」にも形容詞が付いて色々なニュアンスを出して販売されていたのですが、上から2つの段階のナチュラルカラーは、こちらでした ↓

非常に明るいブロンド
非常に非常に明るいブロンド


結局のところ、亜麻色の髪というのは、麻のロープをほぐしたみたいな感じではないのでしょうかね?...

つまり、フランスのサイトに入っていた、こんな髪の毛!:
2010 – La fille aux cheveux de lin


フランスのサイトで、ドビッシーの『亜麻色の髪の乙女』を語るときに挿絵としてよく使われていたのは、下に入れる動画にも入っているニンフの絵でした。


Debussy - La fille aux cheveux de lin (Orch)


その他、「亜麻色の髪の乙女」の挿絵にしているのは、明るい金髪の若い女性の絵が目立ちます。こちらとか、こちらとか、こちらとか。


フランスでは、「亜麻色の髪という表現はあまりしないのでは?

「cheveux de lin」をキーワードにして検索すると、ドビュッシーの曲に関したページばかりがヒットしてしまいます。フランスの辞書関係は充実しているので、普通の単語なら、語源は何か、いつ文献に現れたかが分かるのに、何も出てこない。

私自身も、ドビュッシーの有名な曲の名前だから知っているという程度で、知り合いの人が「亜麻色の髪だ」と言われているのは聞いたことがないように思います。

でも、私が知らないフランス語というのは無限にあるのは自覚しているので、「聞いたことがない = 存在しない」にはなりません!

一人で調べてみようと思ったのですが、さじを投げて、語彙が豊富なフランス人に聞いてみました。

そうしたら、ドビュッシーの作品の名前だけれど、自分は使ったことはなく、どんな色の髪なのかも全く想像できない、と言われてしまいました。

やはり、フランス人なら誰でも知っている表現ではないのは確かなようです。

詩ではスコットランドが舞台ということもあるので、「亜麻色の髪」というのは英語をフランス語にしたのではないかと思えてきました。

バルザックの小説『Le lys dans la vallée(谷間の百合 1836年)』も、英語の呼び名をフランス語にしたというしゃれた題名なのです。フランス語でmuguetと呼ぶスズランは、英語ではLily of the valley。

バルザックの『谷間の百合』が1836年、ルコント・ド・リールの『亜麻色の髪の乙女』が1852年の作品。この頃のフランスでは、英語をフランス語にするのが流行っていたのでは?

日本のサイトでは亜麻色の髪とはどんな色なのかについてたくさんのページが出てきたのですが、フランス人は興味を持たないらしくて、何も情報が出てこないので、自分勝手に想像してしまったわけです。

「亜麻色の髪」に対応する英語の「flaxen hair」で調べたら、どんな色なのか出てくるのではないか、と思って英語Googleで画像検索してみました

始めから、英語で情報を探せば良かった! ドビュッシー以外でも、色々なページがヒットしたのです。つまり、フランスと違って、英語圏ではよく使われるらしい。

ちなみに、仏語Googleで「cheveux de lin」を画像検索した結果は、こちらです。ドビュッシーは除外せよと指定しても、髪の色が何なのか見えてきません。英語圏との違いが大きすぎるでしょう?

英語で「flaxen hair」と呼ぶ髪の色についても、詳しい説明が出てきました。

金髪の中では淡い色だが、白っぽくはなく、赤や金や茶色がかってもいない。

英語で画像検索したら、ずばり「Beautiful Flaxen Hair」と題された画像が販売されていました(左)。


Beautiful Flaxen Hair Lock
英語の色名


Flax / Flaxen
(亜麻)
#EEDC82



シュジー・ソリドールが、典型的な亜麻色の髪の女性?

フランスでも「亜麻色の髪」という表現を全く使わないはずもない。実際のフランス人で、典型的な亜麻色の髪と言われる人の写真が見たいと探したら、やっと出てきました。

歌手Suzy Solidor(シュジー・ソリドール 1900~1983年)について、「短くカットした亜麻色の髪のシレーヌ(人魚姫)」という表現で書いているフランスの記事がありました。

この女性の名前をキーワードにして検索すると、彼女の髪の毛が「亜麻色の髪」と呼ばれるらしいと分かりました。彼女のアルバムにそう題されたものがあったせいもあります。

どんな髪の毛だったのかよく見えるカラー写真はなかったのですが、たくさんの画家が彼女を描いていました。

下は、アール・デコの画家タマラ・ド・レンピッカが描いたシュジー・ソリドール。


Portrait of Suzy Solidor de Tamara de Lempicka


かなり個性的な女性だったようで、フランスで「années folles(狂乱の時代)」と言われる1920年代に流行した「garçonne」を象徴する女性だったと書いてありました。

また脇道にそれる。garçonne(ギャルソンヌ)って、なに?

男の子、つまり英語のボーイに相当するのがgarçon(ギャルソン)で、その女性形です。男性に生まれたかった女性のことなのだろうと思って無視しようと思ったのですが、ギャルソンヌはこの時代の流行に対する言葉なのでした。

辞書では「自由奔放な生活をする男のような娘」とか「ショートカットをする女性」くらいしか出てこなかったのですが、Wikipediaのフランス語ページには「Garçonne (mode)」があって、モード用語とされていました。

そこからは、日本語ページでは「フラッパー(flapper)」にリンクしていました。Wikipediaは信頼できないと思っているのですが、よく説明してくれているな♪ と感心してしまうこともある!

1920年代の女性解放運動でしたか。世界第一次大戦中には、女性たちも専業主婦をやっていられないで社会進出をしたから、私たちだって! という機運が高まったのでしょうね。

ファッション史のことは何も知らないのですが、この時代のモデルさんたちの写真を、やたらに髪を短くした女性たちが多いので、異様には感じていたのです。

仏和辞典と仏仏辞典では、garçonneという言葉がフランスで流行して定着させたのは、Victor Margueritteの小説『La Garçonne(1922年)』だと書いてありました。

この歴史は面白そうなのですが、シュジー・ソリドールの髪の毛の話しに戻します。
Revenons à nos moutons !


彼女の肖像画が色々入った動画を入れておきます。


Lili Marleen - Suzy Solidor

辞書にあったように、淡い金髪の色ですよね。

シュジー・ソリドールは、ブルターニュ地方からパリに出てモデルとしてスタートしていました。生まれた場所は、英仏海峡でイギリスと向かい合う地域。先祖はケルト民族という、フランスでもかなり異質の特徴がある地方。このあたりだと、こういう目立つ金髪の女性がいても不思議はないな...。


こういうのが亜麻色の髪だったか、とイメージが落ち着いたので、今回の長々続いてしまった栗シリーズは終わりにします。とはいえ、色が気になってしまったので、そちらの方はもう少し続けますが。


★ シリーズ記事目次: 栗のマロンには不思議がいっぱい!

ブログ内リンク:
フランスの美しい女の子 2013/08/06
★ 目次: 色について書いた記事
★ 目次: クラシック音楽
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組
★ 目次: フランスで耳にする歌 (シャンソン、童謡など)

外部リンク:
☆ Wikisource: Vianey - Les Sources de Leconte de Lisle, 1907
☆ CNERL: Définition de LIN
☆ L'Internaute: Couleur gris de lin
スコットランドの美少女
☆ 日本の色: 亜麻色(あまいろ)とは?

☆ Wikipédia: Suzy Solidor
 ☆ SUZY SOLIDOR LA FILLE AUX CHEVEUX DE LIN
1919/1939 : Des années vraiment folles par Martin Pénet
☆ BSジャパン: 世界で最も描かれた女 シュジー・ソリドール 226人の画家はなぜ彼女を描いたのか?
La France des années 1920
Qu'étaient les années folles à Paris
☆ Le Point: Au secours, les années 30 sont de retour !


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2016/12/23
日本に定着しているらしい「昔はマロニエの実でマロングラッセを作っていた」というのは変だと思って、少し前からマロンについて書いています。

フランスでは、栗のことを「マロン」と呼びますが、セイヨウトチノキのマロニエの実も「マロン」なので、ややっこしい。前回の記事から、この2つをマーカーで識別できるようにしました。

フランスで栗の実マロンと呼ぶようになったのはいつなのか、ももそもマロニエと呼ばれる樹木はいつヨーロッパに入ったのかを調べていたら、またまた奇妙なことに出会いました。


シリーズ記事目次 【栗のマロンには不思議がいっぱい!目次へ
その10


セイヨウトチノキマロニエ)について調べていたら、フランス美術でよく登場していたと書いてありました。

特に、19世紀末から20世紀にかけて開花したアール・ヌーヴォーでは、ナンシー派が好んでマロニエをモチーフにしていたのだそう。

右に入れたのは、ナンシー派美術館で見られる作品。

ウージェーヌ・ヴァラン(Eugène Vallin)がエミール・ガレのために作ったドアで、彫り込まれているのはmarronnier(マロニエ)だという説明がありました。

栗の木マロニエなのかは、花が咲いていたり、実がなったりしていると簡単に見分けがつきます。

でも、このドアの画像を拡大してみると、花や実はないので、余りよく分からない。

でも、葉の形はマロニエに見えます。マロニエという言葉で真っ先に思い浮かべるセイヨウトチノキマロニエを連想するし、ナンシー派がマロニエのモチーフを好んだと聞いた先入観もあるので、マロニエなのだろうと思いました。


英語でもトチノキと栗の木は混乱する?

マロニエの花は、栗の花と違って華々しくて美しいです。

ヨーロッパグリ

シャテニエ
châtaignier
セイヨウトチノキ

マロニエ
marronnier
(marronnier d'Inde)
Feuilles de châtaignier


絵画でもマロニエが描かれているだろうと思って検索して出てきたのが、下のルノワールが描いた作品でした。

Pierre-Auguste Renoir - Chestnut Tree in Bloom.jpg

「Le marronnier en fleurs(花咲くマロニエ)」と題されていました。

検索を続けていると、同じルノワールの作品で「Châtaignier en fleurs(花咲く栗の木)」という文字が目に飛び込んできました。

面白い! 同じ1881年の作品になっているのです。ひょっとして、私のようにマロニエ栗の木の違いをルノワールも気にしていたのだろうか?

興味を持って画像を探してみたら...
同じ絵なのでした!!!

余り有名な作品ではないらしくて、この絵画に関する詳しい情報は出てきませんでした。これを栗の木にしているのは絵画の複製を売っているサイトなので、怪しげ。

Wikipediaに画像が入っているのを見つけたので眺めると(上に入れた画像をクリックすると拡大します)、私にはマロニエに見えます。

ちなみに、使わせていただいた画像のファイル名は「Chestnut Tree in Bloom.jpg」。英語では栗の木としているのかな?...

日本では、フランスの絵画でも英語の題名を訳していることが多いので、日本でも栗の木になっているのでは? やはり、売られているポスターでは「花咲く栗の木」になっていました


フランス語でmarronnier(マロニエ)と言われても、どちらの木なのか特定できないのですが、英語でもそうなのでしょうか? chestnutを使うなら、horse-chestnutと言わないとマロニエにならないと思うのですけど。

でも、絵画を見たら判断できると思うのですけど...。


探していたら、ゴッホは栗の木を何枚も描いていたと知りました。

画像を探すと、Blossoming Chestnut Branchesが出てきました。チェスナットとなっちますが、これもマロニエに見えますけど...。この画像はWikipediaで大きなものは見つけられませんでした。何処かで盗まれて行方不明になっていたけれど、見つかった作品のようです。

このゴッホの作品の正しい題名は「Branches de marronniers en fleurs(1890年)」のはずです。つまり、「花咲くマロニエの枝」。これはパリのルーブル美術館に所蔵されている作品なので、フランス政府のサイトJocondeの作品紹介ページで題名が確認できました。

ゴッホは、幾つもマロニエの絵を描いていたようです。
でも...。

下は、パソコンのマウスパットとして売られているアイテムです ↓

Vincent Van Gogh Tapis De Souris - Châtaignier En Fleurs II, 1890

フランス語で「花咲く栗の木」として売られているのですけど、ショップにある画像を拡大して眺めると、どう見たってマロニエの木なのです..。

こちらも、正式な絵画の題名は「Marronniers en fleurs blanches(白い花が咲いているマロニエ)」で、1890年の作品でした。


絵画は食べないから問題がない!

フランス情報で、栗のマロンとマロニエのマロンの違いを説明しているときには、100%と言えるほど、間違えないようにと書いてありました。毒があるマロンを誤って食べてしまったら問題だからでしょう。

でも、栗の木の絵だと思ってマロニエの木が描いてある絵画の複製を買った人が食べるはずはないのですから、全く問題はないわけです。どうでも良いわけですよね...。マロニエの実のマロンで作るのが本物のマロングラッセだから食べてみたい、と思わせてしまうよりは罪がないです。


このシリーズ記事は、2つか3つ書くつもりだったのに、次々と不思議なことにぶつかるので記事が増えています。このままではマロンを抱えたまた年を超してしまいそう...。

フランスには、落ちてきたばかりマロンを拾って2つか3つをポケットに入れておくと、リューマチや腎臓の痛みを回避できるという昔の迷信を未だに信じる人がいるようですが。マロンから出るエッセンスが効果を出すようで、固くなったら新しいのと取り換える必要があるとのこと。

マロンを紙幣で包んでおくとお金が増えるという迷信もあるのだそう。エキゾチックな樹木なので、何か不思議な力を持っているように思われたのでしょうね。


フランスでは、いつマロニエと呼ぶ樹木が入ったのか、栗をマロンと呼ぶようになったのはいつなのか、という本題を次回に書きます。


続き:
 栗のマロンが先か? マロニエのマロンが先か?

★ シリーズ記事目次: 栗のマロンには不思議がいっぱい!

ブログ内リンク:
★ 目次: 縁起物や迷信について書いた記事 (フランスを中心に)
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
☆ INRA: D'arbre en Art - Les feuillus
D'arbre en art: l'arboretum d'Amance
☆ Grand Paris: Caractéristiques du marronnier d'Inde
☆ Si l'art était conté...: VAN GOGH A AUVERS - 6. Les marronniers
☆ MMM: ナンシー派美術館
☆ Se connaître: Le marronnier d’Inde


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2016/07/27
前回の日記「道端にある十字架を探す」の続きです。

ブルゴーニュ地方に残る十字架を探しているのですが、私が最も気に入ったのは橋のたもとにあった十字架でした。



石を積んでつくった古い橋。欄干もなくて細いので危なっかしいのですが、渡れました。すぐ近くに近代的な大きな橋が出来ています。

「ローマ人の橋」と呼ばれるのですが、そんなに古い時代に作られたわけではないそうです。せいぜい16世紀か18世紀の建築と見られています。

十字架の彫刻はかなり良い保存状態でした。



こういう風に彫刻がある十字架は2面のつくりになっていることが多いです。

磔にされているキリスト、そして反対側には聖母マリア。




右手にブドウの房を持っている

冠を被った聖母マリアが美しいと思いました。



右手に持っているのはブドウの房だと言われています。

ブルゴーニュ地方では、ブドウやエスカルゴのモチーフが教会の彫刻に施されているのはよく見かけます。

従って、聖母マリアがブドウを持っているというのもあるわけです。ブルゴーニュはワインの産地なので、そうするのが好きなのだろうと思っていました。

下は、ブルゴーニュワイン・ビジネスの中心地であるボーヌの市章です。

Blason de Beaune


ボーヌ市には第二次世界大戦期にドイツの占領下にあった町を開放した人々をたたえる聖母マリアの大きな銅像があります。


Une messe à la Montagne de Beaune avec la Vierge Marie

第二次世界大戦で国土の半分がドイツに占領されたフランス。解放されたことを聖母マリアに感謝する銅像を立てたところが数カ所はあり、「Vierge de la Libération(国土解放の聖母マリア)」と呼ばれています。

Wikipediaに入っている画像を見たら、こういう銅像の聖母マリアにブドウを持たせるということではなかったようです。ボーヌの記念碑が立派なブドウの枝を持っているというのは、ここがワインの産地だったからではないでしょうか?


下は、同じくブルゴーニュ地方のコート・ドール県にあるオーソンヌ町のノートルダム教会(Église Notre-Dame)にある美しい聖母マリア像。15世紀の作品で、右手にブドウの房を持っています。

 

ブドウを持った聖母マリアは「Vierge au raisin」と呼ばれていました。それが分かれば画像検索できます


La Vierge aux raisins, Pierre Mignard (パリ ルーブル美術館)


気にしたことがなかったのですが、聖母マリアの親子の図にブドウが登場している場面はかなりあるのですね。イエスがブドウを持っている場合もありました。

ブルゴーニュでは、ブドウを持っていない聖母マリアの銅像に、ブドウ収穫の時期には本物のブドウを持たせてしまう風習がある村もあります。これはブログで書いていました。


9月はブドウ収穫の月! 2006/09/09

でも、聖母子像にブドウがあるのは、ワインの地だからというわけでもないようなのでした。ブドウは生命と復活のシンボル、聖体のシンボルという説明がありました。考えてみれば、ミサでは司祭さんがワインを飲むし、ワインとキリスト教は切っても切れない関係にあるわけなのですね。

日本語情報では、ブドウは受難の象徴とありました。そう書いてあっただけなので、なぜなのかは分からなかった...。


左手には棒を持っている?

仲間たちと十字架を探したわけですが、私は写真撮影とその整理などの役割。十字架の歴史を調べたりするのは別の人たちがするのですが、見ていると気になってしまう。

聖母マリアは幼子を抱いている場合が多いのに、橋のたもとにあった十字架の女性像は赤ちゃんを抱いていないのです。これは聖母マリアなのだろうか?

左手には棒のようなものを持っているように見えます。



逆の側から撮影した写真でも、長い年月がたつうちに赤ちゃんの部分がなくなってしまったようには見えません。指の形も棒を持つ感じです。



としたら、持っている棒のようなものは何なのでしょう?


棒を持っている女性の聖人の画像を探したら、マグダラのマリアの像も出てきました。

左に入れるのは、先ほどのオーソンヌ町のノートルダム教会にある彫像で、マグダラのマリアであろうと書いてありました。右に同じ構図のマグダラのマリアのイコンを並べてみます。


Notre-Dame d'Auxonne
Maria Magdalene icon


両方とも壺を持っていますが、この壺がポイントで、イエスの遺体に塗るために香油を持って墓を訪れたという聖書の記述に由来しているのだそう。


聖母マリアが持つ王杖

マリア像の画像検索してみると、棒を持っているものもかなり出てきたのでした。この棒には何か意味があって、名前もあるのではないか?

ようやく、この棒のようなものが何であるかを説明しているサイトにぶつかりました。マリア像から無くなって右手だけになっていたところに棒を再び持たせる修復をした教会のページです。


Un sceptre pour Notre Dame

これはフランス語では「sceptre(王杖)」と呼ぶのでした。

もともとは、羊飼いが羊たちに対して権力を見せるために持っていた棒。時代を経て、国王の権力のシンボルとなった。そしてマリアもイエスの母親として女王という意味で持たせるアトリビュートとされる。

ところで、マリアが持つ王杖の先には、ユリの花、フランス王家のシンボルとなっている百合の花(Fleur de lys)、アヤメの実などの形が付いているものもありました。

アヤメの実というのが不思議なのですが、こういう形です。
Vierge.cathedrale.Paris


ユリの花とアヤメの花というのが気になったのは、以前にブログで書いたりもしているほど気になっていたからです。


フランス王家の紋章はユリの花 2012/06/11

ともかく、アヤメの花が付いた王杖を持ったマリアの杖の持ち方は、橋のたもとの彫刻と同じ。つまり、下から支えているだけなのです。

マリアが持つ杖がフランスでは王位を示す杖なのに、日本語では「錫杖(しゃくじょう)」と呼んでいるようです。仏像の持ち物に似ているからでしょう。

棒を持ったマリアの画像を探していたら、埼玉県幸手市にあるマリア地蔵が出てきました。隠れキリシタンの信仰の対象だったとみられているとのこと。なんだか不思議なお地蔵さん。


それに、みんな赤ちゃんを抱いているのに、あの橋のたもとの十字架ではなぜ赤ちゃんがいなかったのか気になる...。でも、十字架の裏面にあったのだから、やはり聖母マリア像だと思うことにします。

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
赤ちゃんは、どちら側に抱くのが自然? 2010/06/24

外部リンク:
Vierge à la grappe
☆ Wikipédia: Sceptre
☆ Wikisource: Dictionnaire raisonné de l’architecture française du XIe au XVIe siècle-Vierge (sainte)
Iconographie de la Vierge
Représentation artistique de la Vierge Marie
☆ Wikipedia: マリア像


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2016/07/24
宗教建築物の小さな郷土遺産を探すという計画があって、友人たちと道端などにある十字架をリストアップすることになりました。広い範囲でするときりがないので、テーマを持たせた道筋の100キロくらいの距離に限定。

カルヴェールとクロワ

北仏のブルターニュ地方には、calvaire(カルヴェール)と呼ばれる、驚くほど見事な十字架があります。キリストの十字架像を中心とした群像。主に教会の敷地にあるのですが、どうしてこんなに立派なものを作ったのかと思ってしまう。

ブルターニュ地方にある立派なカルヴェールの中で、最も古い建築だと言われるのは、こちら ↓


Calvaire et chapelle de Tronoën (Finistère)

チャペルと呼ばれる小さな教会に、立派なカルヴェールが付属しています。建築されたのは15世紀半ばとのこと。ブルターニュ地方は花崗岩の石材で雨風にも負けずに残るので屋外建築物を造るのに適しているのでしょうが、この地方のケルト文化が影響しているのかもしれません。

我がブルゴーニュ地方には、こんなに立派なカルヴェールはありません。道端や墓地などに普通にあるのは、croix(クロワ)と呼ばれる十字架です。

でも、探してみたら、素朴だけれど美しいものもあったのでした。


4本の菩提樹に囲まれた十字架

パリからやって来る友人たちのためにピクニックの昼食を用意して、私たち先発隊はピクニックの場所を探しました。

ここしかないと決めたのは、十字架が立っている木陰にあったピクニック用のテーブルとイスがある場所。



十字架そのものはシンプルで美しいわけではないのですが、菩提樹に4方を囲まれているのが気に入りました。昔に十字架を立てるときには、こうやって木で囲ったそうなのですが、今では4本とも残っているのは少ないのです。

教会はエルサレムの方向、つまり東側に祭壇を設置するという原則があります。十字架も何か決まりがあるのかと思って、方向を調べてみました。でも、この日いくつもの十字架で測定したところ、方向の法則などはないように思いました。



この写真で見えるでしょう? 十字架の台座がずれてしまっているのです。日本だったら地震かと思うところですが、ここでそういうことがあったはずはないのですよね...。

それにしても危なっかしい。こんな石材が倒れたら危険ではないですか?


修道院の十字架

見事な彫刻だと思ったのは、やはり立派な修道院の中に立っていた十字架でした。



12世紀初頭に建てられた修道院の入り口の広場にあります。この十字架が巡礼者を迎えていたのでしょうか。

でも、痛みが激しくて彫刻が良く見えない...。キリストは片足を失ってしまっています。よくあるタイプで、この十字架も裏側にはマリア像が彫られていましたが、これもよく見えない。

世界遺産に登録されている修道院なのだから修復して欲しいな...。そうしたら、さぞかし美しい姿が現れるだろうと思うのですけれど。


棺を置く台がある十字架

墓地の中にあった十字架です。



たまに見かけるのですが、墓地に埋める前に棺を置く台があります。ベンチではありません!

tables des morts(死者のテーブル)、pierre des mort(死者の石)などと呼ばれます。十字架なしに大きな石が地面に置いていたり、教会の壁の横にベンチのようなものがあったら、それが棺を置く台だとは分からないですね。

こういう台を使う風習は19世紀に消えたのだそう。

十字架の前に新しそうな石碑があるのが気になったのですが、書かれている文字を読むと、この教会の司祭さんの墓碑でした。こんな良い場所に建てられたということは、村人たちから好かれていた司祭さんなのだろうと思いました。


牧場に立っていた十字架

十字架は道の交差点などに立っていることが多いのですが、どうしてここに? というのもありました。誰も通りかかりそうもない牧場の前。



しかも、彫刻が見事です。このくらいになるとカルヴェールと呼ぶ人もいました。16世紀の建造物なのだそう。



キリストの両脇に聖人の像があります。始めはキリストの像だけあって、後でどこかにあった2つの彫像を添えたのではないかなという気もしました。台座のようなものが見えるので。

キリストの上には「INRI」の文字が刻まれていました。

Iesus Nazarenus Rex Iudaeorumの略で、「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という意味。

イエスが十字架に架けられた時、ヘブライ語、ギリシア語、ラテン語での三つで罪状書きが併記されていた。このうちラテン語表記が「Iesvs Nazarenvs Rex Ieudaeorvm」で、その頭文字を示したものが「INRI」。


個人が立てた十字架



こちらは19世紀後半という新しい十字架。

台座のところに亡くなった女性の名前があり、彼女にために祈って欲しいと書いてありました。つまり、墓地にあるような十字架。ここに持ってきたのか、家の前に建てたかったのか?...


井戸の十字架

十字架は道端や墓地で見かけることが多いのですが、これは面白い場所に立っていました。



後ろの建物は井戸なのです。村の大切な井戸。それで感謝の意味で、あるいは水が途絶えないようにという祈りから十字架を立てたのかな?...


大きな手のマリア様

こちらは村の中心にある泉のところにあった十字架。



6体の彫刻があります。キリストと聖母マリアは分かる。1人はSainte Anne(マリアの母のアンナ)なのだそう。

石が侵食されていないので、そんなに古くはないのでしょうね。でも、幼子キリストを抱いたマリア様をよく見ると...



手が大きすぎるではないですか?!


この日眺めた十字架の中で、最も気に入ったのは古い橋のたもとにあった十字架でした。マリア様が素晴らしい。それについては、次回に写真をお見せします。

続き:
古い橋のたもとにあった十字架の彫刻

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
☆ Wikipédia: Calvaire (édifice)
カルヴェール ブルターニュ地方の石造美術


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2016/05/18
少し前に泊めていただいた家で、ダイニングルームの壁にあった猫の絵に目が釘付けになっていました。



腕組みをして、こちらを睨みつけている猫は、何を言いたいのか気になる。

この絵を「理想郷のようなところにあった農家」にちらりと入れたら、これはトミー・ウンゲラーの童話『キスなんか だいきらい』の絵だ、と教えてくださるコメントをいただきました。

何らかの主張があるように感じて、それが何なのかを探りたくなるような絵が好きです。というか、本来の音楽や絵画は訴えるものがあるべきだと思っています。

本当を言って、この類いの現代アートを私は好きではないのです。でも、これだけ気になった絵だったのですから、もしかしたら特別な作家なのかもしれない。それで、トミー・ウンゲラーとは誰なのかを調べてみました。

名前からは想像できなかったのですが、フランスの作家だったので、ネットで検索すると情報はいくらでも出てきたのでした。


『キスなんか だいきらい』と題されたトミー・ウンゲラーの童話

生意気そうな猫の絵は、日本語で『キスなんか だいきらい』と題された童話の表紙になっていました。1973年に発表された作品で、フランス語の題名は『Pas de baiser pour maman』。

猫の家族のお話しで、ママがベタベタに優しいのが気に入らない男の子が主人公。フランスの家庭では普通にありそうなお話しで、たわいもないストーリーなのだけれど、ユーモラスな語り口が楽しい。

主人公の子猫に、自分の好きなことしかしない身勝手な猫の習性がうまく重なっている。何よりも、子どもの立場から描いており、教訓じみたことは何もないのが気に入りました。

※フランス語と英語のアマゾンでは、一部分を覗くことができます。

題名は、フランス語と英語は同じ。日本語は、ちょっと違う。ママが息子を猫かわいがりしていて、キスを浴びせてくるのが耐えきれないと反発している男の子の話しなのですが、日本語の題名からは、なぜかママの文字が消えています。

フランス語と英語のタイトルを普通に訳したら、「ママにキスなんかしてあげないよ」とかになるのではないかと思うのですが、日本では親子がキスの挨拶をする家庭は例外的だから変えたのかな?...

フランス情報では、7歳から10歳向けの本となっていました。

インターネット情報だけでは、『キスなんか だいきらい』と題された日本語バージョンは読書感想で垣間見る程度でした。

でもフランス語版の方は、効果音入りの朗読で聞くことができました。一部は欠けているようでしたが、20分くらいの朗読。

※ 朗読をきけるサイトをリンクしておこうかと思ったのですが、クリックすると変なページが開いたり、ブラウザが危険信号を出してきたりするので止めておきます。


その他、フランスの学校の授業で使えるような教師用のマニュアルもありました。英語版についても、書籍販売ネットの中身拝見などで少し垣間見ることができたし、要約も読むことができました。

インターネット情報だけしか得ていないのですが、この本をいつか手にすることができたときのために調べたことをメモしておきます。

このお話しはトミー・ウンゲラーの自伝でもありました。彼の人生を知ると、このストーリーとの重なりが見えてきて興味深かったのです。しかも、擬人化した猫で表現しているので、かえって人間の家庭で描くよりよく表現されている。



トミー・ウンゲラーには自分の国というものがない?

レジオンドヌール勲章を受賞したパーティーで撮影された写真のようですトミー・ウンゲラーTomi Ungerer)は、イラストレーター、児童文学作家など、色々な肩書を持っていました。

1931年、ドイツと国境を接するアルザス地方の州都ストラスブールで生まれています。

父親は、彼が3歳半のときに病気で他界。

国際アンデルセン賞を受賞しているけれど、普通の、当たり障りのない「子ども向け」というお話しを書いているわけではないようです。

しかも、かなりエロチックな絵も描いている。彼がどんな人であるかは、ひとことでは言い表せないようです。

彼は3か国語で本を出しているそうですが、日本では児童文学が翻訳されているようです:
アマゾンで「トミー・ウンゲラー」を検索


トミー・ウンゲラーの故郷アルザスは、ドイツとの国境に位置し、フランスの中ではかなり特殊な地方です。

アルザス地方が神聖ローマ帝国からフランスに割譲されたのは17世紀半ば。普仏戦争がおこり、1870年にはアルザス地方はロレーヌ地方と共にドイツの領土になります。そして、第一次世界大戦の後に、再びフランスに併合される。


1940年、トミーが8歳のときに第二次世界大戦が勃発し、アルザスは再びドイツに占領されます。

彼は名前を変え、ドイツ語を話すことが強制されます。ウンゲラー家族では、多くのアルザス人たちと同様に、家も会社もドイツに没収されました。

学校ではナチスの教育を受けます。初めて出された宿題は、ユダヤ人の絵を描くことだったと語っていました。

家庭ではフランス人、学校ではドイツ人、友達とはアルザス人というカメレオンのような生活をしました。でも、優しくて賢い母親が家族を守り、笑いが絶えない生活をすることに努めてくれたそうです。

1945年、戦争が終わると、トミーは再びフランス人になりました。ところが、フランス語を上手に話せない。通うことになったフランスの学校では、アルザス語を話すことが禁止されている。

というわけで、フランスにも馴染めなかったようです。

1951年には、バカロレア(大学入学資格試験)に不合格。ストラスブールの装飾学校に入りますが、不服従ということで学校から追い出される。

彼はお坊ちゃん育ちではなくて、気骨のある男の子だったようです。15歳のときに自転車でフランス各地を旅行したのを皮切りに、ヒッチハイク、貨物船に乗ったりして、世界各地を貧乏旅行していました。

1956年というので、25歳の時ですか。描いた絵と、ポケットに60ドルを入れただけという持ち物でアメリカに渡っています。何でも可能なアメリカだったために、たちまちイラストレーターとして成功。

アメリカは永住の地とはなりませんでした。ベトナム戦争に反対したり、エロチックな絵も書いたりもしたので批判があり、自由の国というのは表面的なことだけだと感じて居心地は悪くなったようです。1971年にはカナダのノバスコシア州、さらに妻の故郷のアイルランドに移住します。

そんな人生を歩んだからでしょう。トミー・ウンゲラーにはどこかの国に所属しているという意識がないようです。「自分の国旗は自分のハンカチーフだ」と発言しています。

彼にとっては、やはり心のよりどころは幼い時代を過ごしたアルザスのようです。でもアルザス地方はフランスとは違う国。もちろん、彼の故郷はドイツでもない。1980年代からは、ドイツとフランスの関係を良くすることや、アルザス地方の2カ国併用運動などに尽力しているようです。

彼の働きのせいとも言えないでしょうが、フランス語を公用語にすることを強制してきたフランスですが、最近は地方の言語を学校教育で行っても良いという柔軟性を出してきました。

昔は国が違っていて、言語体系も全く異なる言葉があった地域も合併した国は、ヨーロッパではフランスだけに限りません。こういう言語の問題は、私などには理解できない面です。


親から受け継いだもの

トミー・ウンゲラーがアメリカに行ってすぐに仕事を得られたのは、ユダヤ人コミュニティーでの助け合いがあったから、という記述がありました。ということは、彼はユダヤ人だったということになりますよね。そうだとすると、戦時中に強制収容所に入れられずに済んだのは不思議です。母親がゲシュタボに捕まったときもうまく切り抜けたほど賢い人でもあったせいなのかもしれません。

トミーの母親は、アレクサンドラン(12音節詩句)を書くのが好きだったとのこと。ドイツに占領された時期にも、トミーが絵を描き、フランス語で日記を書き続けることを励ましました。トミーの子ども時代に描いたデッサン、学校の宿題、日記など、すべてのものを彼女は死ぬまで保管していたそうです。

母親のアリスは、末っ子のトミーを溺愛するのは自分に似ているからだと言っていたのだそう。かなりの美人でした。彼のオフィシャルサイトに親子の写真が入っています。

http://www.tomiungerer.com/biography/
Biography | Tomi Ungerer

トミーは4人兄弟の末っ子(兄1人、姉2人)。でも、兄弟とは年がかなり離れていました。下の作品に描かれている赤ん坊が自分を描いたものなのだそう。


Weihnachtslieder: Spielbuch Gitarre, Flöte und Gesang. 20 bekannte Weihnachtslieder

姉たちは絵を描くことを教えたくれたけれど、トミーは生きたお人形だったとも語っています。


トミーの父親の家系では、曾祖父の代から時計技師でした。トミーの祖父が1858年に設立し、1989年まであったウンゲラー社の広告です。

Ungerer

会社は時計の製造と修理が主体で作られたようなのですが、20世紀前半には自動車修理もしていたのだそう。時計と自動車のメカニズムは似ていましたか...。

ストラスブール大聖堂には、とてつもなく立派な天文時計があるのですが、その維持を担っていたのもウンゲラー社だったそうです。

Strasbourg Cathedral Astronomical Clock Cathedrale de Strasbourg - Horloge Astronomique
Horloge astronomique de Strasbourg, Cathédrale Notre-Dame de Strasbourg 


Cathédrale de Strasbourg : Horloge astronomique


シチリア島にあるメッシーナ大聖堂の天文時計は、トミーの父親Théodore Ungerer(1894-1935年)の設計によるものでした(1933年)。

トミーが3歳半のとき、父親は病気で亡くなっています。祖父も、その2年前に亡くなっています。

父親のことは、家族や親戚の人たちが語ることを通してしか知らなかったトミー。父親は、優れた業績を残し、人格的にも完璧だったというイメージだったそうです。

時計のメカニズムを知り、デザインをする技師には、絵を描く才能も必要だったのでしょう。トミーの祖父も父親も、見事な絵画やデッサンを残していました。

祖父、特に父親の絵を見せながら、トミー・ウンゲラーが自分が描いたものとを並べて見せている映像がありました:


De père en fils(2002年)


トミーの父親が描いた絵の中にも、少しエロチックなものもあります。妻がソファーで横たわっている姿なども、かなり官能的。

そんな父親の絵を才能を受け継いだことが、とても誇りのようです。

『De père en fils (2002年)』の中で、彼の父親は「死ぬときに全ての才能を私に引き継いでくれた」と書いています。


『キスなんか だいきらい』は、賛否両論の作品?

モノクロの絵ばかりで、子ども向けの本としては可愛くない絵が描かれていました。

お話しの始めには、主人公のジョーが目覚まし時計を壊してしまう話しが出てきます。



先祖代々、時計技師だった家系。トミー・ウンゲラーが子どものときには、きっと時計のメカニズムはどうなっているのかと分解してみたことがあったでしょうね。台所に忍び込んで缶切りを持ち出して時計を分解したら、バネが飛び出したので捨てたというのが愉快。

時計はチクタクとやるのが良いのであって、目覚ましなんかはして欲しくないと思ったようです。私は、チクタクやるのも煩いと思いますけど。


アメリカで出版するにあたって、トミー・ウンゲラーは表紙に「この本は子ども向けで、ママたちのためではない」という注意書きを付けたがったのだけれど、出版社に拒否されたとのこと。

それがなかったせいというわけでもないでしょうが、アメリカで発表されたときには批判が殺到したようです。かなりショックを受けた親たちもいたそうで、今年出版された「最悪の児童書」という賞までもらったとのこと。

批判の対象となったのは、描かれた家族関係、主人公の子猫の暴力。彼が歯を磨いているふりをして、トイレの便座に座って本を読んでいるという絵がひどい、などが問題にされたようです。

発表されたのは1973年。この時代のことを考えないといけないかもしれない。まだ昔風の子育てがなされていた時代だろうと思うのです。今のフランスだったら、男の子がキスは嫌いだという主張は人格として認められて、かえってママが息子の頬に平手打ちをすることの方が批判されるかもしれない。

ネットで拾った日本人の感想文では、貶している人たちがチラホラといました。絵が可愛くない、「つぶしねずみ」なんていう食べ物が出てくるのが気持ち悪い、など。


登場人物の名前

日本語で出版された童話『キスなんか だいきらい』は、英語版を訳したようです。英語のテキストは作家自身が書いているらしく、自由に英語圏の人向けの言葉遣いにしている感じがしました。

まず、登場人物の名前がフランス語版とは違う。

主人公の男の子の名前は、フランス語版ではJo(ジョー)という名前になっています。フランスではファーストネームから愛称を作る習慣があるので、ジョスランとかなんとかいう名前が本名なのかもしれませんが、それは出てきませんでした。

英語版では、主人公の男の子の名前はPiper Pawで、日本語版でも パイパー・ポー。

以下、主人公の子猫の名前はフランス語に従って「ジョー」としておきます。

英語版では、この一家にPaw(猫の肉球のこと?)という苗字を与えているようです。それで、ママの名前はMrs. Velvet Paw。

フランス語版では、ママはMadame Chattemite(マダム・シャットミット)になっています。

chatteはメス猫のこと。それにmiteを付けたchattemiteは、やたらにへつらってくる、つまりママがジョーにしているようなことをする人のことを指します。シャットミットを日本語に訳すと「猫かぶり」なので、ぴったりなのですけどね。

英語ではベルベット、つまりビロードになりますか。まあ、軟らかくてベタベタのママの雰囲気にはなりますけど。


ジョーのパパの名前は、英語では何なのかは分かりませんでした。Mr. Pawでしょうか?

フランス語では、パパはMonsieur Matou(ムッシュー・マトゥー)。時には、ムッシューの代わりに、父親を付けていることもありました。

matouというのは、去勢していない大きな雄猫のことです。食卓で口をきくことは少ないので存在感は薄いけれど、父親としてするべきことの最低限はしている父親として描かれている感じを受けました。つまり、トミー・ウンゲラーにとっての父親像が出ている?


子どもを呼ぶときの愛称

ママは息子のジョーを色々な愛情を込めたあだ名で呼んでいます。

中でも、ジョーが大嫌いなのは「Mon petit chou au miel」と呼ばれること。

chouというのはキャベツの意味があるので、ハチミツで煮てトロトロになったキャベツのイメージで呼んでいるのかと思ったら、そうではなかった。

日本でいうシュークリームは、chou à la crême。そのクリーム(à la crême)を、蜂蜜(au miel)に置き換えたようです。

私の蜂蜜入りシュークリームちゃん、という感じ。ベッタベタの甘さを感じますね。

キャベツではなくてシュークリームなのだろうと分かったのは、ジョーが怒っている場面があったからです。

ママに教えてあげるけど、chou au mielなんで存在しないんだ。パン屋のマスパンさんはケーキにも詳しいから聞いてご覧よ。シュー・オ・ミエルなんてのは存在しないんだ。

ー Ne me chéris pas tant Maman, ça me coupe l’appétit! Je ne suis pas non plus ton petit chou au miel. On m’aurait éjecté de l’équipe si je jouais comme un chéri ou si je ressemblais à un petit chou au miel. Et puis, j’ai l’honneur de te faire savoir, chère Maman, que les choux au miel, ça n’existe pas. Vas demander à Monsieur Massepain, le boulanger ; il s’y connaît en gâteaux. Les choux au miel, ça n’existe pas.

そんなことを気にする必要はないのですが、蜂蜜を入れたシュークリームというのは、あっても良さそうなスイーツではないですか? 本当に無いのかと思ってレシピを検索してみたら、1つだけ出てきました:
☆ レシピ(動画入り): Choux au miel

とても甘いけれど美味しいと言っています。フランスで「甘い」と言ったら、日本人には「甘すぎる」だろうと思って、作ってみる気にはなりませんけど。

ところで、この蜂蜜入りシュークリームという呼び名は、英語版では「honey pie」になっているようです。英語圏での代表的なデザートはアップルパイなので、リンゴの代わりにハチミツを入れたパイというところでしょうか? 主人公の名前を英語版ではPiper(パイパー)にしたのも、ここでパイをあだ名にしたからの命名なのかもしれません。

日本語バージョンでは、単に「パイちゃん」みたいですね。そもそも、日本のママは、いくら子どもにメロメロでも、色々なあだ名で呼んだりはしないので、そんなところに凝ってみても意味がないからなのかもしれません。


フランス語版では、登場する料理が美味しそうに感じる

日本人の感想文としては、絵が可愛くないというのと、登場する食べ物がグロテスクという批判がありました。

「つぶしねずみ」というのがあったのですが、何のことなのでしょう? 英語版の紹介文には「mice mush」という単語が登場していたので、それの訳なのだろうと思いましたけれど、どんな料理なのか私には想像できません。

フランス語版に登場する料理名は面白いです。

例えば、この朝食の場面。


Viens et assieds-toi, mon doux trésor. Prends un peu de ce pâté de souris, de ces filets de harengs, de cette friture de gésiers de pinsons. Je les ai préparés exprès pour toi, mon chéri.

ママが、「あなたのために作ったのだから、お食べなさいな」とトミーに言っているのですが、その料理とは、ネズミのパテ、ニシンのフィレ、小鳥の砂肝のフライ。

朝食なのに、すごい料理を並べているところで、ママが愛情の現れなのでしょうね。

小鳥とは、pinsonになっていました。フランスでは、ピーチクしゃべる陽気な人の例えに持ち出される鳥です。

庭でさえずっている鳥について、ブログで書いたことがあります:
華やかにさえずっているのは何の鳥? 2013/05/24

美味しいのかどうかは知りませんが、スズメのように小さな鳥なのに砂肝を取り出したところがすごい。ママの努力が見えるではないですか?!

猫はネズミが大好き。でも、自分で捕まえたいのだから、ママがパテにまで料理してくれたら面白くないと思うだろうな...。

ところで、この朝食テーブルの絵に、Schnaps(シュナップス)という酒がのっていることも、作品が発表されたときにケシカランという批判もあったのだとか。これは、ジャガイモや穀類からつくる蒸留酒で、ドイツやアルザス地方では飲まれる酒なのだそう。こんなところにも、作家はアルザス色を出しているようです。


お話しのクライマックスでは、ママが買い物に出かけるついでにジョーを学校でピックアップして、昼ごはんを食べにレストランに連れて行こうという展開になります。

ママは息子が好きなピンク色でコーディネートでおめかしをして出かける。この日に連れて行こうとした町一番のレストランでは、日替わり料理がジョーが大好きな料理だから。

で、その料理とは「tripes en cocotte」というもの。

トライプを、ココットという厚手の鍋でコトコト煮た料理。

色々な臓物の煮込み料理なわけですが、手間をかけて煮れば美味しい田舎料理になります。

どんな感じの料理かと検索すれば、こんな画像が出てきます

でも、人間さまが食べる食材ではなくて、さすが猫のお話しなので、材料はモグラになっていました。

モグラは美味しいのでしょうかね?

この料理名で、トミー・ウンゲラーは都会の人ではないかなと思いました。フランスの田舎の人がお話しを書くとしたら、hérisson(ハリネズミ)にしたと思います。フランスにいる放牧の民の人たちの大好物で、実際に食べた人たちもすごく美味しいのだと言っていましたから。


ともかく、息子の好物のモグラのトライプのココット煮込みを食べさせてあげようと張り切ってでかけたママは、学校から出てきた愛する息子が大怪我をしていたのでパニックになり、息子を抱きしめてキスの雨を降らせてしまう。

キスをされるのが嫌で仕方なかったジョーは、なんだかんだとキスばかりされるのはたまらないのだ、と思いのたけを並べました。すると、レストランに行くために呼んでいたタクシーの運転手さんが、「ママに対してそんな言い方はないだろう」とジョーをたしなめる。

これも、フランス的だと思いました。日本ではお客様は神様、同様に、子どもも神様。よそ様の子どもがいくら悪いことをしたって、咎めたりする権利はないと黙っているではないですか?

タクシーの運転手さんの注意で、この子は悪いのだと思ったママは、つい、愛する息子に平手打ちをしてしまう。


Elle s’avance , et, pif-paf, elle gifle son fils...

この後、二人は予定通りレストランに行きます。でも、二人は気まずい思いでいる。ジョーは好物のココット料理に鼻面を突っ込んだ程度。ママの方は紅茶しか注文しなかった...。

その後にどうなったかは書かないでおきます。

ジョーは、チヤホヤしすぎのママを煙たがっているのですが、本当はママが大好きなのですよね。こんな仏頂面でいるのも、ママが自分を愛してくれているという確信があるからできるだけのこと。もしも、ママから嫌われる子だったら、自分の方からシャットミットになっていたかもしれない。

下は、ほとんど最後の画面のはず。



仏頂面だったジョーのタッチと全く変わっています。見事な表現だと思いました。この童話は、絵が語っていることに言葉で少し説明を付けた、という感じなのではないでしょうか?


フランス人の子どもへの愛情表現


名前とは全く関係ないあだ名で呼ぶのはフランス人は好きらしくて、夫婦でもそうだし、子どもに対しても普通に使います。

特に、子どもを呼ぶときのあだ名は1つに決めずに、色々な表現をしているように思います。

子猫のジョーを呼ぶママの呼び名には、「蜂蜜シュークリーム」のほかに「Mon doux trésor」というのも出てきていました。

「Mon trésor(私の宝物)」と親が子どもを呼ぶのは非常にありふれています。でも、そこに「doux(甘い、優しい、心地よい)」を付けてしまっているのがママのメロメロぶりを現しているのでしょうね。

でも、ちょっとヒネリが足りない。蜂蜜シュークリーム(Mon petit chou au miel)も、ハチミツなしにして「Mon petit chou」だったら、男女間でも使う、ごくありふれた愛称です。

人間の場合には、「私の猫ちゃん」という感じの愛称でバラエティーがあるのですが、さすがに猫のお話しなのでそれは使えなかったらしい。ジョーに対しては、「砂糖でできたタイガー」みたいなのがありました。

タイガーに例えるのは、トミー・ウンゲラーの母親も使っていたようです。彼がどう呼ばれていたかというリストアップもありました。太陽の光、スズメちゃん、金のスカラベ、ウンコちゃんなどですが、アルザス語に翻訳がついただけなので音の響きが面白いのかどうか私には分かりません。でも、このお話しよりは遥かにバラエティーに富んでいるし、そんなに甘いものばかりに例えているわけでもありませんでした。


フランスに初めて留学して、家族のように親しくなった家庭には、10歳と13歳の男の子がいたので、彼らがどういう風に母親から扱われているかを観察したものでした。

この童話に出てくるジョーもそのくらいの年齢という想定だと思うのですが、私が観察した家族もジョーと同じような感じで母親からメロメロに可愛がられていると思いました。ついでに私も彼らのママからキスの雨を浴びていましたけど、言葉がろくにできないときにスキンシップで愛情表現してくれるのは悪くないと思いました。

13歳の男の子に対して、別に愛情表現する必要もない場合なのに、ただの呼びかけとして「私の宝物」とママが言っているのを見て、よくそんな言葉を息子に言えるものだと感心したのを覚えています。でも、観察していて思ったことがありました。

子どもを叱るときには、非常に怖いママになるのです。言うこともきつい。私だったら、一回でもそう言われたら家出を考えると思うようなことまで言って、冷たく突き放しているのです。ところが、優しいときはメロメロの愛称で呼んでキスを浴びせている。

そういうコントラストがあるのがフランスの躾なのだろうな、と思ったのでした。つまり、きつい叱り方をしても、後で愛情表現があるから子どもは正常に育つ。怖いだけだと、やはり子どもの心は傷づいてしまうはず。また、メロメロばかりしていて、叱ったりしなかったら、やはり片手落ちの教育になって、子どもは自分の存在感がなくなってしまうのでは?...

ところで、怪我をした子猫のジョーが、迎えに来たママにキスを浴びせられたら激しく怒ってしまった場面について、フランス人に解説を求めてみました。クラスメートにママからベタベタと可愛がられているのを見られてしまうのは、男の子としては最大の屈辱なのだそう。だから、ジョーのママがやってしまったのは絶対に許せない行為だ、と断言していました。つまり、そんなことがあった後では、仲間から散々バカにされるということらしい。

男の子にはメンツがあるということ? 人が見ていようが、平気でキスの挨拶をするフランス人なのですけど、そういうものですか。私が親しくなったフランス人の家族で見ていたのは、家庭内での母親のメロメロぶりであって、あの子たちが外に出ているときには、ママは態度を変えていたのかなと思いました。



トミー・ウンゲラーと猫

トミー・ウンゲラーは、動物を観察して、それを絵にするのが好き。そして、動物の中でも猫が一番のお気に入りです。

彼は語っています:
猫は利口だ。そして、自分でもそれが分かっている。

猫は、犬と違って、かなり好き勝手なのです。ウンゲラーは自分の奔放な生き方を猫の中に見出しているのだろうと思いました。

彼は数多くの作品を残しましたが、猫はかなりの頻度で登場しているようです。




トミー・ウンゲラーはフランスの国境から10キロくらいの所にあるドイツのカールスルーエ市(Karlsruhe)に作られた幼稚園をデザインしていました。「国境のないヨーロッパ」プロジェクトの1つとして実現されたのだそうです。


Une maternelle en forme de chat en Allemagne - Helloo Designer

こういう建物は往々にしてバカバカしくなるのですが、実に見事なデザインだと思いました。楽しそう。猫の口から建物に入ると、猫の体の中にいる気分になるデザインになっています。

トミー・ウンゲラーが好きか嫌いかは別にしても、並々ならぬ才能を持った人だろうと感じます。


何かにつけてキスをするんだから! と息巻いた子猫。そういう風習なしに育った私にとっても、キスをするフランス式挨拶は気になるところです。

続きを書きました:
どちら側からキスの挨拶をすべきなのか?




ブログ内リンク:
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組
複数の公用語がある国ベルギー: 言語戦争?! 2009/05/26
★ 目次: フランス式挨拶、親しさの表現
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方

外部リンク:
☆ オフィシャルサイト(英語): Tomi Ungerer - Official Website
☆ Musées de Strasbourg: Abécédaire Tomi Ungerer
☆ Wikipédia: Tomi Ungerer
L’œuvre satirique de Tomi Ungerer (2007)
L'oeuvre graphique de Tomi Ungerer, par Therese Wller
☆ Libération: Pour adultes et enfants seulement (1998)
☆ INA: 「Tomi Ungerer」をキーワードにして記録映像を検索
☆ YouTube: トミー・ウンゲラー
絵本作家トミー・アンゲラーTomi Ungerer
天才トミー・アンゲラーの「政治」展

Pas de baiser pour maman USEP Garazi Baigorri
Tomi Ungerer 7 à 10 ans - l'école des max
No Kiss for Mother  Tomi Ungerer
☆ Booktopia: No Kiss for Mother by Tomi Ungerer.
絵本レビュー『キスなんてだいきらい』
キスなんてだいきらい

L’école Chat, Allemagne

Les surnoms que vous donnez à votre enfant
50 surnoms pour bébés
Les Petits Noms d'Amour - French Love Nicknames


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2016/05/14
日本のようにゴールデンウイークとは言わないのですが、フランスも5月の始めは休日がたくさんあります。今年の場合は、休日が日曜日にぶつかってしまっていたりもしていましたけど。

復活祭が何時になるかによって変わる祭日もあるので、ややっこしいのですが、今年は5月15日がPentecôte(聖霊降臨祭)で、その翌日の月曜日が祭日。

クリスチャンでなければ、ただ学校や会社がお休みと受け取るだけなわけなのですが、聖霊降臨祭は本格的な行楽シーズンを告げる時期です。ところが、今年は寒い!

5月1日のメーデーはスズランを愛する人に贈る日となっているのですが、森のスズランはつぼみが出来た程度で咲いてはいませんでした。中旬になったので、森のスズランが花を開かせたと教えてくれる人がいたのですが、寒くて花摘みに行く気になりません。4月末の旅行で風邪をひいてしまっているのだし。


といって、やはり冬眠から覚めた時期なので、お誘いは多くなってきました。

聖霊降臨祭の前日には、友人の家での昼食に誘われました。その前の日曜日の終戦記念日の食事会では、人が大勢いておしゃべりができなかったので、「大したものはないけど、一緒に食事しようよ」ということなのだろうと思って出かけたのだけれど、昼から始まって、食事が終わっておいとましたのは午後9時ころ。


家に入ったらびっくりしました。つい最近、ダイニングとリビングを兼ねている大きな部屋をリフォームしていたのです。

何年か前に、壁に断熱材を入れて現代風にリフォームしていたのですが、以前の田舎風の方が良かったではないかと思っていたのですです。ところが、壁を塗り替えたら、とても良い雰囲気になってしまったのでした。

真っ白だった壁が淡いクリーム色になり、それにピンクがかった紫色でアクセントを入れているのが良い雰囲気を出していました。それから、ゴチャゴチャあった飾り物を片づけたのでスッキリ。



私はこの家は天井が低いのが気に入らなくて、もっと昔風にインテリアが好きなのだけれど、以前よりははるかに良くなったと思いました。

壁の色を変えるだけで、こんなに変わるものかな?... 工事は1週間かかったそうです。担当したのは、家の内装をする仕事をしている息子さん。普通の業者に頼んだら、仕事が遅いフランスのことだから、1週間ではやってくれなかったのは確実だと思います。


写真の奥の壁にある部分がハイライト。ご主人の両親の家の屋根裏部屋にあった、いわくありげな石の彫刻をはめ込んだのです。



漆喰を削って石の壁を出した中にはめ込んだ彫像。なんだか博物館の陳列みたいだけれど、よく出来ていました。

この彫刻が何を意味するのかは、色々と考えてブログで書いていました:
★ シリーズ日記目次: 屋根裏部屋にあった彫刻の解読  2014/05/01

アンティーク鑑定師によれば、聖グレゴリウスのミサの場面です。

この彫刻を置く場所を考えると友人夫妻は言っていたけれど、こんなに良い場所を作ってあげるとは想像していませんでした。

この家の人たちには信仰心は全くないのですが、やはりフランスはキリスト教文化の国だし、両親の形見なので大切にしたかったようです。といって、そのご両親の方は、屋根裏部屋にこんなものがあったなどとは知らなかったかも知れないのですが。

ブログに書いていたのをリンクして気が付きましたが、屋根裏部屋にあった彫刻を見たときから3年近くもたっているということ? 信じられない...。



ついでに、少し前から気になっていたので、この家の柳の木がどのくらいの大きさに成長したのかも庭に出て確かめました。



貧弱な木だったのですが、かなり大きくなっていました。

写真を見てビックリ。その向こうに見えるお隣さんの庭にある木も柳ではないですか? フランスには柳の木がほとんどないと思っていた私なのに...。私の観察力は全くいい加減なのだと自覚しました。

天気予報によれば、最高気温が20度になるまでには、まだ10日くらい待たなければならないらしい。早く半袖でいられるようになりたい...。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱、建築技術
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事


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2015/01/06

シリーズ記事目次 【赤ずきんちゃんのガレットとは?】 目次へ
その1


前回の日記「本場ブルターニュのガレットのレシピを探してみた」を書きながら、蕎麦粉で作るガレットについてインターネットで調べていたら、ほんと? と驚く記述に出会いました。

『赤ずきんちゃん』にガレットが登場している、という日本語情報があったのです。

フランスで市販されているコスプレ。日本からの輸出品のようですが、間違いではないかと思ってしまうほど高額!
この童話を読んだのは遥か昔ですが、アウトラインは覚えています。

病気のお婆さんの見舞いに行くようにお母さんから言われた赤ずきんちゃん。ところが、行ってみたらオオカミがお婆さんになりすましていた、というお話しですよね?

たしか、赤ずきんちゃんはバスケットを持って家を出た。

でも、何をバスケットに入れて持っていったのか? 私の記憶の中は空っぽでした。

フランス語で書かれた物語では、赤ずきんちゃんはお見舞いとしてガレットを持って行った、ということになっているのだそうなのです。


赤ずきんちゃんが持って行ったガレットとは?

日本の子どもが読む本に「ガレット」などとは書かないだろうと思ったので、ペローの『Le Petit Chaperon rouge赤ずきんちゃん)』の文章をインターネットで探しだして眺めてみました。お話しの冒頭で、確かにお母さんは「galetteガレット)」を持っていくように、と赤ずきんちゃんに言っていたのでした。

ガレットでしたか...。

でも、ガレットって、どのガレットのこと?...

フランス語で「ガレット」と言われただけでは、どんなものなのか分からないのです。思い浮かぶのは、ガレット・デ・ロワという名のケーキ、クッキー、そば粉のクレープ。丸い形をしているという共通点はありますが、全く違った食べ物です。


右に入れた蕎麦粉で作るガレットは、前回の日記でレシピを紹介したブルターニュの郷土料理です。でも、近年になるまで広い地域で食べられていたわけではないと思うので、このガレットではないことだけは確かだろうと思いました。

でも、この3つ以外にも「ガレット」と呼ぶものがあるのかも知れない。


どんなガレットだったのか、画像で確認

赤ずきんちゃんが持っていったのが何かを知るには、画像で見るのが手っ取り早い。

パリから35Kmくらいのところにあるブルトゥイユ城(Château de Breteuil)を見学したとき、赤ずきんちゃんのお話しを再現された部屋があったことを思い出しました。

写真アルバムから写真を探し出してみると、赤ずきんちゃんの人形は大きな丸いものを持っていました!

ブログに入れようと写真加工をしたのですが、ガラス窓越しに部屋の中を見たので画面が不鮮明。Wikipediaに良い写真が入っていたので、そちらをリンクします。

Chaperon Rouge

この女の子が持っている丸いものが「ガレット」なのでしょうね。

これを見た私が、この大きな丸いものに注目したのかどうか思い出しません。でも、どうしてこんな大きなものを持っているのだろう、と不思議だったようにも思えてきます。この城は蝋人形や猫人形などで有名な話しの場面などを再現しているので気に入ったのですが、なぜか赤ずきんちゃんの部屋は時間をかけて眺めたように記憶しているのです。

一緒に見学した友達に、この大きな丸いものが何であるか聞いていたかもしれない...。でも、おとぎ話が好きなような人ではなかったので、これをガレットと呼ぶとは教えてくれなかったのではないかな?... この城を見学したときのことをブログに書き留めておかなかったのが残念...。



ガレット・デ・ロワ
この写真を見て、真っ先に思い浮かべたのは、今の時期に食べるガレット・デ・ロワというお菓子です。

お正月の時期だったら、これを病人のお見舞いに持っていくのは最高のプレゼントだったはず!

ガレット・デ・ロワというケーキについては、すでに紹介しているので省略:
フランスの正月: 3. ガレット・デ・ロワを食べる 2006/01/04

でも、ガレット・デ・ロワはパイ菓子ですから、この人形のように抱えて持って歩くなんてことはできません。

紙袋に入れるとか、布で包むとかしないと、皮がパラパラはがれてしまいますから。

それに、『赤ずきんちゃん』は新年のお話しだったわけでもないように思います。

それで、ガレット・デ・ロワではなかっただろうと思いました。でも、大きさと形は似ているのだろうと想像します。

『赤ずきんちゃん』の挿絵などを見ても、持ち物がよくわかるものは大きな丸いものを持っていました。

Gustave Doré (1867)- フランス

Albert Anker (1883) - スイス

何なのだろう? 気になります...。

こういう風に抱えて持つとしたら、ケーキのガレットではなくて、パンではないですか?...

検索してみたら、平べったいパンが存在していて、「Galette de pain(パンのガレット)」と呼ばれていました。

「Galette de pain」をキーワードにしてGoogleで画像検索

フランスでは珍しくて、アルジェリアなどに平べったい伝統的なパンがあるらしい。

パンのガレットなどというのがあったの?!...

昨年、といっても少し前のことですが、紛らわしいお菓子の呼び名があると書いたばかりで、そこにガレットも入っていました。

以前にも紛らわしくて混乱すると書いていたので、目次まで作ってしまいました:
★ 目次: ゴーフル、ゴーフレット、ガレットなど紛らわしい菓子の名前

それで頭の中を整理したつもりになっていたのに、パンのガレットなどというのまで飛び出してくると、またまた気になりだしてしまう...。


『赤ずきんちゃん』の3つのバージョンで比較

『赤ずきんちゃん』といえば、フランスのペローが出版した童話(1698年)、ドイツのグリム兄弟の童話(1812年)があります。でもヨーロッパに古くから口伝えに語り継がれてきた民話なので、ペロー以前のお話しも残っているそうです。

フランスには30ほどのバージョンが確認されているそうですが、有名な3つのバージョンから、赤ずきんちゃんがお母さんに持たされた食べ物について書いてある部分を拾い出して、比較してみます。

 日本語フランス語(下段に英語訳)





昔あるところに一人の女の人が住んでいました。その女の人はパンを焼いて、娘に言いました。「この焼きたてのパンミルクをおばあさんのところに届けてちょうだい」。
- 鈴木晶 『グリム童話/メルヘンの深層』
熱々の菓子パン1個(注②)、ミルク1瓶

C'était un femme qui avait fait du pain. Elle dit à sa fille :
– Tu vas porter une époigne toute chaude et une bouteille de lait à ta grand.
There was a woman who had made some bread. She said to her daughter, "Go and carry a hot loaf and a bottle of milk to your grandmother."





ある日、おかあさんはパンのついでに焼き菓子(ガレット)を焼いてから、赤ずきんちゃんに言いました。
「おばあちゃんが、ご病気だそうよ。どんな具合だか見ておいで。ガレットとこのバターの壼をもってお行きなさい」
- 新倉朗子訳
ガレット1個、バターの小瓶

Un jour, sa mère, ayant cuit et fait des galettes, lui dit : Va voir comme se porte ta mère-grand, car on m’a dit qu’elle était malade. Porte-lui une galette et ce petit pot de beurre.
One day her mother, having made some cakes, said to her, "Go, my dear, and see how your grandmother is doing, for I hear she has been very ill. Take her a cake, and this little pot of butter."




ある日、おかあさんは、この子をよんでいいました。
「さあ、ちょいといらっしゃい、赤ずきんちゃん、ここに菓子がひとつと、ぶどう酒がひとびんあります。これを赤ずきんちゃん、おばあさんのところへもっていらっしゃい。おばあさんは、ご病気でよわっていらっしゃるが、これをあげると、きっと元気になるでしょう。
- 楠山正雄訳

ある日のこと、お母さんが赤ずきんちゃんに言った。
「おいで、赤ずきんちゃん。ここに大きな上等のお菓子が一つ葡萄酒が一瓶あるからね。これを、おばあさんのところへ持っておいで。おばあさんは病気で具合が悪いから、これを食べたらきっと元気になるよ。
- 金田鬼一 訳
ガレット1切れ、ワイン1本

Un jour, sa mère lui dit :
- Tiens, Petit Chaperon rouge, voici un morceau de galette et une bouteille de vin : tu iras les porter à ta grand-mère ; elle est malade et affaiblie, et elle va bien se régaler.
One day her mother said to her, "Come Little Red Cap. Here is a piece of cake and a bottle of wine. Take them to your grandmother. She is sick and weak, and they will do her well.

 

注①: Millien版「Le Conte de la mère-grand」。1870年代、フランスのニヴェルネ地方での収録した民話。
 

注②: 日本語訳ではお母さんが焼いたパンを持たせたように受け取れますが、フランス語では焼いたのは「pain(パン)」で、持たせたのは 「époigne」でした。「époigne」は 辞書に入っていない単語なので、「菓子パン」と訳してみました。どんなものであるかについて見つかった説明は以下の通り:
  • 小さなパン、ガレット、丸い菓子。古い言葉だが、今日でもブレス地域やドンブ地域の農家では、バターを入れた丸い小麦粉のパンを「époigne」と呼ぶ(情報、Dictionnaire historique de l'ancien langage françois)。
  • パンを焼くときの生地の切れ端で作った小さなパンで、たいていは子どものために作る(情報
  • 英語訳で「époigne」の代わりに使われている「loaf」は古い英語で、意味は、① パン1個(四角。丸・長細い形などに焼いたもの)、② 菓子パン、(比較的大きい)ケーキ(情報)。
赤ずきんちゃんが持っていったのは、古い民話では一種のパン。ペロー版とグリム版では、ガレット(英語版ではケーキ)で、グリム版では丸ごと1個ではなくて1切れ。パンだとしても、菓子パン風のものだろうと想像します。

それと一緒に持っていくものが、3つのバージョンでは異なるのですけれど、それは気にしない。


赤ずきんちゃんのガレットのレシピを探してみる

そんなものがあるとは思っていなかったのですが、存在するのでした!

やはりフランス人は食いしん坊なのでしょうか? おとぎ話に登場する食べ物のレシピ本が幾つも出版されているし、赤ずきんちゃんのガレットのレシピを紹介するページはインターネットにもたくさんありました。

おとぎ話を聞いた子どもは、そこに登場するものを食べたくなるものなのでしょうか?

フランスで出版されている、おとぎ話のレシピ本:



「読むと食べたくなる赤ずきんちゃんのガレット」などと言ってレシピを載せているブログもありました。私にとって、怖いオオカミが出てくる赤ずきんちゃんの話しは、むしろ食欲を減退させるものだと思うのですが...。

日本のみなさんは、どうなのでしょう? 日本でも赤ずきんちゃんのガレットを再現しようとする人がいるのだろうかと思って、インターネットで探してみました。


ガレットはスコーン?!

クックパッドで「赤ずきんちゃん」をキーワードにして検索してみたら、色々出てきたのですが、赤い頭巾をかぶった女の子に見えるお弁当ばかり...。

幼稚園に行く子に赤ずきんちゃんのキャラ弁を作ってあげるのは優しいお母さんですが、私が探しているのは赤い頭巾ではなくて、持っていった食べ物です。

童話に登場する食べ物を作れるレシピ本は日本にも存在していましたが、インターネットで赤ずきんちゃんが持って行ったお菓子のレシピを紹介しているのはごく少数でした。.

驚いたことに、赤ずきんちゃんが持っていったガレットは、どうやら日本では、イギリスのお菓子である「スコーン」を連想するらしいです。

こちらもレシピを紹介しているのですが、スコーンです:
『赤ずきんちゃんのバスケット』

ひょっとして、英語圏ではガレットをスコーンと訳すのだろうかという疑問がわいてきます。でも、英語に訳されたペロー版もグリム版も「cake(ケーキ)」という単語が使われているのです。

どうして日本だけスコーンにしてしまうのだろう?...

童話に登場するお菓子をレシピとともに紹介した書籍があって、それの影響なのだろうと思えました。


童話の中のお菓子たち 時事通信出版局 (2005/11)

この本では、赤ずきんちゃんは何を持っていっただろうか?... と始めていました。

この書籍はGoogleブックに入っていたので、レシピまで読めてしまったのです:
☆ Google ブックス: 童話の中のお菓子たち

Googleブックスはみなそうなのか、この書籍の部分がおかしいのか、買うようなふりをして無料サンプルを見たりすると、はじめの数ページしか開かないこともあるし、最後まで出てきてしまったりもしました。なんだかキツネにつままわた気分...。

それはともかく、この本では、香りも良いスコーンを持っていってお婆さんを喜ばせたい、と書いてありますので、歴史的に検証して赤ずきんちゃんはスコーンを持っていったはずだ、という判断ではないようです。

昔のお話しだから、シンプルなお菓子を選んだというのは適切だと思いました。でも、赤ずきんちゃんがスコーンを持っていったとすると、問題があると思うのです。

フランス語の文章にあるガレットもパンも、英語版のケーキも1個だけ持っていくことになっています。

私たちが普通に見るスコーンを1個持っていくのは変です、
でも、スコーンも大きな形に作れるのでしょうか?

あるいは、日本人は単数か複数かを気にしないから、スコーンを連想しただけなのかな?...

検索してみたら、小麦粉26キロ使った重さ50キロの巨大スコーンの画像が出てきました。大きく作ろうと思えば、できるのですね。

赤ずきんちゃんのガレットは、お正月に食べるガレット・デ・ロワと同じくらいの大きさだと思うのですが、スコーンをそのくらいの大きさにしたらどうなるのかな?...


スコーンの祖先は、ガレットみたいなパンだった

日本では最近、スコーンscone)が流行っているように感じるのですが、私は食べたことがないように思います。それで、スコーンとはどういうお菓子なのか調べてみました。

Wikipediaの英語ページの「Scone」には歴史の項目があって、驚くことが書いてありました。スコーンの原型は、丸くて平たくて、中皿くらいの大きさだった、というのです。

だったら、始めに画像を入れた赤ずきんちゃんたちが持っていたものと同じではないですか?!

そのスコーンの原型は、今日ではbannockと呼ばれていたのだそう。

スコットランド、オークニーの伝統的な六条大麦(beremeal)のバノック。切り分けられた一片はスコーンと呼ばれる。

これなら抱えて持って歩けそうですね。

Wikipediaの「bannock」からフランス語ページへのリンクでは、さっき書いた「Galette de pain(パンのガレット)」にリンクしているだろう、と期待を高めました。

から喜び! Banniqueにリンクされていました。詳しく書いていないので、画像検索をしたら、カッコ付きでpain amérindien(インディアンのパン)というのが圧倒的に多いので混乱...。フランスでは、これはアメリカ大陸に入ったヨーロッパの人たちが食べていたパンとして知られているらしい。

なんのことはない。Wikipediaの日本語ページ「バノック」を先に見ればよかった。詳しく説明されているのです。

赤ずきんちゃんが持っていったのは、パンのガレットと呼べそうなバノックでも良いのではないかと思いました。グリム版では「ガレット1切れ」と言っているのです。バノックを切ったものを「スコーン」と呼ぶそうだし。

でも、です。

バノックは膨れそこなったパンみたいではないですか? グリム版のフランス語訳では、お母さんは「病気で弱っているお婆さんは、このガレットに舌鼓を打って喜ぶだろう」と言っているのです。

このバノックをもらって、お婆さんはそんなに喜ぶだろうか?... 食いしん坊のフランス人たちは、もっとおいしそうなお菓子を想像するようです。

次に、フランスで定番になっているように見える「赤ずきんちゃんのガレット」のレシピをご紹介します。
赤ずきんちゃんが持っていったガレットのレシピ(フランス版)

 シリーズ記事: 赤ずきんちゃんのガレットとは? 【目次




ブログ内リンク:
★ 目次: ゴーフル、ゴーフレット、ガレットなど紛らわしい菓子の名前
★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組

外部リンク:
童話「赤ずきんちゃん」に関するリンク集 (シリーズ日記目次内に記載)
BnF: Contes de fées » Petit Chaperon rouge
  ※エンコードは中央ヨーロッパ言語(ISO)に設定して読む
 赤ずきんちゃん ー 赤ずきんちゃんのあれこれ
Mise en parallèle des trois versions


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2014/12/29
旅行していると、たまらなく好きな音楽を聞きたくなることがあります。でも、最近は便利。禁断症状になる前に、iPhoneに入れた音楽が聞けますから。

昔は、旅先でつけたラジオからクラシック音楽が流れてくると、涙を浮かべてしまうほど感激したものでした。雑音だらけなのに、それでも嬉しい。

不思議に思います。ほんの少しでも調子が外れて歌われたり、演奏されたりすると、たまらなく耐え難い私なのに、ああいう悪条件の音楽には耐えられるのですから。

音楽というのは、第一にリズム、全体として調和がとれていることが大事なのかな...。それさえしっかりしていれば、頭の中で音楽を再構成して、実際に聞いている曲をおぎなって鑑賞できる。

ところで、無人島に何を持っていくかと聞かれたり、音楽を聞くのは1曲だけにせよと言われたりしたら、私には迷わず選ぶ曲があります。

無人島で音楽を聞くとなったら、手で回す蓄音機とレコードが必要なのではないかな?... 無人島に何を持って行くかの質問はどうなったかと思って、前回の日記「もしも無人島に住むとしたら、何を持っていく? 」を書きながら調べてみたのでした。

どうせ「もしも」という仮定で考えることなので、電気が通っているかどうかなんて気にしなくて良いみたいですね。だとしたら、私が無人島に持っていく曲に変わりがありません。

無人島に行くことになるまでもなく、音楽を聞きたい衝動にかられたときは、まず、その曲から聞きます。


聞ける曲が1つに制限されたら...

私は、迷わず、ブラームスの『ピアノ協奏曲第2番』を選びます。

好きなのはクラシック音楽で、特に大編成のオーケストラが好きです。楽器としてはピアノが最も好きなのですが、このピアノ協奏曲はピアノ入りの交響曲という感じの作品なので、私には理想的な音楽。

しかも、録音は、これが最高に気に入っています ↓


ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
Brahms: Piano Concerto No. 2
& Grieg: Piano Concerto - ゲザ・アンダ



ピアニストはゲザ・アンダ、ヘルベルト・フォン・カラヤン 指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、録音は1967年。

テンポが非常によくて、ピアノの美しい響きとオーケストラが見事にクライマックスを盛り上げているので、何回聞きなおしても、余りの美しさにゾクゾクしてしまいます。

音楽に飢えているときに聞けば、その曲と初めて出会ったときのように感動して涙ぐんでしまいます。天国にいるような気分。頭の中から嫌なことを一掃してくれる音楽...。

上にリンクしたアマゾンのサイトでは、ほんの少し視聴ができますが、全部入っているサイトもありました:
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 Op.83

無人島にインターネットにつなげるパソコンだけを持っていったとしても、私が一番好きな音楽を聞けてしまうのですね...。すごい時代です。

この曲にほれ込んだときには、片っぱしから色々なレコードを買って聞き比べました。東京にいるときだったので、世界的に有名なピアニストが演奏するコンサートは頻繁にあったので、ブラームスのピアノ協奏曲が演奏されると知れば行っていました。でも、やはり、このピアノ・コンチェルトはゲザ・アンダとカラヤンの共演が最も魂を揺さぶると感じることは揺るぎませんでした。

もちろん、この曲には名盤と言われるものがあったので聞いたのですが、不思議なことに、私がこれだけ気に入っているレコーディングは特に名盤とは呼ばれないでした。ともするとブラームスは重々しくなりすぎてしまうのに、ゲザ・アンダとカラヤンの共演は限りなくロマンチックなので素晴らしいと思うのですけれど...。


14年先立つカラヤンとの共演を発見

ブラームスのピアノ交響曲第2番とゲザ・アンダについてインターネットで検索していたら、私が好きなレコードの14年も前に、ゲザ・アンダとカラヤンの共演のレコーディングがYouTubeに入っていました。

ただし、オーケストラはベルリンフィルではなくて、RAIローマ交響楽団。


Anda & von Karajan - Brahms Concerto No. 2 in B flat Op. 83

ゲザ・アンダは33歳の演奏でしょうか。

YouTubeだから音が悪いということだけではなくて、1954年の録音では繊細な音には録音できなかっただろうと思います。それでも、なかなか美しくて引き込まれました。ただし、私が恍惚状態になってしまう第2楽章の官能的なメロディーは、かなり物足りない...。

YouTubeに入っていたのは、このレコードの演奏だろうと思います ↓


Brahms - Piano Concerto No. 2 op. 83/Mozart - Symphony No. 40 KV 550 (UK Import)

このレコードについての情報

力強くて優しいゲザ・アンダの演奏は同じように美しく感じるのですが、歌い上げるようなロマンチックさに欠けます。やはり、オーケストラがベルリンフィルでない、という違いでしょうか?

ベルリンフィルの演奏を聞いたのは1回だけ。地方都市ディジョンなどに来るのは後にも先にもないから、と音楽好きの友人が強く誘うので、演奏曲目は私が好きではなかったにも係らず行ったのでした。

驚きました。オーケストラのメンバーは、それぞれがソリストのように酔いしれて勝手に演奏しているように見えるのに、それでいて呼吸がぴったりとあっている。東京にいた頃に、カラヤンが指揮するベルリンフィルの演奏を聞きにいってみなかったことを公開しました。みんなが「素晴らしい」というと、なんとなく反発を感じてしまうヘソ曲りの私がいけなかった...。

カラヤンの死を知ったのはギリシャの野外劇場でした。コンサートが始まる前、訃報が告げられて、観客が黙とうをささげるように促されたのです。あれから、もう四半世紀もたってしまっているとは信じられない...。


ゲザ・アンダというピアニスト

一番好きな曲はゲザ・アンダが演奏した録音と決めているわりには、このピアニストにこだわってはいませんでした。

調べてみると、Wikipediaには「アンダ・ゲーザ」として項目ができていました。

あれ、あれ、私は名前を間違って覚えていた?...

でも、そこからのリンクは、英語もフランス語もGéza Anda

彼はハンガリア人で、ハンガリアの名前の書き方だと、姓が先にきてAnda Gézaなのだそうです。つまり、やはりアンダが苗字。

1921年、ブタペスト生まれ。二十歳になったばかりの頃にスイスに亡命し(1943年)、スイス国籍を獲得していました。1976年にチューリッヒで亡くなったとのこと。まだまだ演奏を続けられる年齢だったのに...。



私がゲザ・アンダを発見した当時は、演奏家はレコードのジャケットで顔を見る程度の時代。それで、彼が演奏するところを映像を探してみました。

パリのシャンゼリゼ劇場でのリサイタルの前に、フランス語のインタビューに答えている映像が見つかりました。

▶ リンク切れ: Géza Anda (1966) - Interview & Schubert Sonata

すごいヘビースモーカーなのですね。ピアノを弾きながら煙草をふかしているので、鍵盤やズボンに灰を落としてしまうことがないのだろうか、と心配してしまいました。

極度に神経を集中して演奏をするにはストレスが大きくて、それでタバコを吸っていないといられなかったのでしょう。でも、公共の場での喫煙が禁止されている現代に彼が生きていたら、どうしたのだろう?...

演奏している映像も見つかりました。

▶ リンク切れ: Geza Anda - Schumann Kreisleriana 1964

さすがに、本番ではタバコをふかさないのですね。つまらないことに感心してしまった私...。


追記:

入れた動画が削除されてしまっていました。ゲザ・アンダがタバコを吸いながらピアノを演奏する姿をお見せしたいので、別の動画を入れておきます。


Géza Anda Documentary: Pianist, Conductor, Teacher



ブログ内リンク:
徹底した禁煙運動: 死者にもタバコは吸わせない! 2005/06/22
★ 目次: クラシック音楽

外部リンク:
ゲザ・アンダの記録映画
☆ YouTube: Geza Anda - 記録映画『Geza Anda, Pianist - Dirigent - Paedagoge(ゲザ・アンダ、ピアニスト-指揮者-教育者)』ほか
☆ Ina: Récital Geza ANDA - Audio (09 oct. 1960)
ブラームス ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調op.83 名盤
ゲザ・アンダ――現代でこそ浮上してくる感覚の冴え
☆ YouTube: Popular Piano Concerto No. 2 & Johannes Brahms videos (リンク動画数 200)
The 25th memorial of Herbert von Karajan
「細雪」文庫版解説



2014/12/23
もしも無人島に行くとしたら、何を持っていきますか?
そういうのが昔にありましたね。

今でも言われたりするのでしょうか? インターネットで「無人島 持っていく」をキーワードにして検索してみたら、たくさんヒットしてきました。これを考えるのは面白いという人気は衰えていないということでしょうか?

サバイバルの道具には興味がないので、持て余すであろう時間を使うために何を持っていくかが知りたいので少し調べてみました。


本まで出版されていた

有名人18人に何を持っていくかを聞いた結果を書いた本もありました。今年の秋に出版されているので、この少しバカバカしいような質問はまだ廃れていないようです。

質問をした18人は、なぜか男性のみ。この本がヒットしたら、女性18人の本を出すつもりだったのか?...
ともかく、誰が選ばれていたかだけは、本の紹介を読めば分かります ↓


無人島セレクション Desert Island Selection

「もしも、無人島でひとりぼっちになるとしたら」ということで、持って行くレコード1枚、映画1本、本1冊を挙げてもらったのだそうです。何を選ぶかで、その人の生き方などが分かるので、面白いかもしれませんね。


アンケート調査というのは、そのままでは受け取れない結果が出ますが、少しは傾向が分かるかと思って探してみました。


そうかな?...

アンケート結果を出しているページもありました:
無人島に1つだけ持ち込むとしたら…上位は「本」「テレビ」「釣り道具」 アンケート結果



こちらのアンケートは、生命維持のための最低必要条件(水・パン・薬)や電源設備、通信環境は整っており、気候も温暖な無人島という前提で行っていました。そうなると、本来の無人島という空間が色あせると思うけど...。

電源と通信環境が整っているのなら、私ならパソコンでインターネットを見ることを考えます。でも、それが上位には入らなかった様子。不思議です。インターネットなら本も読めるし、音楽も聞けるし、映画も見れますから、退屈しないではないですか?

でも、よく読んだら、編集部からのコメントで、パソコンは「万能機器ゆえにあえて選択肢から抜いた」と書いてありました。パソコンもOKとしても、100%にはならないと思うけれど、どのくらいの人が選んだかな?...

それでも、通話専用の携帯電話はOKとしていて、かなりの人が選んでいました。でも、持っていくことができるのは1つだけですよ。私なら、無人島にまで行っても誰かとおしゃべりしたいというのは未練がましいと思ってしまうけど...。

でも、これまたよく読めば、無人島で一人暮らしをするのは1カ月くらいという条件になっていました。そのくらいの期間だったら、退屈しのぎをしていれば良いか...。

テレビを持って行きたい人はもっと多くて、第2位になっていました。クラシック音楽を1日中流しているチャンネルがあるフランスのなら良いけれど、さもなかったら、私ならイライラしてしまうけどな...。普通に見れる環境にあっても、見たくないもの...。最近の日本のテレビは、どうなっているのか不思議になるほど、宣伝ばかり見せられると感じます。

釣りの道具を持って行くというのが上位に入っていたのは賢いな、と感心しました。私は全く思いついていなかった!


1冊の本を選ぶとしたら?

無人島に持って行くものを本に限定したアンケート調査もありました:
無人島に持っていくならこの一冊 結果発表!



第1位になった『ONE PIECE』というのは、私は存在さえ知らなかった漫画。海洋冒険コミックなのだそう。なるほどね...。無人島に持って行くにはもってこいですか。...と言われても、子どものときから漫画にはアレルギー症状があった私は、アドバイスに従うつもりはありませんが...。

第2位が聖書というのは良い選択ではないかと思いました。時間がたっぷりあるとき、何回も読み直して、色々と考えたら退屈しないでしょうから。

でも、不思議なのです。そういう意味で選ぶとしたら、仏教の偉人の書いた難解な本も良いのではないかと思ったのですが、そういうのが見えない。『歎異抄』とか、『正法眼蔵』とかは、日本人の原点を探るうえで、じっくり読む価値があるのではないですか? かろうじて、『般若心経』が86位に入っていました。

聖書が第2位になるほど日本にクリスチャンがいるとは思えません。仏教の教えよりキリスト教の方がとっつきやすいのかもしれない...。私自身もそう感じるので。

第3位は広辞苑。上位30位の中に辞書は4冊入っていました。みなさん、お勉強家なのですね...。

上位10位には、サバイバルや冒険のお話しの本が目立ちます。生き残りたい、というのが第一の関心事になると思うからなのでしょうかね...。


実は、私は昔、1冊だけ持って行く本を選んだことがありました。3カ月くらい幽閉されるような環境になるときに持っていく本を選んだのです。荷物になるから、本は1冊だけにしました。

フィリピンに住まわせてもらうことになったのですが、当時は治安が悪かったので、一人でウロウロしてはいけないと言われたので、長編小説を1冊持っていこうと思ったのでした。

当時の私は長編小説が好きで、ドストエフスキーなどは愛読書でした。

それで選んだのは、少し毛色を変えて、スタンダールの『パルムの僧院』。

精神分析がみごとな作家なので、じっくり読んだら面白いだろうと思ったのが理由。

当時の私はフランスなんて全く興味がなかったのに、大切な1冊を選んだ時にフランス人作家の本を選んだというのは不思議なご縁、という気がします...。

もちろん、読んだのは翻訳本。原題は『La Chartreuse de Parme』でしたが、当時の私はカルトジオ会と聞いても何の意味も持っていなかった...。

暑い国に行くので、衣服はがさばりませんでした。小さなスーツケースの中に、本が1冊。結局、そのくらいの荷物で生きられるのだ... と、妙に感心したのを覚えています。このあたりから、私の風来坊精神が形成されたのかもしれない!


無人島でどう行動するかも性格判断になる

無人島で検索していたら、無人島に行ったときにどういう行動をとるかで判断する性格テストがありました。
もし、無人島に漂着したら?無人島占い

さっそく私もテストしてみたら、愉快な結果が出てきました。

私は、「無人島を開拓して王様になるタイプ」なのですって。私しかいない島なのだから、王様になったって、それと同時に、唯一の平民でもあるわけですから、喜ぶには値しないですけど!

私の性格には、一人ぽっちでも平気で、どんな場所でも自分が住みやすいようにしていく強さがあるのだそう。それは言えているな...。文句を言っているよりは、何とか工夫して急場しのぎをする傾向があるし、物に対する執着はゼロですから。

「狭い日本でゴミゴミとしたところに住むくらいなら、ひょっとすると無人島暮らしのほうが性にあっているのかもしれませんね」なんて書いてありました。日本には無人島がたくさんあるのだから、移住してしまったら? などとまで書いてある!

無人島と言われたら、私は南国の小さな島を思い浮かべます。一人で住むのも悪くないかもしれないな...。

パラオの無人島

すでに住人はいたけれど、憧れてしまった小さな島について書いた日記:
ガルダ湖の孤島 2009/12/27


ところが、世界で最も大きな無人島は、カナダの北極海に浮かぶデヴォン島(Devon Island)で、九州の1.5倍もの大きさがあるのですって。

寒いのは嫌ですね...。それに、そんなに広かったら、誰も島にはいないのだと分かって諦めがつくまでに、相当な時間をかけて歩きまわってしまうではないですか?! そういう空しいことに時間は費やしたくない...。


無人島に何を持って行くかのしを書いたのは、音楽を聴くのが1曲だけと制限されたら何を選ぶかという問題を出されたら、私には躊躇せずに答えられる曲があるな、と思ったからでした。

続き:  音楽を1曲しか聞いてはいけないと言われたら、迷わず選ぶ曲


 

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★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組
チョコレートとオレンジの関係 2017/08/24


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カテゴリー: 文学、映画 | Comment (2) | Top
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2014/10/21
前回の日記「フランスの声楽家」に書いたテレビで見たコンサートに、ナタリー・デセイ(Natalie Dessay)が出ていたはずなのに番組を途中から見たために聞きそこなっていた私。


次に見たクラシック音楽番組は、たまたま彼女が演じていたオペラだったので見ることにしました。

見たことがなかった思われるオペラでした。


オペラ・コミック『連隊の娘』

ドニゼッティのオペラです。

イタリアの作曲家なのですが、題名は『La Fille du régiment連隊の娘)』とフランス語になっていて、歌っているのもフランス語。

外国人歌手もいるからフランス語をうまく発音できないという配慮なのか、フランス語の字幕がついている。こういうのは、フランス語が母国語ではない私には非常に助かります。

主人公のマリーを演じるナタリー・デセイはフランス人で、他にもフランスの歌手がいましたが、明らかにフランス人でない人たちも、申し分ないほどお上手にフランス語を発音していました。でも、字幕もあるは非常に鑑賞しやすい♪


テレビで見たのはニューヨークで上演されたオペラだったので、下の動画と同じときのものだと思います。


Natalie Dessay - La Fille Du Regiment

Metropolitan Opera, New York April 26, 2008
Marie - Natalie Dessay
Tonio - Juan Diego Flórez
Sulpice Pingot - Alessandro Corbelli
La Marquise de Berkenfield - Felicity Palmer
Hortensius - Donals Maxwell
La Duchesse de Crackentorp - Marian Seldes


ナタリー・デセイの演技力がすごい!
歌手をやめて俳優になっても十分に通用するでしょうね。

俳優になった私の友達に、どこか似ていると思いました。こういうおどけた役をするのが得意なのです。でもナタリー・デセイの演技力には足元にも及ばない。その友達が声楽のレッスンを受け始めたというときにベルリオーズの歌曲を歌ってくれたのですが、あれは酷かった...。


テレビで見たオペラは2008年に上演されたものでした。ナタリー・デセイ声帯の外科手術を受けたあとですが、申し分なく歌い上げていました。

クラシック音楽通の友達によると、ドニゼッティのオペラは歌うのが非常に難しいのだそう。 確かに、モーツアルトのナイチンゲールのアリアを思わせるものもありました。


ドニゼッティという作曲家の名前はよく知っていて、何か有名な曲があったけど、あれは何だったか?... と思いながらオペラを見始めました。このオペラの中にもよく知られている旋律が出てきました。


マリーのお相手のトニオを演じたペルー出身のテノール歌手Juan Diego Florez(ファン・ディエゴ・フローレス) も見事に歌っていました。


Juan Diego Florez - La Fille du Regiment - Ah mes amis

この曲をパバロッティが歌ったらどうなるかを聞いてみたら、やはり声量が桁外れにすごい! 比べてはいけないのでしょうね...。
Pavarotti's Legendary High C 's


最近のオペラの演出は嫌いなのだけれど...

知人のドイツ文学者によると、オペラが現代風のシンプルな舞台装置になってきているのはヨーロッパ全土の傾向なのだそう。ところが、アメリカではオペラはこういうものだという意識があるので、昔風にやっているのと教えられました。彼がよく行くウィーンでも、オペラが本当に好きな人はアメリカに見に行ってしまうのだとか。

今回見た『連隊の娘』もナポレオン1世時代の話しのはずなのに、登場するフランス人兵士が第一次世界大戦の兵士姿で登場するのが気に入らない。

でも、それなりに舞台装置や演出には工夫があって、最近嫌いになっている超現代風のオペラ演出ではないので気になりません。衣装にはお金をかけている感じがするし、19世紀風の服装の彩もきれいにできていました。やはり、アメリカはお金をかけられるから違うのかな?...

最後の場面で戦車が登場してしまったのには驚いたけれど...。


Dessay, Flórez, Corbelli & others - La Fille du Régiment: Final Scene - LIVE in HD Met 2008


ところで、ナタリー・デセイは昨年にオペラ界を引退したそうですが、歌い続けてはいるようで、この4月には日本でもコンサートをしたようでした。


オペラ・コミックとは?

楽しい演出のオペラでした。

歌わないで話す部分は、原作から離れたことをしゃべっていたのだそうです。英語を入れてしまったりして、会場を笑わせていました。オリンピック、ボブスレーとかが出てきたのは、モナコのアルベール2世をちゃかしていたのかな?...

Opéra-comique(オペラ・コミック)なので笑う場面があって当然と思いながら見ていたのですが、終わってから、ふと思いました。オペラ・コミックって、本当にコミカルなオペラという意味なのだろうか? ビゼーの『カルメン』は悲劇ですが、あれもオペラコミックですよね?

確認したら、レチタティーヴォではなくて、普通にしゃべる台詞があるオペラをオペラ・コミックと呼ぶそうなのでした。

内部リンク:
オペラを見に行かなくなった理由 2005/07/30
パリの聴衆が怒ったオペラの演出 2006/01/31
★ 目次: クラシック音楽

外部リンク:
☆ オペラストーリーA4版: 歌劇「連隊の娘」
☆ Wikipedia: 連隊の娘
オペラ対訳プロジェクト: ドニゼッティ 《連隊の娘》 対訳完成
「Natalie Dessay」と「La Fille du Regiment」をキーワードにしてYouTubeの動画を検索
Natlaie Dessay - Lesson Scene - La Fille du Regiment
Counting Juan Diego Flórez’s High C’s in ‘La Fille du Régiment’ at the Met 2008/04/23
☆ Wikipédia: Le Metropolitan Opera en direct et en HD
☆ YouTube: La Fille du Régiment LIVE in HD Met 2008
☆ フランスオペラの楽しみ: ナタリー・デセイ
☆ フランスオペラの楽しみ: フランス語のイタリアオペラ
☆ コトバンク: オペラ・コミック とは
オペラに関する用語集


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2014/10/19
テレビは余り見ないのですが、夕食の後などに何となく見たくときもあります。でも、テレビをつけると、つまらなそうな番組ばかり。そんなときに便利なのがクラシック音楽専門チャンネルです。

そういうチャンネルは、私のテレビでは3つキャッチできます。

Mezzoという昔からあるチャンネルは私が好きではないジャズも流すのですが、2007年に開設されたBrava hdはクラシック音楽のみを扱っています。しかも、ハイヴィジョンで、おしゃべりやコマーシャルも全くなしに音楽だけ。 ただし、演奏中の曲の情報はインターネットで見ないと分からないのが難点。それと、間を置くこともなく次々に演奏が切り替わるので、息をつく暇もない。

日本にいるときも見れるクラシック音楽専門チャンネルがないのかなと思ったら、クラシカ・ジャパン を見つけて喜びました。知らなかったな... と思ったら無料で見れるキャンペーン中だったのでした。でも、著作権確保の問題があるのか、フランスのチャンネルに比べると内容が貧弱だと思ってしまいました。

フランスのチャンネルは、歴史に残るような名演奏がいくらでも見れてしまうのです。そのためにホームシネマを設置してしまいました。フランスは東京ほどには有名な演奏家や歌手が出演するコンサートがないので、テレビで見るのが一番ださえと思ってしまいます。


テレビで聞いた好きなフランスの歌手

少し前になりますが、パリで行われたチャリティーコンサートがテレビに映し出されていました。クラシック音楽が好きなのですが、オーケストラの演奏を聞くことが多いので、歌手についてはあまり知りません。

もともと名前をしっかり覚えない私なので、この日に聞いた素晴らしいフランスの歌手の名前の綴りをメモしました。ついでに、彼らが変わった演奏会場で歌っている動画も入れておきます。


 Sandrine Piau  サンドリーヌ・ピオー / ソプラノ

ボーヌのフェスティバル(練習中の風景も入っていま):

YouTube: Vivaldi: Motets and concertos with Sandrine Piau | Heloise Gaillard


Philippe Jaroussky  フィリップ・ジャルスキー /カウンターテナー

この人の声はすごいと思う。

映画『カストラート(Farinelli)』のファリネッリでカウンターテナーの声が好きになり、その後でフィリップ・ジャルスキーを発見したように思いますが、何がきっかけだったかの記憶は定かではありません。

ヴェルサイユ宮殿でのコンサート(1999年):

Philippe Jaroussky " The most beautiful baroque Arias"


番組は途中から見たので、すぐに終わってしまいました。なかなか楽しチャリティーコンサートで、最後は出演した歌手たちが観客席に下りて、聴衆と一緒に合唱。

やはり、コンサートはパリまで行かないと価値があるものはないな... パリに住んでいると、やはり良いな... などと思っていると、ナタリー・デセイ) の姿が見える。彼女も出演していたの?!

 Natalie Dessay  ナタリー・デセイ /ソプラノ

彼女が歌うのを聞けなかったのを残念に思った後、チャンネルを切り替えたかどうかは忘れましたが、偶然にも彼女が主役を演じるオペラが始まるところでした。

続く

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2014/05/10

シリーズ記事目次 【屋根裏部屋にあった彫刻の解読】 目次へ
その7

友人が遺産相続した家を掃除していたら、屋根裏部屋で古めかしそうな彫刻があったというので、それを見に行ったことをブログに書いていました。

1年たってコメントが入ってきた日、偶然にもその友人が訪ねてました。彫刻をプロの鑑定士に見てもらったと聞いていたので、どんな意味を持っていると判定されたのかを聞いてみました。

この彫刻は何を現しているのかと、私が勝手に解釈してみたときの日記:
屋根裏部屋にあった古めかしい彫刻の解読を試みる 2013/06/12

屋根裏部屋の石壁にはめ込まれていて、ずっと無視されてきていたらしい彫刻は、これです ↓



この彫刻に書いた記事に入れてくださったコメントで学んだキリスト教関係の美術品の寓意を読み取るポイントが面白くて、ここのところキリスト教と植物の関係について書いてきたのですが、本題の、この彫刻は何を意味するのか、に戻ります。

友人が鑑定を依頼した人は仕事の関係の知り合いで、財産に関する保険の査定額も出している人なので、鑑定結果は信頼できるのだとのことでした。

その道のプロが、この彫刻をどう解釈したのか?...


同じような場面を描いた作品がたくさんある!

鑑定士が「この場面だ」と言ったフランス語をキーワードにして画像検索にかけてみたら、屋根裏部屋の彫刻と共通点がある構図の美術作品がたくさん出てきました!

Bernt Notke Gregorsmesse Arhus.jpg 
バーント・ノトケ(1435-1509)

Gregorsmesse lorenzkirche

Huanitzin.jpg 
1539年、メキシコ

Messe des hl Papstes Gregor Bode-Museum.jpg 
1480年

画像検索の結果で出てきたものの全てには、共通するるところがあります。キリストと、祈りをささげている僧侶の姿が、必ず入っている!


屋根裏部屋の彫刻を改めて眺める

屋根裏部屋にあった彫刻を取り外して自宅に運び込んだという友人は、鑑定士が「○○の場面だ」と判断したとしか言わないので、どこからそう判断したのかを考えました。

屋根裏部屋で見つかった彫刻を見てみましょう。

まず、キリストだろう、と私でさえも想像できた人物がいます。



手を交差しているので、十字架にかけられた後なのだろうと想像しました。 右手には傷の跡らしきシミが見えます。


その頭上に、冠らしきものを持った人がいます。



コメントを入れてくださったaostaさんのコメントは、これは石棺から立ち上がる姿で描かれるキリストの復活の様子で、天使が茨の冠をとりはずしている場面ではないか、と解釈なさっていました。

鑑定士の判断もその通りで、復活したキリストであることが重要な意味を持っていたのでした!


しかし、鑑定士が何の場面なのかを決めたのは、その下の部分のようです。

キリストが入っているのは石棺だとして、その下に、上に向かって手を差し伸べている人がいます。 何か丸いものを持っている。



ここからは、鑑定士の判断を聞いてから見えてきたことを書きます。

中央には、男性が持っている丸いものは、ホスチア(聖体)でしょう。 聖体パンにしては大き過ぎるので奇妙ですが...。

その左手にある、百合を象徴するモチーフが刻まれている四角い部分の上にあるのは、これまた不釣り合いに大きいですが、聖杯に見えてきました。

そうなると、これは僧侶か司祭がミサを挙げている場面に見えます。
その上に復活したキリストがいる、という構図になります。

ここまで分析する前に、キリスト教にお詳しい方は何の場面だと直感がひらめきますか?

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2014/05/03

シリーズ記事目次 【屋根裏部屋にあった彫刻の解読】 目次へ
その2


友人が遺産相続した父親の家があり、とりあえずガラクタを捨てて掃除をしていたら、屋根裏部屋の壁に古めかしそうな彫刻が埋められていました。



この彫刻が何を意味するかを私が勝手に想像して日記にしていました。それから一年近くたった今、キリスト教文化にお詳しいaostaさんがコメントを入れてくださり、色々と知らなかったことを学んだのでメモしておくことにしました。

その記事はこちらです:
屋根裏部屋にあった古めかしい彫刻の解読を試みる 2013/06/12


4つの花弁のモチーフの意味は?

この彫刻が何であるかを解読してみようとしたとき、4つの花弁を持つ花のように見えるものが気になっていました。 手を前に組んだ人の下にある模様です。

これは、世界遺産に登録されているヴェズレー村にあるサント・マドレーヌ大聖堂の壁面にあったデザインと同じように見えます。


ヴェズレー大聖堂: 素晴らしいロマネスクの柱頭彫刻 2013/06/24

ヴェズレーの大聖堂は12世紀に建築されたロマネスク様式。この時代に使われていたということは、何か意味を持っていたはずではないですか?

さらに、良く似た構図の絵が見つかりました。15世紀のフレスコ画で、天使に支えられたキリストです。

Andrea del castagno, Christ in the Sepulchre with Two Angels by Andrea del Castagno 01
Andrea del Castagno - Christ au sépulcre avec deux anges, 1447 - Fresque Florence

屋根裏部屋で見つかった彫刻には両側から支える天使はいないものと酷似しています。フレスコ画では、下にある四角いものが墓として描かれています。しかも、花びらマークが3つあるのも同じ。

フレスコ画の方は、花弁の中央にある部分(柱頭?)が人の顔に見えるし、左右の花弁は丸くないので不思議です...。

これについて、コメントをくださったaostaさんが謎を解読してくださいました!
仏語でも把握しておかないとフランスで観光するときには役に立たないので、それも入れて理解したことをまとめてみます。

キリスト教では、天使には9つの階級がある

archange: 大天使、9階層の天使のうち第8階級の天使。
カトリックの3大天使: 「受胎告知」の画面に現れるガブリエル(Gabriel)、ミカエル(Michel)、ラファエル(Raphaël)

9階級のうち、最上級の天使は、セラフィム(でSéraphin)。熾天使(してんし)とも呼ばれる。
セラフィムは3対6枚の翼を持ち、2枚の翼で頭を、2枚で体を隠す姿で描かれるのだそうです。このような姿ではないでしょうか?

Seraphim - Petites Heures de Jean de Berry
Seraphim - Petites Heures de Jean de Berry

aostaさんの解説によれば、セラフィムは絵画作品では顔から直接羽が生えているような造形で描かれることが多いので、場合によっては羽が花びらのように見えることもあるかもしれないとのこと。

上に入れたフレスコ画で、キリストの墓に描かれた4枚の花弁にしては奇妙なデザインは、セラフィムと説明されれば納得できます。

さらに、セラフィムが持つ6枚の翼は、上と下を閉じればを4枚の花弁で描くことができると見えてきました。 

Giotto - Legend of St Francis - -19- - Stigmatization of St Francis.jpg
『聖痕を受ける聖フランチェスコ』 (フレスコ画; ジョット・ディ・ボンドーネ作)

StFrGiottoLouvre.jpg
François d'Assise recevant les stigmates par Giotto


4つの花弁がある花のモチーフが3つ並んでいる意味は?

aostaさんは、キリスト教における「3」という数字の意味を指摘されました。

「3」という数字は、三位一体に通じる数であり、天を象徴するもの、そしてキリスト教で最高の徳とされている「信仰・希望・愛」を示す数でもあることから神聖な数字とされている。

屋根裏部屋の彫刻でも、フレスコ画の墓でも、3つのモチーフが描かれているのは、そのためではないかという分析です。こちらも納得!

さらに、「天」を象徴する3に、地を象徴する「4」を加えた「7」も完全数といわれるのだそう。


スミレでたとえる意味は?

屋根裏部屋にあったキリストの墓と思われるものに入っていたのは、花びらが4枚のモチーフです。

ロマネスク教会の基本的なモチーフを紹介するフランスのサイトに入っていたデザインにそっくりで、そのモチーフをスミレの花(Les violettes)と呼んでいました。

Violetteフランス語でスミレに相当する単語は、violetteとpenséeがあります。その見分け方は、次のことなのだそう。
  • violette(ヴィオレット): 2枚の花弁が立っており、3枚の花弁が下を向いている。
  • pensée(パンセ): 4枚の花弁が立っており、他より大きな5枚目は頭をもたげている。


いずれにしても、スミレというのは花弁が5枚です。花びらが4枚のモチーフをなぜスミレと呼ぶのか?...  もっとも、その呼び方は他には見つからなかったので、このサイトが使っている名称が正しいのかどうかはわかりません。

aostaさんは、薔薇の花は聖母の純潔やキリストの受難を意味する花であることを教えてくださり、次のページをリンクしてくださいました:
「モンテフェルトロ祭壇画」 (1) 卵をめぐるあれこれ

ここで私は、4枚の花弁のモチーフから、キリスト教と薔薇の関係に興味を持ちました。百合の花が重要な意味を持つのは知っていましたが、バラは気にしたことがなかったのです。

キリスト教とバラの関係を調べてみたら、発見をしたり、また新たな疑問がわいてきました。それについては長くなるので、次回で書きます。

ブログ内リンク
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外部リンク:
☆ Wikipédia: Angélologie
☆ Wikipédia: Archange
Glossaire 8 : Les frises dans l’art roman (3)


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