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2016/05/31
明日から6月というのに寒いです。最高気温が15度などというのは耐え難い...。でも、小鳥たちは、伴侶を求めて声を張り上げて鳴いています。庭の植物も、ちゃんと花を咲かせている。今年は天気が悪すぎる、なんて文句を言うのは人間だけかな?...



テレビでは、大雨による床上浸水の被害状況を報道しています。消防隊がポンプで水を吸い出す作業をするのですが、地下水の水位があがってしまって水を捨てる場所がないので排水作業を中止した地域もあったとか。

私がいるところは、どう間違っても床上浸水などにはならない場所なので幸いです。家の中に泥水が入ったのを掃除するなんて、したくない...。

早春の森や野原に咲く花々を見るのが大好きなのですが、それをしたのは4月初旬が最後。雨ばかり降っているので出かける気にならないのです。たまに晴れたときに「明日は森に行こう」と思うと、その翌日には雨が降って中止。こんな年って、今までに経験したことはなかった...。

それでも、少しは旅行した時に見た花々があるのでメモしておきます。


黄水仙
2016/04/04撮影 コート・ドール県(ブルゴーニュ地方)



Jonquilleとして親しまれている花です。

黄色の濃淡が繊細で、花屋さんで売っているラッパスイセンより遥かに(!)美しいと思います。背の高さは20~40センチくらいなので派手さはないかも知れませんけれど。



Wikipediaのフランス語ページで「Narcissus pseudonarcissus」に入っていた画像です。これが学名のようなのですが、日本情報では全く違う花が入っています。ヨーロッパで自生する植物なのでしょうね。

これはたくさん咲いている花なので珍しくはありません。荒らされてしまうのを懸念する村では、「摘むのは一人1束にしてください」などと書いているのを見たことがありますが、自生する地域では花畑が広がっていて、道路にまで張り出してきてしまっているほど咲いています。

フランス人が森で花を摘むといったら、この黄色い水仙とスズラン。私も毎年摘みに行くのですが、今年は咲きだすのが遅くて、その後は雨ばかり降っていたので、1度もスズラン摘みに出かけませんでした。



森のヒヤシンスイングリッシュ・ブルーベル)と野生のラン
2016/05/01撮影 モルヴァン地域(ブルゴーニュ地方)

今年の春に出会って一番嬉しかった花は、この青い花です。



フランスでは「Jacinthe des bois(森のヒヤシンス)」あるいは「Jacinthe sauvage(野生ヒヤシンス)」と呼ぶ植物。日本では英語名に従って「イングリッシュ・ブルーベル」と呼ばれています。学名はHyacinthoides non-scripta。

私の近所では土壌が合わないらしくて見かけないのですが、ブルゴーニュもモルヴァン地方では群生してえいたのでした。道路沿いに、幾らでも咲いていました。

こんな可憐な野草があるのかと驚いたときのことはブログに書いていました:
パリ近郊の森で見つけた「森のヒヤシンス(ブルーベル)」 2009/05/04

普通は、この青い花だけで地面がおおわれるのですが、道路沿いにランの花と一緒に咲いている場所がありした。色どりがあると美しい。



ランの方は、orchis mâle (学名: Orchis mascula)だろうと思います。これはよく見かける品種ですが、ピンクの色が鮮やか。





春に咲くクロッカス
2016/033/30撮影 ドゥー県(フランシュ・コンテ地方)

標高1,000mくらいの山の上にある山小屋風のホテルに泊まったときのこと。天体観測所もある場所なので見晴らしの良い風景が広がっていることを期待して行ったのですが、下界が全く見えないので自分が高地にいるとは全く感じられない。3月末というのに根雪が残っていたので、高い場所にあるのだろうなと想像する程度。

でも、やたらに生温かい空気が漂っていて奇妙な気候なのでした。翌日のニュースで知ったのですが、この日はサハラ砂漠から熱風が吹いていたとのこと。

まだ冬景色しかなかったのですが、庭を散歩したらクロッカスが咲いていました。お花など植えて美しくしている感じのホテルではないので、自然に生えたクロッカスだろうと思います。



白いのと、むらさき色のと、その中間のような花が咲いていました。





これは、Crocus vernusと呼ぶクロッカスではないかと思います。開花時期は2月から5月となっています。


フランスでは、秋に野生のクロッカスのような花をよく見かけます。牧場に「Rosé des prés(ハラタケ)」と呼ぶキノコが生える時期、キノコに交じって咲いているのです。

秋に咲くのは「Colchique d'automne(イヌサフラン)」で、クロッカスではないのですよね。
こういう花です ↓

Description de cette image, également commentée ci-après



フキノトウに見えた花
2016/03/31撮影 ジュラ山脈地域(フランシュ・コンテ地方)

車を走らせていて、「わぁ~、フキノトウがたくさんある!」と叫びました。



駐車スペースがあったので車を止めて観察。



去年の春先、私は長野県でフキノトウ摘みをしたので見分けられるはず。でも、なんだか違うのですよね...。



摘んで匂いを嗅いでみると、フキノトウの香りどころか、何にも匂わない。やはり違うのだろうと結論しました。

以前にもフキノトウではないかと思う植物に出会ってブログに書いていたので、少し調べて書き直しました:
フランスで山菜を探す 【2. これはフキでしょうか?】 2006/07/05



サクラソウ
2016/03/31撮影 ドゥー県(フランシュ・コンテ地方)

花屋さんで売っているサクラソウに似た花が自生しているのは見ていたのですが、やたらに立派なので写真を撮りました。



フランス語名: Primevère élevée、coucou des bois
学名: Primula eliator
日本語名: セイタカセイヨウサクラソウ(?)

「森のククー」という愛称がついていました。ククー(coucou)と呼ばれる雑草は、余りにもありふれているので写真を撮ったこともなかったかもしれない。

Coucou(学名: Primula veris)とは、下の花で、全く違います。



この2つの品種は、どちらも花と葉を食べられるのだそう。



ありふれた花だけれど
2016/05/01撮影 モルヴァン地域(ブルゴーニュ地方)

よく見かける花なのですが、名前を調べたことがないので写真を撮っておきました。でも焦点が全くあっていなかった...。





見たことがなかった動物
2016/04/01撮影 ドゥー県(フランシュ・コンテ地方)

車に乗せてもらっているときには、何か珍しい植物が道端に生えていないかと眺めているのですが、こんな動物が3頭いるのが見えました。



鹿ではないというのは私にも分かる。白い部分に特徴があるので見分けがつく動物なのですが、何なのかを見つけ出すことはできませんでした。

森が広がる地域なので野生動物かとも思うのですが、もしかしたら飼育されているのかもしれない。



数日前からナイチンゲールだと見極めた鳥の声が今夜も聞こえます。昼間にも、それらしき鳴き声が聞こえるのですが、他の鳥の声と混じってしまっているので判別できません。ナイチンゲールだと分かるのは夜。鳥は時計を持っているわけではないので、夜の何時から鳴き始めるかは不定期。午後11時か、11時半からだ、と受け取りました。

本当に賑やかなさえずりです。ノンストップで鳴いています。いつまで鳴き続けているのか徹夜しては確かめていませんが、明け方に起きたときも鳴いていました。

近所の人に話したら、聞いていないと言われました。昔にはナイチンゲールがたくさんいたのかもしれませんが、今のフランスではとても珍しいのです。日本の田舎でウグイスの鳴き声を聞くのに比べたら、比較にならないほどの希少価値があります。

フランスにいるのはRossignol philomèle(学名: Luscinia megarhynchos)という品種のようです。rossignol(ロシニョル)の中に何種類かいるわけですが、philomèleというのは「音楽好き」のこと。上手に歌わないのがいるというわけでもないのでしょうけど。

Philomèleは、ギリシャ神話に登場するフィロメラでもあります。


Le concert du rossignol philomèle

渡り鳥で、9月にはアフリカに旅発つとのこと。夜に鳴いているのはナイチンゲールのオスで、伴侶を見つけたら鳴かなくなるのだと教えられました。まだお相手を見つけていないわけですか...。さえずりが聞こえなくなったら寂しいけど、彼のために喜んであげようと覚悟しておかないといけない...。

いま、ナイチンゲールの鳴き声をよく聞こうと思って庭に出てみたら、空には星がたくさん見えました。明日は青空が広がると嬉しいな...。週末には友人たちとワイン買い付けの小旅行をする予定なので、お天気が好転して欲しい...。




追記:

コメントで教えていただきました。
フランスにいるナイチンゲールRossignol philomèle(学名: Luscinia megarhynchos)の和名はサヨナキドリ(小夜啼鳥)でした。

セレナードが「小夜曲」なので、そんな風なロマンチックな鳴き方をすると思ってしまいそうな名前...。初めてナイチンゲールの声を聞いたときは、かなり近くにいたらしくて、熟睡していたのに目を覚ましてしまったくらいケタタマシイ鳴き声でした:
お城に到着 2008/05/22

ナイチンゲールの鳴き方を音楽にすることに挑戦した作曲家は何人もいますが、私が最もこれだと思うのは、モーツァルトの歌劇『魔笛』にある「夜の女王のアリア」で、声量のあるソプラノが歌い上げてくれる時です。夜中に目を覚ましたときに聞こえた鳥がナイチンゲールではないかと思ったのも、この曲のように聞こえたからだったと思います。

このアリアを、私が好きなナタリー・デセイ(Natalie Dessay)が歌っている動画を入れます。


Natalie dessay - la flute enchantée, l'air de la reine de la nuit

ブログ内リンク:
★ 目次: 森や野原に咲く春を告げる花々
★ 目次: フランスの田園に咲く野生のラン
オペラ・コミック『連隊の娘』をテレビで見る 2014/10/21
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

外部リンク:
☆ YouTube: APPRENDRE LES CHANTS D'OISEAUX
☆ YouTube: RECONNAITRE LES CHANTS D'OISEAUX
ヨーロッパ鳥類図譜
第三章 ナイチンゲール(夜鳴きうぐいす)


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カテゴリー: 植物 | Comment (19) | Top
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2016/05/30
旅行の帰り道、レストランで昼食をとることにしました。でも、疲れているので食欲もない。それでご馳走を食べるようなレストランは避ける。ともかく寒い。レストランの中に大きな暖炉があって、そこでステーキを焼いた料理が食べたい、ということになりました。

そんなレストランは見つからない。でも、とても面白いところで食事することになりました。


明るい時代だったフランスの雰囲気を感じさせるレストラン

入ってみてびっくり。だだっ広いにも驚いたのですが、昔のフランスにはよくあったような、気取らないカフェ・レストランかビストロのような内装なのです。

お給仕の女性は何回も来ている人に応対するように愛想よく迎えてくれて、どこのテーブルでも座って良いと言いました。お客さんたちは常連さんばかりなのか、お給仕の人たちとの会話が和気あいあいとしていて、こういうアットホームな雰囲気のレストランはめったにないなと思いました。

ここでは美味しい料理を食べられるのではないかという予感。



少し離れたところに置いてあった黒板に書いてある料理を私が眺めに行ったら、そばの席にいた男性が、もう自分たちには必要ないからと言って、黒板を動かして私たちの席に持ってきてくれました。

レストランにいる人たちは、ひと昔前のフランスを演じているみたい。お給仕の人と冗談を飛ばしあっているし、入ってくる人たちはこちらが知り合いであるかのように笑顔で挨拶してくるのです。

ずいぶん前にパリに行ったとき、この感じのレストランに連れて行ってもらったことがあったのを思い出しました。今ではもうほとんどなくなっているスタイルなのだ、とパリ観光の1つとして案内してくれたのです。お給仕の人は、さすがプロという感じで気がきいたジョークを連発する。お客も負けずに冗談を返す、という陽気な雰囲気。伝統的なフランス料理があって、その時に私が食べたのは野ウサギの赤ワイン煮。でも、しばらくしたら、なくなってしまっていました。


ここのレストランは、1930年代スタイルと呼ばれる内装なのだそう。年配のフランス人には懐かしい雰囲気のようです。このテーブルが、以前にシャンソンを読み込んでみたときに出てきていたフォルミカと呼ばれる合板製。

椅子も、昔のカフェで使われていたというもの(こういうイスです)。昔の田舎のカフェでは、瓶にロウソクを入れて燃やし、その熱を利用して椅子の下側から貼り付け、村に新しく住むようになった人に座らせて、アッチッチと飛び上がらせる悪戯をやったのだと聞いていました。今の椅子では、そういう悪ふざけはできません!

今のフランスはデモやストが多くて、みんな文句ばかり言っている感じなのですが、高度成長期の時代には、みんな世の中は良くなると信じていて、陽気だったのだろうな...。


最近の傾向に合わせて、手作りと無農薬の食べ物を提供するというコンセプト

とった料理の一つは、ブルゴーニュの郷土料理のOeufs en meurette(ウッフ・アン・ムーレット)という前菜。赤ワインのポーチドエッグ。シンプルなのですが、作るのはちょっと難しいのです。



お給仕の人が、この日にある料理の説明をしてくれたとき、私たちはブルゴーニュの人だとは思わなかったらしくて、「ウッフ・アン・ムーレットというのは...」と説明しだしたので、友達が「知っている。自分も作るから」と言葉をさえぎってました。

私たちが食べ始めたときに通りかかったお給仕の人が「あなたがお作りになるのに比べて、美味しいですか?」と聞いてくる。友達は、自分が作るのに比べると... と間を持たせて、「こっちの方が美味しい♪」なんて答えていました。

温かいスープ代わりになって体が温まったせいか、いつも食べるのより遥かに美味しいと私も感じました。やはり冬の料理なのだろうな...。ブルゴーニュの郷土料理は冬向きの料理が多いです。


ところで、少し前のフランスでは、レストランができたものを仕入れて加熱するだけという所が増えたことが問題になっていたのですが、ここでは全て手作りの料理だというのを売り物にしているようでした。

それから、BIO(無農薬)の食品も、できる限り使っている様子。

安心して食べられて、美味しくて、しかもリーズナブルプライスだったら、お客さんは来るでしょうね。最近のフランスは不況なので、こんなに良い料理を出すのになぜ客が少ししか入っていないのだろう、と不思議になる店にたくさん出会います。でも、ここは人口が少ない田舎とはいえ、大盛況のようでした。


ちょっとした工夫

一緒に食事していた仲間が、トイレが面白いというので見学に行きました。

レストランを出たところは、昔は中庭だったのかな。井戸があって、そこにストックしている根野菜が入っていました。



黄色い矢印を入れたものが面白い。

バゲットを入れるための道具なのですが、こんなことが書いてあるのです。



メンドリちゃんのための固くなったパン...。


書きながらインターネットで調べたら、このレストランの建物は1650年に建てられたと書いてありました。

ここにあったレストランが数年前に閉店したとき、有志の仲間3人で始めたとのこと。なかなか積極的に活動しているようす。広い部屋を使ってコンサートや演劇の会場に使ったり、映画会や展示会を開いているそうです。地元の生産物の販売もしていました。人口1,500人くらいの村で、それだけ文化活動ができれば良いですね。



もう1つ、レストランの中で面白いものを見つけました。

グルメバッグというものが登場していた



グルメバッグをどうぞ、と書いてあるのです。



食べ残したものを持ち帰れるようにしてくれるらしい。

パリあたりでは、残り物をペットで飼っている犬のために持ち帰るというのを「ドギーバッグ(doggy bag)」と言って、やる人が出てきたいると聞いていたのですが、それをしている人をフランスで見たことがありませんでした。

フランスでは、残り物を持ち帰るのは卑しいと受け取られるらしくて、それをやるのはかなり抵抗があるのです。ドギーバッグをする人は、裕福層で、ちょっと気取っていて、「アメリカでは、これがファッションなのよ」と言えるような人でないとやらないのだろうな、と思っていました。

ドギーバッグは、本来は犬に食べさせるために持って帰るというもの。

でも、このグルメバッグ(Gourmet bag)は、美味しかったのだから、食べ残したものを家で食べきるというために持ち帰るもののようなのです。

フランス政府も最近は食べ物を無駄に捨てるのを止めようというキャンパーんをしていますので、そういう中でグルメバッグが登場したようです。

グルメバッグはドギーバッグのフランス版と言っていますけれど、命名はフランスの方が良いですね。

フランスでどのくらい定着するのかな? 

グルメバッグをやるのは庶民的なレストランだけなのでしょうか?

3つ星レストランでやってくれたら、私は喜んで行きますけどね。ひところは3つ星レストランに色々行きたいと思った時期がありましたが、かなり苦しい思いをして食べても半分以上残すことになるので、もう行かないことにしました。


農水省が入れているグルメバッグ普及のための動画のようです:


Gaspillage alimentaire : le gourmet bag

動画の最後の方にグルメバッグが出てくるのですが、こんな風に無造作に詰め込んだら、やはり「残飯」にしか見えないですよ~! 違う料理を詰め合わせるなら、仕切りがある容器を使わなきゃ。

フランス人は、日本人のように美しい盛り付けやパッケージができないのですよね。

日本の田舎で葬式などに行くと、食べ残しを持ち帰りにしてくれますが(手は付けずに持ち帰るためらしい弁当も並べてあったりもする)、家に帰って食べようとしても不味くて食べないことも多いですが、少なくとも見た目はきれいにできている。

子どもの頃、お寿司屋さんで食事した父親がお土産の折箱を持って帰宅する習慣があったのを思い出しました。

あれは残りものではなくて、店で注文して作らせていたのだろうと思いますが、寿司屋の包装紙で包んであって、見た目も良いし、寿司は格別に美味しいし、本当に嬉しいお土産でした。あの習慣は、日本でもほとんどなくなったみたいですね。

ブログ内リンク:
★ シリーズ記事目次: フランスの外食事情とホームメイド認証 2015/04/21
見た目がなんとも味気ない、フランスの使い捨て弁当箱 2013/08/21
★ レストランで飲み残したワインを持ち帰る: シャブリの町で昼食 2005/03/11
感動を与えてくれたルーマニア女性 2005/08/04 持ち帰り袋を作ってくれたウエートレス
★ 目次: フランスで食べる郷土料理、地方特産食品、外国料理
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
Les œufs en meurette de Bernard Loiseau
Gourmet bag, le doggy bag à la française
☆ Wikipedia: 残飯
Gaspillage au resto : le «Gourmet bag», un «doggy bag à la française» 26/05/ 2015
【気になる】サザエさんの波平さんでお馴染み!酔っぱらいのおみやげの正体!


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2016/05/28
メンバーになっている郷土史研究会では、別の地域で作っている同じようなサークルと交流会をすることがあります。自分の地域にある文化遺産の見学をオーガナイズして迎えるという企画。

参加した4月末のヴィジットは、オータン市に近い農村地域にある教会1つと、城を3つ見学するというスケジュール。ところが、雨が降って、非常に寒い日になってしまいました。


シャズー城にまつわる人々

村にあるロマネスク教会を見学した後、始めに見学する城はChâteau de Chazeu。個人の所有で、普通は入れないところなので、見学できることに期待しました。

15世紀には、ブルゴーニュの歴史の中では有名なブルゴーニュ公国の宰相ニコラ・ローラン(Nicolas Rolin)が、この城を手に入れていました。


ヤン・ファン・エイク『宰相ロランの聖母

拡大鏡で見るのにも耐えるほど精密に描かれた「最後の審判(ファン・デル・ウェイデンの絵画)」の祭壇画があり、ブルゴーニュ地方の観光スポットになっているオスピス・ド・ボーヌ(Hospices de Beaune)も、このニコラ・ローランが貧しい人々のために建てたものです。

でも、この日の見学のテーマは、それとは別の城主。

17世紀半ば、この城はロジェ・ド・ビュッシー=ラビュタン伯爵(Roger de Bussy-Rabutin)のものとなりました。彼がこの日のテーマ。

書簡作家として知られるセヴィニエ侯爵夫人(Madame de Sévigné)は伯爵の従妹だったので、彼女はこの城を訪れたことも書き残しています。

セヴィニエ公爵夫人の父親、シャンタル男爵は、聖フランシスコ・サレジオの弟子であり友であった聖ジャンヌ・ド・シャンタル(Jeanne de Chantal)の息子。それで、この日は、夫を亡くしたジャンヌ・ド・シャンタルが失意の生活をした義理の父親の城も訪問しました。


びしょぬれになって見学したシャズー城

地図で丸い森になっている部分がシャズー城。



森の中に少し城の建物が残っているだけで、完全な廃虚でした。



この日のヴィジットをオーガナイズして案内してくれたのは高齢の女性。雨も降っているし、寒いという最悪の天気。「こんな感じの城です」ということで外観を見るだけだろうと思って、傘も持たずに車を降りました。

ところが元気いっぱいの人で、どんどん藪の中にも入って行く。それで、私たちも後を追う!



残っている建物の外壁を見て、かなり広い城の跡地を歩けば、昔は立派な城だったのだろうとは分かりました。でも、もう少し形を残していて欲しかった。


城主だったロジェ・ド・ビュッシー・ラビュタン伯爵(1618~93年)は、軍隊で中将として活躍していました。ところが、ルイ14世(在位:1643~1715年)の反発をかってしまいます。宮廷に出向くことは許されず、彼の故郷であるブルゴーニュに留まって、人生最後の16年間を過ごすことになりました。

冬の間はビュッシー・ラビュタン城に住みましたが、気候が良い時期にはシャズー城に住むという生活だったようです。

ビュッシー・ラビュタン城の方は、現在でもかなり良い状態で残っています(下の写真)。

Château de Bussy-Rabutin


シャズー城はみごとに廃虚になっていましたが、もう2度とは来られないはず。隅々まで歩きました。



かなり広い敷地だったのに、全部まわってしまった!

その後は、私たちを受け入れてくれたサークルの事務所になっている昔の水車小屋でレクチャー。大きな暖炉2つで薪を燃してくださっていたのが嬉しかったです。



プレゼンを聞いている間に、雨に濡れたコートや靴を暖炉のそばに置いて乾かすことができました。

この後には、かなり美味しい食事ができたレストランで昼食。体があったまったと思ったのですが、まだ雨が降っている中、別の城2つの見学が待っていました。


ジャンヌ・ド・シャンタルの城

ジャンヌ・ド・シャンタル(Jeanne de Chantal 1572~1641年)は、28歳のときに夫Christophe de Rabutin de Chantalが狩猟の事故でなくなり、彼女は4人の子どもを連れて義理の父親の家に住むようになりました(1601年)。

その城が近くにあるので訪問しました。聖ジャンヌ・ド・シャンタル城(Château de Sainte Jeanne de Chantal)と呼ばれており、その家に住むご主人が私たちを迎えてくださいました。



ここに行けば通りから見えるので、眺めていたことはありました。でも敷地の中に入れてもらったのは初めて。

入り口の上にある彫刻が見事でした。サン・ミッシェルの首輪に飾られたラビュタン家の紋章です。




その義理の父親というのは性格が悪かった人のようで、ジャンヌ・ド・シャンタルはほとんど召使いのような生活をしたようなのですが、子どもたちの教育や、近所の貧しい人たちを助けることに専念したとのこと。

夫婦仲が良かったせいか、ジャンヌ・ド・シャンタルは再婚しないで済むことを願っていたそうです。この城で恵まれない生活をおくりながら、彼女は宗教の道を歩むようになったのかもしれません。

1604年、四旬節の説教をするためにディジョンに来たジュネーブ司教だったフランシスコ・サレジオ(François de Sales 1567–1622年)にジャンヌは出会います。ディジョンはジャンヌが生まれた町。
Jeanne de Chantal
Sainte Jeanne-Françoise Frémyot de Chantal
François de Sales
Saint François de Sales


この二人は、後に女子修道会の「聖母訪問会(Ordre de la Visitation)」を設立することになります(1610年)。

城の周りを歩いて、内部の見学は建物の横につくられたチャペルだけ。後世になって城の持ち主が作ったので、ジャンヌ・ド・シャンタルがここで祈りを捧げたということはない。文化財としての価値はないチャペルのようでした。




城の廃虚

もう1つ、雨の中で城の廃虚を見学しました。持ち主が公園のように整備して、説明パネルまで設置していましたが、なにしろ何も残っていない。


Château d'Alone-Toulongeon

城が始めに建てられたのは12世紀。17世紀までは改築をしたりしていたのですが、今は少し建物の一部が残っている程度。城があった土地は複数の所有者のものになっているので、城跡として全体の姿にすることができないのだとのこと。

堀のこちら側では、ガロ・ロマンの時代と思われる彫刻も出てくるのだそう。ユーモラスな顔の彫刻が気に入りました。




雨の中を歩き回ったので、やはり風邪をひいてしまった。防水加工のある冬のコートを着ていたので寒くはなかったのですが、足がビショビショになってしまったのです。車の中でソックスを3回変えたのですけれど、そんなくらいでは足りなかった...。




今年は本当に嫌な天気。

雨の中を歩き回って風邪をひいた日から、ずっと雨が降って寒い日が続いていました。ようやく風邪は治ったし、時々は日中に半袖でいられるような日もあるようになったのですが、今度は夏でもないのに雷がなって夕立のような雨が降ったりもします。

地域によっては、ひどい大雨と雹に見舞われていたようです。今日のニュースでは、ワイン産地のコニャックとシャブリが雹の被害を受けたと報道していました。


Les orages et la grêle détruisent les vignobles de Cognac et chablis - 28/5

お年寄りでも見たことがないような凄まじさだったのだそう。

我がブルゴーニュのシャブリでは、この2週間に雹が降ったのは2度目なのだそう。雹が雪のように積もってしまっている映像もありました:
☆ YouTube: Météo : la grêle a frappé l’Yonne pour la 2e fois en l’espace de 15 jours

今年のワインの出来は、地域によっては壊滅的なのかな?...

ブログ内リンク:
ビュッシー・ラビュタン城にある17世紀の風刺画 2013/06/01
聖フランシスコ・サレジオの子孫が住む城 2012/10/21
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)

外部リンク:
La vie de Sainte Jeanne de Chantal
Jeanne de Chantal est née à Dijon
Sur les pas de François de Sales et Jeanne de Chantal
Monthelon(saône-et-loire) - Le Pays d'Art et d'Histoire du Mont Beuvray
Château d'Alone-Toulongeon  Patrimoine du Morvan
Des orages de grêle ont endommagé les vignobles de cognac et de chablis 27/05/2016


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2016/05/24
土曜日に行った葬儀ミサでは、始まる前に皆が入り口でたむろしていたわけなのですが、誰かが言いました:
「今日はdiacreだから、ミサは早く終わるだろう」

本物の司祭がミサをあげるのではなくて、信者の中から選ばれた助祭さんがするので、お説教は長引かないだろうと言うのです。そういうものですかね。気にしたことがなかった。

最近のフランスは司祭さん不足。それで、葬儀のミサでは聖職者ではない人が司祭の代役をするケースが多くなっています。友達の中に、その助祭さん役をするようになった友達について書きながら、どうして結婚のミサをあげるのではなくて葬儀なんだと思ったのですが、この日は理由を見つけました。

フランスの正式な結婚式は役場があげてくれるものなので、教会で式をする人はそんなに多くはありません。赤ちゃんの洗礼も、敬虔な信者だけがするのではないかな。でも、お葬式となると、やはり教会でするのですよね...。つまり、司祭さんのお仕事としては、圧倒的に葬儀ミサが多いのだろうと思うのです。

この日の司祭さん役の人は、そんなにたくさんは聖書を読み上げたりはしませんでした。その代わりなのか、聖歌隊が歌う場面がとても多いと感じました。

本物の聖歌隊がいる教会というのは非常に少ないです。ここでも近郊に住む信者さんたちが聖歌隊を作っており、ほとんどは高齢の女性。年齢はどうでも良いのだけれど、ひどい音痴なのでした。しかも、高音になると声が出ない。高音が出ないなら、オクターブ下げるとかできたと思うのだけどな...。

また歌いだしちゃった、という感じで、音程が外れた歌を聞いているのはかなり辛かったです。

後で行った仲間と聖歌隊がひどかったという話題になったのですが、「結婚式のミサだったら笑っちゃうけど、葬式でそうするわけにはいかないからね」なんて言う人がいました。でも、助祭さんはちゃんと、まともに歌っていた、ということで意見は一致。彼はマイクを通して歌うために聖歌隊の声をかきけしてくれるので助かったのでした。

フランスの音楽家ジャン=フィリップ・ラモー(Jean-Philippe Rameau)は、司祭に音程が狂っていると叱った逸話があるのだ、と教えてもらいました。ラモーは宗教音楽も作曲しているのです。自分が美しい曲だと思うものを変に歌われたら、聞いているのが辛いなどというものではなくて怒るだろうな...。

調べてみたら、このフレーズをラモーは言ったそうです:
Que diable me chantez-vous là, Monsieur le Curé, vous avez la voix fausse !

ひどい歌を聞かせると言っているわけですが、怒りを表す言葉に悪魔(diable)を持ち出しているのでした。司祭さんに言ったらあんまりですよ。それで名言として残ったのかもしれない。

音痴の歌声を聞いたら、つい最近行った教会でも飛んでもない讃美歌を聞いたのを思い出しました。古代からの遺跡も残る古都オータンでのことです。


オータンのサン・ラザール大聖堂

5月になったというのに恐ろしく寒い日でした。それでも、近くまで来たのだからとオータンの町に立ち寄って教会を見学することにしました。もう何度も行ったことがあるのですが、見るべきものがたくさんある教会は行くたびに新しい発見があるので。




12世紀に建てられたロマネスク教会の珠玉。Cathédrale Saint-Lazare d'Autunです。


La Cathédrale Saint Lazare d'Autun [HD]


ミサを見学させていただこうと思ったのだけれど...

日曜日の昼前だったので、ちょうどミサが始まるところらしい。中に入ってみると、パイプオルガンの音が響き渡っていました。

さすがに司教座のある大聖堂。ミサは本格的なもののようです。信者は余り集まっていなかったのですが、赤い衣装を着た人たちが祭壇にいて、子どもたちが燭台を持って祭壇の方に歩いて行こうとしています。司祭も厳かに登場。



美しい教会であげる厳粛なミサは大好き。何の話しをしているのか分からないながらも、音の響きと演出に感動して涙がこみあげてきてしまうのです。

こんな立派な教会のミサなので、少し居座らせていただこうと思いました。

すると、突然...

マイクにスイッチが入った音が聞こえたら、一人の女性が大きな声で歌いだしました。讃美歌とは思えないようなリズミカルな歌なので驚きました。

教会に来る信者が少なくなっている昨今なので、親しみを持ってもらうためにギターで歌う司祭さんがいる、という話しを聞いたのを思い出しました。

それにしても、この歴史ある荘厳な教会とポップスのような歌は不釣り合いすぎる!

「イエスが約束どうりに復活したよ~♪」という感じの歌でした。クリスチャンとして復活は嬉しいでしょうけど、イエスは人間の罪を背負って苦しんで死んだのですから、どうしてそんなに、あっけらかんと喜んで歌えるのだろう、と不快になりました。

「ressuscité(復活した)」という言葉が何度も繰り返されるので、この「レシュシテ~♪♪♪」という声が耳についてたまらない。

少し歌ったら止めて、普通の厳かなミサになるだろうと待ってみたのですが、いっこうに歌は終わらない! 音痴とは言わないけれど、上手でもない歌がダンガン聞こえてくるのは耐え難いので、教会を出ました。


でも、しばらくは、あの「レシュシテ~」という声が耳に残ってしまった...。ちっとも美しいとは思わない曲が頭の中で聞こえるのは本当に不愉快...。

インターネットで探してみたら、このとき聞いた曲が見つかりました。


Criez de joie, Christ est ressuscité

流行っている歌なのでしょうか? 楽譜までありました:
Criez de joie, Christ est ressuscité !

はっきりとは分かりませんでしたが、Cissy Suijkerbuijkという名のオランダ人女性が10年くらい前に作曲したようです。

ボーイスカウトの合宿などで歌うなら楽しくて良いでしょうけれど、なんでこんなに由緒ある厳かな大聖堂の日曜礼拝ミサで歌うのか... と思ってしまいました。私は信者ではないので、何も言う権利はありませんけど...。


ロマネスク教会に行ったら、おみくじを引いてみる?

ロマネスク教会に魅せられています。特に、素朴な彫刻が好き。ブルゴーニュ地方の南部にはロマネスク教会がたくさんあるので、頻繁に見る機会があります。

聖書をちゃんと読んでいたら、描かれている画面が何を意味するのか分かって面白いでしょうに...。たまに解説を読んだり聞いたりすることがあるのですが、ちっともお話しを覚えていません。

特に柱の上の方に彫られている柱頭彫刻が好きです。この日に訪れたオータンの大聖堂では、ミサの邪魔をしないように歩き回ったりしなかったので、柱頭彫刻は1枚だけ写真をとっていました。

これです:



右側は翼があるので天使でしょうね。その人の衣を引っ張っている人がいます。

何度も行く教会では、いつも必ず見る彫刻もありますが、そのときに目につく彫刻もあります。何となく目が行った彫刻を1つ決めて、それが何を意味するかを調べたら、おみくじのようなものになるかもしれない。

この日に目にとまった場面が何なのか調べてみました。

『創世記』に出てくる話しだそうで、「ヤコブの旅」と題されている彫刻でした:
Chapiteau : voyage de Jacob, centre

ヤコブが天使の衣をつかみ、天使は手を差し伸べているという図なのだそうです。

この柱頭彫刻は、柱の3面にお話しが表現されていました。

この彫刻の右にあるのは、これ
ヤコブは前かがみになって、重い石を持ち、地面にある石の上に置こうとしています。

左側にある彫刻は、これ
肩に長い棒を担ぎ、棒には布が下げられています。

私の写真の画面は、ヤコブが天使と格闘して祝福を受け、天使から「イスラエル(神が支配すという意味)」という新しい名をもらった、というお話しのようでした。

たまたま1つ選んだ彫刻を「おみくじ」として受け取るなら、大吉かな?...


オータンの素晴らしいサイトを発見

情報を探していたら、オータンの歴史について素晴らしい情報を入れたサイトがあるのを知りました。
Autun, Cathédrale Saint-Lazare  Révélations sur la cathédrale d'Autun

サン・ラザール大聖堂についても、見事な画像が入っています。高いところにある彫刻などは肉眼では見えにくいので、こういう風にして見れるのは嬉しい。しかも解説付き。

例えば、大聖堂入り口にあるティンパヌムは驚くほど見事なのですが、それを鮮明な画像で見ることができるページがあります:
Toucher le tympan

オータンの美術館で見れるらしい映像の一部を入れた動画もありました:
Film en relief HD à voir en exclusivité au Musée Rolin, à Autun

この美術館には2年前にも行っているのですが、そんな映像を見た記憶がありません。こういうものには興味がない人たちと一緒だったから遠慮して映像室にとどまったりはしなかったのか、そのときにはまだなかったからなのか?... 大画面で見たら感激したはずなので忘れていることはないと思う。

ネット上で見れる抜粋画像の1つです:



こういうプロジェクトは大好き。フランスでも日本でも、文化遺産がある町では予算をかけて立ち上げて欲しいです。

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
☆ Wikipedia: Cathédrale Saint-Lazare d'Autun
オータンのサン・ラザール大聖堂
ヤコブ(イスラエル)の生涯:創世記 27-36章
口語訳聖書 - 創世記
創世記 ⇒ 創世記28-30章 「ヤコブの独り旅」
Histoires insolites des Chefs-d'œuvre


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カテゴリー: 建築物 | Comment (8) | Top
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2016/05/23
ずっと雨が降って寒い日が続いていたのに、この土曜日だけ、嘘のような晴天になりした。最高気温が25度になるという信じられない天気予報だったのですが、見事に的中したので薄気味悪いほど。

お昼ごはんは庭のテーブルで食べられるほど暖かったので気持ち良かったです♪



地球が温暖化していると言うけれど、私がいるブルゴーニュ地方に限れば、平均気温が10度くらい上がって欲しい...。

「フランスはカラっとしているのだから、気温は30度くらいが心地良い」と友達に言ったら、「とんでもない! 25度くらいが理想的なのだ」と言われました。何でも良いけど、もう5月も末なのですから、分厚いセーターを着ている生活は終わりにしたいのだけど!...

今年の春は雨が多かったので、庭では、例年になく元気に咲き誇っている花があるので面白いです。どうしちゃたの? と言いたくなるほど。

春先は森や野原に咲く草花を見に行くのが好きなのに、ちっとも出かけませんでした。スズランは5月になっても花を咲かせなかったので、今年は摘みそこなってしまった...。仕方ないので、庭に咲いているスズランを花瓶に活けました。こんなことはしたことがないです!

天気が悪くても植物の方は頑張りますから、今の時期に見るのが好きな野生のランだって、もう開花時期は終わってしまっているのかもしれない...。

この前にいつ青空が広がって暖かい日だったかというと、4月29日。旅行したときだったので日にちまで覚えているわけなのですが:
南ブルゴーニュのブドウ畑を眺める 2016/05/02

日中は半袖でいられるような日になったのは20日ぶりということですか。また天気予報は当たって、晴天の土曜日の翌日からはまた天気が悪くなりました。長期天気予報を見ると、6月末までは「暑い」という感じの日は全く来ないみたいです...。


イタリア系の人って...

晴天の土曜日は、近所で親しくしている人の母親のお葬式でした。会ったことがない人なのだけれど、お付き合いなので教会のミサに行きました。亡くなったのは聖霊降臨祭の月曜日だったとのこと。

母親を亡くした友人は、40代の独り暮らしの男性なのですが、母親が亡くなったのがよほど悲しいらしい。会うと目には涙を浮かべてしまっているので、友人たちは励まそうと気を使っていました。つまり、一人で放っておけないと考えている様子。お葬式の前日は、みんなで食事を一緒にしようやということになって、私があり合わせのもので料理を作って皆で食べました。

別にママにべったりとか、マザコンだったとかいうことは全くないのです。近所に住んでいたからよく会っていたかもしれないけれど、もう長いこと母親は高齢者施設に入っていて、息子に会っても誰だか分からないくらいに痴呆が進んでいて、ほとんど植物人間だったそうなのです。

それでも死んでしまうことの覚悟はできていなかったのかな。フランスの友人たちは、もう回復の見込みがなくなった人が死ぬと、例え家族であっても、あれ以上苦しまないで死ねて良かった、という受け取り方をするのですけど...。

それに、普通なら、いくら悲しくても、男だったら特に、表面上はつくろうではないですか?...

彼を見て、こういう風にあっけらかんと悲しんでしまっていた男性がいたのを思い出しました。全く同じパターンに見える。

この友人のことはブログでも書いていました:
フランス人が落ち込むと・・・  2007/02/09

50を過ぎた人だったのですが、母親が亡くなったことを非常に辛く感じていたようで、「僕は孤児になってしまった」なんて言って悲しんでいたのです。

気がついてみると、このときの彼も、土曜日にお葬式をした人もイタリア系なのです。イタリア男性にとってのマ~マというのは凄い存在なのではないかな...。生粋のフランス人も家族の絆は強いですが、母親に対してここまで愛着を持っているようには見えません。

フランス人女性が男性をかしずかせる能力に感心しているのですが(美人でなくても、やれるのだから真似したい!)、イタリアでは母親が息子をかしずかせる能力があるのかもしれない...。


移民家族

フランスも、私がいるところのような田舎だと、アラブ系とかアフリカ系の人はゼロに等しいです。県庁所在地のような大きな町に行っても、アフリカ系の人は見かけないかな...。出会うのはパリです。

それでも、私の近所には移民家族がたくさんいます。第一次世界大戦でフランスは戦死者を多くだしたので人口危機に陥り、移民の受け入れを積極的にしていました。どういう政策をしていたのかは知らないけれど、周りにいる移民家族はヨーロッパ諸国の人たちばかり。中でも、イタリア系は多い感じがします。イタリアで貧しかった人がフランスにやってきて、土木関係の仕事をした、というのが普通のパターンのようです。

このたび孤児になった友人はイタリア系だったと思い出したので、私はイタリアが大好きだという話しをしました。ところが、彼はイタリアに一度も行ったことがないのだそう。「考えてみると」と、初めて気が付いたような顔をして、7人いる兄弟の誰も行っていないな、なんて言いました。

フランスからイタリアに行くのは簡単なのに、自分のルーツを探りたいという気持ちにならないらしいのが不思議。

例えば、フランスに帰化した日本人家族の子どもは、絶対に日本を見たいと思うだろうと想像しませんか? もしも、子どものときに親が連れて行ってくれないとしたら、働くようになったら真っ先に日本に行くためにお金を使うのではないかな?...

思えば、親しくしているイタリア系の友達は何人もいますが、やっと年をとってから1回行った人が少しいるだけで、後は全くイタリアに行ったことがない人ばかりです。普通だったら、休暇のたびに遊びに行っても良いのに。国を出たということは、国を捨てたという意識でいるのだろうか?...

私の周りにいる人たちだけを見て判断してはいけない。でも、スペイン、ドイツ、スイス、モロッコなどの出身者は頻繁に自分のルーツの国に行く旅行をしているのを見ているのに、イタリア系でそうしている知り合いはいないのです。

親しくしているイタリア系の友達は、私がイタリアは素晴らしいと言うのに感化されたのか、ご主人とついにイタリア旅行をしました。でも、帰って来たときに感激した様子は全く見せなかったので私は意外に思ったのでした。

もしかしたら、フランスとイタリアは同じ根っこの文化を持っているので、自分のルーツの国がどんななのだろうかと知りたくなる気持ちが起こらないのかもしれない。そういう気持ちでいたら、外国に同化しやすいだろうな...。


ナイチンゲール

昨日の夜、午後11時になったら鳴きだした鳥がいるのに気がつきました。ひょっとして、ナイチンゲール? いつまでも賑やかにさえずっているので寝てしまったのですが、これを書いていたら、また聞こえてきました。時計を見ると、午後11時。

ちゃんと聞くために庭に出てみました。どこにいるのか知らないけれど、私が庭に出たくらいでは動じることはなく鳴いています。

ナイチンゲールが鳴いているのを初めて知ったのは数年前にお城に泊まったときのこと。それを書いたブログにナイチンゲールの動画や録音をリンクしていたので確かめみました。間違いなくナイチンゲールですね~♪

録音などのリンクを入れたのは、こちら:
お城に到着 2008/05/22

今までは夜に聞こえてくる鳥の声はフクロウくらいでした。異常気象でナイチンゲールが来たなら、悪天候も歓迎します。

ナイチンゲールで思い出すのはロメオとジュリエットのお話し。こんなに小鳥が賑やかにさえずっていたら、朝だと思いますよ...。なぜ、この鳥は暗闇の中で鳴くのか、どこかに移動しないでいつまでも鳴いているのかと気になりますが、そういうことを気にしているときりがないので、私は寝ることにします。

ブログ内リンク:
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方
★ 目次: 森や野原に咲く春を告げる花々
★ 目次: フランスの田園に咲く野生のラン


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2016/05/20
ここで書こうとしているのは、普通の挨拶でするキスのことです。

Wikipediaから写真を借りると、こんな感じの挨拶。オランダ王ウィレム=アレクサンダーが母親にしている抱擁です。

Koning Koningin en Prinses op balkon Paleis Amsterdam


トミー・ウンゲラーの童話のお話し

前回の日記「トミー・ウンゲラーが描いた仏頂面の猫」は、ママからキスをされるのが大嫌いで、自分もキスなんかしたくないというう男の子の話しでした。

主人公の子猫のジョーが、ママに向かってこんな風に叫んでいます:

- " Des baisers ! Toujours des baisers ! " hurle Jo. " je les déteste, je n'en veux pas! Des baisers pour dire bonjour, bonsoir et merci ! Des baisers humides et poisseux, toujours des baisers ! "

キスばっかりする、と怒っています。こんにちは、こんばんは、ありがとうを言うときのキス、湿ってベトベトしたキス、なんて並べている。

ベタベタという表現を見て、フランスの幼い子がするキスはそれだな、と思いました。ベチャーと頬にキスをしてくるので、その部分がベタ~となる。その子の目がそれたところで、さっと、何気なく、ハンカチで拭いてしまうことが度々あります。よだれが出るのもしれないし、キスの仕方をまだわかっていないのかもしれない。

大人のキスの挨拶はあっさりしていて、ほとんど唇を顔につけてきたりはしないので、顔を拭いたくなったことはありません。

フランス人でも、やたらにキスをする人と、そうでない人があると感じています。スキンシップが好きな人は、やたらに抱きついてくる。でも、それがあるから普通のフランス人が痴漢に変身することはないのかもしれない。それと、一人暮らしのお年寄りでも、抱き合って挨拶することが1日に何回もあるはずなので、寂しくないという効果もあるだろうとも思っています。

トミー・ウンゲラーの自伝的な童話の話しでは、不思議に余り出てこない問題てトミーの家ではそういう強制はされなかったように見えました。キスされるのが嫌いだったら、自分からやるようにと言われるのはもっと腹がたつはずなのに。

親が友達を夕食に招待したときは、子どもたちは早々と食事を済ませられるらしく、招待客が到着するとパジャマ姿で「おやすみなさい」のキスをしに来ます。中には、そういう挨拶が苦手な、はにかみ屋さんもいるのです。フランスの子どもは辛いよ、なんて思ったりもします。


握手をするか、キスの挨拶をするかの問題

『キスなんか だいきらい』の主人公は男の子なので、学校に行ってクラスメートの悪ガキたちとの付き合いでは問題がなかったはず。フランスでは、たいていの人は、男性同士なら握手で済ませるのです。

どっちの挨拶にするかは問題なのですが、女性が選択する権利があると見ています。日本で友達になったフランス人女性で、キスの挨拶が大きらいという人がいました。どうするのかと聞いたら、相手がキスをしそうになって顔を突き出してきたときに、さっと手を出して握手してしまうと答えていました。

握手をするか、キスをするかを観察したことがあります。

女性が男性と挨拶するときには、キスをしてあげた方が喜ぶ。男性の方からはキスをする挨拶をすることに決める権利はないらしいので、気をきかせてあげないといけません。

親しい人の関係者の人の場合は、初対面でもキスの挨拶にしてしまった方が打ち解けた雰囲気になる。田舎の人は、かなり親しくなっても握手しかしない人が多い。逆に、若い世代、特に都会では、初対面でもキスの挨拶をする傾向がある。

田舎で育った中年世代の友達が、自分が若かったことには今のように誰とでもキスの挨拶をすることはなかったと言っていました。現代生活になって、人間関係が希薄になってきたからスキンシップの挨拶をすることが多くなったのではないか、と私は見ています。

フランスの場合には、英語のyouにあたる「あなた」が二通りあって、親しい間柄ならTu、距離を置く間柄ならVousを使い分けるのですが、これが握手で済ますか、抱き合って挨拶するかの違いと一致するとは言えない。ややっこしいです...。


フランス式挨拶は面倒!

人からキスをされるのが嫌でなければ、されるままにしておけば良いだけのこと。でも、自分から率先してキスをしなければならない場合があるのは、そういう文化で育たなかった私には馴染むのが難しいです。

例えば、大勢の人が集まるパーティーなどの場面。日本のように、全員に対して「こんにちわ~♪」と頭を下げたり、手を振ったりするだけでは挨拶が済ませられないのです。

こういう場合、ひとり1人に挨拶して回るわけですが、その人とは握手の挨拶をする仲だったか、抱き合ってキスをする仲だったかを考えないといけません。今まではキスをしていたのに握手にしてしまったら、何か私が怒っていると受け取られかねませんから。

しかも、キスをする仲の相手の場合には、何回キスをするのかを思い出さなければなりません。たいていは右と左の頬を寄せ合う2回の挨拶なのですけれど、4回の人もいるので注意が必要。3回というのは中途半端なので、つい4回目をやりそうになる。

3回ないし4回する習慣がある人に対して2回で止めてしまうと、続けてやろうとした人は突き出した顔をひっこめなければならないので、変な具合になります。たいていは、数が多い方が勝って、止めようとした人は続けるというパターンが多いと感じています。

ひとり1人と握手なり抱擁なりの挨拶をしなければいけないというのは、非常に面倒です。席についていてくれれば順番に回って挨拶していけば間違えないのですが、立っている場合には、人は動くのですよね。さっき別のところで挨拶していたのに、また挨拶してしまったら、その人を無視してしまったことになるので失礼になります。また、うっかりして挨拶しない人がいたら、これまた、もっと失礼になる...。

私は人の顔をちっとも覚えないので、余り親しくない人たちがたくさんいる場だと、本当に混乱します。「もう挨拶していましたっけ?」などと聞いたりするのですが、フランス人たちは慣れているのか、挨拶した人としていない人はちゃんと把握しているようなので感心します。

「パーティには早く行くことにしている」と言う友達がいました。先に到着していれば、後から来た人たちが回ってきて挨拶するのを待つだけなので楽なのだ、という理由。なるほどね...。でも私は、まだ誰も来ていないところに行くのは、なんとなく好きではない...。


『キスなんか だいきらい』について調べていたら、前々から気になっていたことを知ることができました。抱擁してキスをするというのは、まだ別の問題もあるのです!


相手のどちら側からキスをするか?

キリスト教の教えには、「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」というのがあります。人を平手打ちするときには、右から先にやるものなのでしょうか?

キスの挨拶をするときも、どちらからやるかの問題があります!

私は方向音痴で、右と左をよく間違えるせいなのか、いつも逆から頬を出すようなのです。相手にとっては、どちらから出すかは決まっているらしくて、あわてて方向転換してくれて決着することになります。互いに方向転換しようとすると、右の頬を出したり、あわててひっこめて左の頬を出したりと、不器用な展開になったりもします。

でも、ほとんど痴呆老人という感じの人が相手だと、とっさに方向転換できないのですよ~。間違えた方向に顔を向けてキスの挨拶をしようと、口と口があってしまうことになるのです。友達の家でそれをやってしまったときには、「おじいちゃんは、ずる賢いからね」などと言って笑っていましたけれど。

Wikipediaに、どちらの頬を差し出すか、という図が出ていました。地域によって傾向があるようです。

Joue tendue en premier pour faire la bise en France

青色の地域では、右の頬を出すというもの。赤は、左の頬を出す地域です。

私がいる地域は青色なので、右を出さなければいけないのですね。でも、私はなんとなく、相手の右側の頬を先にキスしたくなるのだけれどな...。南東部なら、私の癖は問題がないらしい。


何回キスをするか?

キスの挨拶は、これも問題になります。1回、2回、3回、4回とあるのです。これも、統計がWikipediaに入っていました。

Nombre de bise(s) en France

圧倒的に多いのは、右と左に1回ずつ、合計2回をするという挨拶です(黄色)。

1回しかしない(ベージュ色)が2つの県であるのが面白い。イギリスは1回が普通なように感じたのを思い出します。

私がいるブルゴーニュ地方では、4回キスする県が入っていました(赤色)。ワインで言えば、シャブリの産地のヨーヌ県です。本当かな?...

Wikipediaが何の統計を入れているのかと思ったら、Combiendebises.comというサイトでアンケートを取っているものを入れていたのでした。

こちら:
Combien de bises fait-on chez les Français 

県ごとの統計を見ることができ、キスの回数ごとに何パーセントがいたかも確かめられました。

ブルゴーニュ地方の4県を比較すると、こういう回答が出ているそうです。
  • コート・ドール県: 94%が2回のキス
  • ソーヌ・エ・ロワール県: 90%が2回のキス
  • ニエーヴル県: 54%が2回のキスで、31%が4回のキス
  • ヨーヌ県: 34%が2回のキスで、56%が4回のキス

思い出したことがあります。だいぶ前に仕事で親しくなった男性と挨拶したとき、キスを2回で止めたら、向こうは4回が習慣だからと続けたのでした。「ブルゴーニュでは2回だから」と言ったら、「ブルゴーニュの人はケチだからね」なんて言っていたのでした。その人の出身地を思い出してチェックしたら、本当に4回が多くなっている県なのでした。

でも、4回するという結果になっている県でも、4回と答えた人が最も多かったというだけで、それに続いて2回と答えた人がかなり多くいました。1回という結果が出ている北のはずれのフィニステール県でも、38%の人は2回と答えています。

でも、南仏の方で3回となっている県では(オレンジ色)、圧倒的に3回と答えた人が多いのでした。確かに、南仏を旅行したときには3回だなと観察していました。奇数にすると、なんとなく収まりが悪いと思うのですけど。


どちらから始めるか、何回するかで戸惑っている場面が出てくるコマーシャルがありました。




ベーズマンの挨拶

キスをする場所ですが、普通の挨拶では頬にします。

もちろん、恋人同士の場合は口にする接吻です。アフリカのどこかの国だったと思いますが、普通の挨拶で口にやってしまうところがありましたよね。男性同士でさえも。フランスの政治家はその習慣に合わせるのだとか聞きました。

子どもに対する愛情表現では、額にキスをします。

その他に、手の甲にする「baisemain(ベーズマン)」というのがあります。

男性が貴婦人に対する敬意を払った挨拶の仕方で、今では友人たちがふざけてやっているのを見る程度。なので、初めてベーズマンという言葉を聞いたときには、ベーズがキスで、マンは英語のmanだと私は思ってしまいました。つまり、キス男。でも、マンは手のmainなのでした。

ふざけてやるときは、こんな感じ ↓


à nouveau le baise main

男性にベーズマンをやられると、フランス人女性たちはくすぐられたみたいに喜びますね...。

ベーズマンの挨拶では、男性が腰を低くして、うやうやしく女性の手をとり、あたかもキスをするかのように口を近づける。でも、ポイントは、このときに女性の手にキスをしてはいけないというところ。つまり、口を近づけてストップする。

イギリスのチャールズ王子が、フランスの政治家セゴレーヌ・ロワイヤル女史に対してベーズマンをやった場面を入れます。握手をするつもりで手を差し出したらベーズマンをやられた、という感じに見えます。


Le baise main du prince Charles à Ségolène Royal

なんだか白々しくて、これで女性に敬意を払った挨拶になるのかな... と思ってしまいましたけど...。


フランス人が日本に来たときには、キスの挨拶をどうするか?

フランスの友人が日本で講演するために来日したときにお世話したことがあるのですが、挨拶で困った。1週間の滞在で関連している日本の会社に来るのですが、朝にオフィスで私に会うとフランス式に抱擁の挨拶をするわけです。

「日本でやってはいけない」と言ったら可哀想。でも、はたから見たら、私たちは変な関係だと見られてしまうではないですか?

それで、オフィスの女性たちにも同じ挨拶をしてくれるように言いました。私の方から、これがフランス式の普通の挨拶だからと説明するから、と付け加えて。

すると、彼は「えぇ、いいの~?!♪」と嬉しそうな顔をするではありませんか。

ジョークが絶えない陽気な人だったので、オフィスの若い女性たちにも人気者でした。フランスでは1日に何回も女性と抱き合って挨拶しているのに、日本で1回もできないとフラストレーションになるかもしれないので、彼がリラックスした日本滞在ができるように協力して欲しい、と彼女たちに頼みました。

彼の挨拶に戸惑うものの、女性スタッフたちは面白がっているように私には見えたので安心。後で聞いたら、「吸血鬼」とあだ名がついていたのだそうですけど!

もう一つ思い出すエピソード。

私が勤めていた会社のフランス人上司。時々彼の母親がフランスからやって来て滞在していたのですが、ある日、私に愚痴りました。

息子さんが、日本ではキスの挨拶をしないものなのだからと言って、フランスに帰るために空港に見送りに来てくれたときでも、抱き合っての挨拶を頑固としてさせてくれないのだそう。

それは可哀想だと思ったけれど、上司に向かって「お母さんの気持ちも考えてあげなさいな」とお説教するわけにはいかないではないですか? 彼はパリで日本語を学び、日本の商習慣などについてもしっかり勉強してきた人なので、私などより日本のことは分かっているみたいな顔をしていましたし。

私がフランス式の挨拶に慣れ始めた頃も、この次はいつ会えるかなどという別れのときに、日本人とは「じゃあね~」などと言うだけなのは物足りないと思ったものでした。小さい子たちの挨拶も、そっけなさすぎると感じました。最近は慣れて、どちらでも良いと思うようになりましたけれど。


ブログ内リンク:
★ 目次: フランス式挨拶、親しさの表現
★ 目次: 右と左の違いが気になる

外部リンク:
☆ Wikipedia: Baiser
フランス人は、相手をVousと呼ぶか、Tuと呼ぶかをどう決めるのか?


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カテゴリー: フランス人 | Comment (6) | Top
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2016/05/18
少し前に泊めていただいた家で、ダイニングルームの壁にあった猫の絵に目が釘付けになっていました。



腕組みをして、こちらを睨みつけている猫は、何を言いたいのか気になる。

この絵を「理想郷のようなところにあった農家」にちらりと入れたら、これはトミー・ウンゲラーの童話『キスなんか だいきらい』の絵だ、と教えてくださるコメントをいただきました。

何らかの主張があるように感じて、それが何なのかを探りたくなるような絵が好きです。というか、本来の音楽や絵画は訴えるものがあるべきだと思っています。

本当を言って、この類いの現代アートを私は好きではないのです。でも、これだけ気になった絵だったのですから、もしかしたら特別な作家なのかもしれない。それで、トミー・ウンゲラーとは誰なのかを調べてみました。

名前からは想像できなかったのですが、フランスの作家だったので、ネットで検索すると情報はいくらでも出てきたのでした。


『キスなんか だいきらい』と題されたトミー・ウンゲラーの童話

生意気そうな猫の絵は、日本語で『キスなんか だいきらい』と題された童話の表紙になっていました。1973年に発表された作品で、フランス語の題名は『Pas de baiser pour maman』。

猫の家族のお話しで、ママがベタベタに優しいのが気に入らない男の子が主人公。フランスの家庭では普通にありそうなお話しで、たわいもないストーリーなのだけれど、ユーモラスな語り口が楽しい。

主人公の子猫に、自分の好きなことしかしない身勝手な猫の習性がうまく重なっている。何よりも、子どもの立場から描いており、教訓じみたことは何もないのが気に入りました。

※フランス語と英語のアマゾンでは、一部分を覗くことができます。

題名は、フランス語と英語は同じ。日本語は、ちょっと違う。ママが息子を猫かわいがりしていて、キスを浴びせてくるのが耐えきれないと反発している男の子の話しなのですが、日本語の題名からは、なぜかママの文字が消えています。

フランス語と英語のタイトルを普通に訳したら、「ママにキスなんかしてあげないよ」とかになるのではないかと思うのですが、日本では親子がキスの挨拶をする家庭は例外的だから変えたのかな?...

フランス情報では、7歳から10歳向けの本となっていました。

インターネット情報だけでは、『キスなんか だいきらい』と題された日本語バージョンは読書感想で垣間見る程度でした。

でもフランス語版の方は、効果音入りの朗読で聞くことができました。一部は欠けているようでしたが、20分くらいの朗読。

※ 朗読をきけるサイトをリンクしておこうかと思ったのですが、クリックすると変なページが開いたり、ブラウザが危険信号を出してきたりするので止めておきます。


その他、フランスの学校の授業で使えるような教師用のマニュアルもありました。英語版についても、書籍販売ネットの中身拝見などで少し垣間見ることができたし、要約も読むことができました。

インターネット情報だけしか得ていないのですが、この本をいつか手にすることができたときのために調べたことをメモしておきます。

このお話しはトミー・ウンゲラーの自伝でもありました。彼の人生を知ると、このストーリーとの重なりが見えてきて興味深かったのです。しかも、擬人化した猫で表現しているので、かえって人間の家庭で描くよりよく表現されている。



トミー・ウンゲラーには自分の国というものがない?

レジオンドヌール勲章を受賞したパーティーで撮影された写真のようですトミー・ウンゲラーTomi Ungerer)は、イラストレーター、児童文学作家など、色々な肩書を持っていました。

1931年、ドイツと国境を接するアルザス地方の州都ストラスブールで生まれています。

父親は、彼が3歳半のときに病気で他界。

国際アンデルセン賞を受賞しているけれど、普通の、当たり障りのない「子ども向け」というお話しを書いているわけではないようです。

しかも、かなりエロチックな絵も描いている。彼がどんな人であるかは、ひとことでは言い表せないようです。

彼は3か国語で本を出しているそうですが、日本では児童文学が翻訳されているようです:
アマゾンで「トミー・ウンゲラー」を検索


トミー・ウンゲラーの故郷アルザスは、ドイツとの国境に位置し、フランスの中ではかなり特殊な地方です。

アルザス地方が神聖ローマ帝国からフランスに割譲されたのは17世紀半ば。普仏戦争がおこり、1870年にはアルザス地方はロレーヌ地方と共にドイツの領土になります。そして、第一次世界大戦の後に、再びフランスに併合される。


1940年、トミーが8歳のときに第二次世界大戦が勃発し、アルザスは再びドイツに占領されます。

彼は名前を変え、ドイツ語を話すことが強制されます。ウンゲラー家族では、多くのアルザス人たちと同様に、家も会社もドイツに没収されました。

学校ではナチスの教育を受けます。初めて出された宿題は、ユダヤ人の絵を描くことだったと語っていました。

家庭ではフランス人、学校ではドイツ人、友達とはアルザス人というカメレオンのような生活をしました。でも、優しくて賢い母親が家族を守り、笑いが絶えない生活をすることに努めてくれたそうです。

1945年、戦争が終わると、トミーは再びフランス人になりました。ところが、フランス語を上手に話せない。通うことになったフランスの学校では、アルザス語を話すことが禁止されている。

というわけで、フランスにも馴染めなかったようです。

1951年には、バカロレア(大学入学資格試験)に不合格。ストラスブールの装飾学校に入りますが、不服従ということで学校から追い出される。

彼はお坊ちゃん育ちではなくて、気骨のある男の子だったようです。15歳のときに自転車でフランス各地を旅行したのを皮切りに、ヒッチハイク、貨物船に乗ったりして、世界各地を貧乏旅行していました。

1956年というので、25歳の時ですか。描いた絵と、ポケットに60ドルを入れただけという持ち物でアメリカに渡っています。何でも可能なアメリカだったために、たちまちイラストレーターとして成功。

アメリカは永住の地とはなりませんでした。ベトナム戦争に反対したり、エロチックな絵も書いたりもしたので批判があり、自由の国というのは表面的なことだけだと感じて居心地は悪くなったようです。1971年にはカナダのノバスコシア州、さらに妻の故郷のアイルランドに移住します。

そんな人生を歩んだからでしょう。トミー・ウンゲラーにはどこかの国に所属しているという意識がないようです。「自分の国旗は自分のハンカチーフだ」と発言しています。

彼にとっては、やはり心のよりどころは幼い時代を過ごしたアルザスのようです。でもアルザス地方はフランスとは違う国。もちろん、彼の故郷はドイツでもない。1980年代からは、ドイツとフランスの関係を良くすることや、アルザス地方の2カ国併用運動などに尽力しているようです。

彼の働きのせいとも言えないでしょうが、フランス語を公用語にすることを強制してきたフランスですが、最近は地方の言語を学校教育で行っても良いという柔軟性を出してきました。

昔は国が違っていて、言語体系も全く異なる言葉があった地域も合併した国は、ヨーロッパではフランスだけに限りません。こういう言語の問題は、私などには理解できない面です。


親から受け継いだもの

トミー・ウンゲラーがアメリカに行ってすぐに仕事を得られたのは、ユダヤ人コミュニティーでの助け合いがあったから、という記述がありました。ということは、彼はユダヤ人だったということになりますよね。そうだとすると、戦時中に強制収容所に入れられずに済んだのは不思議です。母親がゲシュタボに捕まったときもうまく切り抜けたほど賢い人でもあったせいなのかもしれません。

トミーの母親は、アレクサンドラン(12音節詩句)を書くのが好きだったとのこと。ドイツに占領された時期にも、トミーが絵を描き、フランス語で日記を書き続けることを励ましました。トミーの子ども時代に描いたデッサン、学校の宿題、日記など、すべてのものを彼女は死ぬまで保管していたそうです。

母親のアリスは、末っ子のトミーを溺愛するのは自分に似ているからだと言っていたのだそう。かなりの美人でした。彼のオフィシャルサイトに親子の写真が入っています。

http://www.tomiungerer.com/biography/
Biography | Tomi Ungerer

トミーは4人兄弟の末っ子(兄1人、姉2人)。でも、兄弟とは年がかなり離れていました。下の作品に描かれている赤ん坊が自分を描いたものなのだそう。


Weihnachtslieder: Spielbuch Gitarre, Flöte und Gesang. 20 bekannte Weihnachtslieder

姉たちは絵を描くことを教えたくれたけれど、トミーは生きたお人形だったとも語っています。


トミーの父親の家系では、曾祖父の代から時計技師でした。トミーの祖父が1858年に設立し、1989年まであったウンゲラー社の広告です。

Ungerer

会社は時計の製造と修理が主体で作られたようなのですが、20世紀前半には自動車修理もしていたのだそう。時計と自動車のメカニズムは似ていましたか...。

ストラスブール大聖堂には、とてつもなく立派な天文時計があるのですが、その維持を担っていたのもウンゲラー社だったそうです。

Strasbourg Cathedral Astronomical Clock Cathedrale de Strasbourg - Horloge Astronomique
Horloge astronomique de Strasbourg, Cathédrale Notre-Dame de Strasbourg 


Cathédrale de Strasbourg : Horloge astronomique


シチリア島にあるメッシーナ大聖堂の天文時計は、トミーの父親Théodore Ungerer(1894-1935年)の設計によるものでした(1933年)。

トミーが3歳半のとき、父親は病気で亡くなっています。祖父も、その2年前に亡くなっています。

父親のことは、家族や親戚の人たちが語ることを通してしか知らなかったトミー。父親は、優れた業績を残し、人格的にも完璧だったというイメージだったそうです。

時計のメカニズムを知り、デザインをする技師には、絵を描く才能も必要だったのでしょう。トミーの祖父も父親も、見事な絵画やデッサンを残していました。

祖父、特に父親の絵を見せながら、トミー・ウンゲラーが自分が描いたものとを並べて見せている映像がありました:


De père en fils(2002年)


トミーの父親が描いた絵の中にも、少しエロチックなものもあります。妻がソファーで横たわっている姿なども、かなり官能的。

そんな父親の絵を才能を受け継いだことが、とても誇りのようです。

『De père en fils (2002年)』の中で、彼の父親は「死ぬときに全ての才能を私に引き継いでくれた」と書いています。


『キスなんか だいきらい』は、賛否両論の作品?

モノクロの絵ばかりで、子ども向けの本としては可愛くない絵が描かれていました。

お話しの始めには、主人公のジョーが目覚まし時計を壊してしまう話しが出てきます。



先祖代々、時計技師だった家系。トミー・ウンゲラーが子どものときには、きっと時計のメカニズムはどうなっているのかと分解してみたことがあったでしょうね。台所に忍び込んで缶切りを持ち出して時計を分解したら、バネが飛び出したので捨てたというのが愉快。

時計はチクタクとやるのが良いのであって、目覚ましなんかはして欲しくないと思ったようです。私は、チクタクやるのも煩いと思いますけど。


アメリカで出版するにあたって、トミー・ウンゲラーは表紙に「この本は子ども向けで、ママたちのためではない」という注意書きを付けたがったのだけれど、出版社に拒否されたとのこと。

それがなかったせいというわけでもないでしょうが、アメリカで発表されたときには批判が殺到したようです。かなりショックを受けた親たちもいたそうで、今年出版された「最悪の児童書」という賞までもらったとのこと。

批判の対象となったのは、描かれた家族関係、主人公の子猫の暴力。彼が歯を磨いているふりをして、トイレの便座に座って本を読んでいるという絵がひどい、などが問題にされたようです。

発表されたのは1973年。この時代のことを考えないといけないかもしれない。まだ昔風の子育てがなされていた時代だろうと思うのです。今のフランスだったら、男の子がキスは嫌いだという主張は人格として認められて、かえってママが息子の頬に平手打ちをすることの方が批判されるかもしれない。

ネットで拾った日本人の感想文では、貶している人たちがチラホラといました。絵が可愛くない、「つぶしねずみ」なんていう食べ物が出てくるのが気持ち悪い、など。


登場人物の名前

日本語で出版された童話『キスなんか だいきらい』は、英語版を訳したようです。英語のテキストは作家自身が書いているらしく、自由に英語圏の人向けの言葉遣いにしている感じがしました。

まず、登場人物の名前がフランス語版とは違う。

主人公の男の子の名前は、フランス語版ではJo(ジョー)という名前になっています。フランスではファーストネームから愛称を作る習慣があるので、ジョスランとかなんとかいう名前が本名なのかもしれませんが、それは出てきませんでした。

英語版では、主人公の男の子の名前はPiper Pawで、日本語版でも パイパー・ポー。

以下、主人公の子猫の名前はフランス語に従って「ジョー」としておきます。

英語版では、この一家にPaw(猫の肉球のこと?)という苗字を与えているようです。それで、ママの名前はMrs. Velvet Paw。

フランス語版では、ママはMadame Chattemite(マダム・シャットミット)になっています。

chatteはメス猫のこと。それにmiteを付けたchattemiteは、やたらにへつらってくる、つまりママがジョーにしているようなことをする人のことを指します。シャットミットを日本語に訳すと「猫かぶり」なので、ぴったりなのですけどね。

英語ではベルベット、つまりビロードになりますか。まあ、軟らかくてベタベタのママの雰囲気にはなりますけど。


ジョーのパパの名前は、英語では何なのかは分かりませんでした。Mr. Pawでしょうか?

フランス語では、パパはMonsieur Matou(ムッシュー・マトゥー)。時には、ムッシューの代わりに、父親を付けていることもありました。

matouというのは、去勢していない大きな雄猫のことです。食卓で口をきくことは少ないので存在感は薄いけれど、父親としてするべきことの最低限はしている父親として描かれている感じを受けました。つまり、トミー・ウンゲラーにとっての父親像が出ている?


子どもを呼ぶときの愛称

ママは息子のジョーを色々な愛情を込めたあだ名で呼んでいます。

中でも、ジョーが大嫌いなのは「Mon petit chou au miel」と呼ばれること。

chouというのはキャベツの意味があるので、ハチミツで煮てトロトロになったキャベツのイメージで呼んでいるのかと思ったら、そうではなかった。

日本でいうシュークリームは、chou à la crême。そのクリーム(à la crême)を、蜂蜜(au miel)に置き換えたようです。

私の蜂蜜入りシュークリームちゃん、という感じ。ベッタベタの甘さを感じますね。

キャベツではなくてシュークリームなのだろうと分かったのは、ジョーが怒っている場面があったからです。

ママに教えてあげるけど、chou au mielなんで存在しないんだ。パン屋のマスパンさんはケーキにも詳しいから聞いてご覧よ。シュー・オ・ミエルなんてのは存在しないんだ。

ー Ne me chéris pas tant Maman, ça me coupe l’appétit! Je ne suis pas non plus ton petit chou au miel. On m’aurait éjecté de l’équipe si je jouais comme un chéri ou si je ressemblais à un petit chou au miel. Et puis, j’ai l’honneur de te faire savoir, chère Maman, que les choux au miel, ça n’existe pas. Vas demander à Monsieur Massepain, le boulanger ; il s’y connaît en gâteaux. Les choux au miel, ça n’existe pas.

そんなことを気にする必要はないのですが、蜂蜜を入れたシュークリームというのは、あっても良さそうなスイーツではないですか? 本当に無いのかと思ってレシピを検索してみたら、1つだけ出てきました:
☆ レシピ(動画入り): Choux au miel

とても甘いけれど美味しいと言っています。フランスで「甘い」と言ったら、日本人には「甘すぎる」だろうと思って、作ってみる気にはなりませんけど。

ところで、この蜂蜜入りシュークリームという呼び名は、英語版では「honey pie」になっているようです。英語圏での代表的なデザートはアップルパイなので、リンゴの代わりにハチミツを入れたパイというところでしょうか? 主人公の名前を英語版ではPiper(パイパー)にしたのも、ここでパイをあだ名にしたからの命名なのかもしれません。

日本語バージョンでは、単に「パイちゃん」みたいですね。そもそも、日本のママは、いくら子どもにメロメロでも、色々なあだ名で呼んだりはしないので、そんなところに凝ってみても意味がないからなのかもしれません。


フランス語版では、登場する料理が美味しそうに感じる

日本人の感想文としては、絵が可愛くないというのと、登場する食べ物がグロテスクという批判がありました。

「つぶしねずみ」というのがあったのですが、何のことなのでしょう? 英語版の紹介文には「mice mush」という単語が登場していたので、それの訳なのだろうと思いましたけれど、どんな料理なのか私には想像できません。

フランス語版に登場する料理名は面白いです。

例えば、この朝食の場面。


Viens et assieds-toi, mon doux trésor. Prends un peu de ce pâté de souris, de ces filets de harengs, de cette friture de gésiers de pinsons. Je les ai préparés exprès pour toi, mon chéri.

ママが、「あなたのために作ったのだから、お食べなさいな」とトミーに言っているのですが、その料理とは、ネズミのパテ、ニシンのフィレ、小鳥の砂肝のフライ。

朝食なのに、すごい料理を並べているところで、ママが愛情の現れなのでしょうね。

小鳥とは、pinsonになっていました。フランスでは、ピーチクしゃべる陽気な人の例えに持ち出される鳥です。

庭でさえずっている鳥について、ブログで書いたことがあります:
華やかにさえずっているのは何の鳥? 2013/05/24

美味しいのかどうかは知りませんが、スズメのように小さな鳥なのに砂肝を取り出したところがすごい。ママの努力が見えるではないですか?!

猫はネズミが大好き。でも、自分で捕まえたいのだから、ママがパテにまで料理してくれたら面白くないと思うだろうな...。

ところで、この朝食テーブルの絵に、Schnaps(シュナップス)という酒がのっていることも、作品が発表されたときにケシカランという批判もあったのだとか。これは、ジャガイモや穀類からつくる蒸留酒で、ドイツやアルザス地方では飲まれる酒なのだそう。こんなところにも、作家はアルザス色を出しているようです。


お話しのクライマックスでは、ママが買い物に出かけるついでにジョーを学校でピックアップして、昼ごはんを食べにレストランに連れて行こうという展開になります。

ママは息子が好きなピンク色でコーディネートでおめかしをして出かける。この日に連れて行こうとした町一番のレストランでは、日替わり料理がジョーが大好きな料理だから。

で、その料理とは「tripes en cocotte」というもの。

トライプを、ココットという厚手の鍋でコトコト煮た料理。

色々な臓物の煮込み料理なわけですが、手間をかけて煮れば美味しい田舎料理になります。

どんな感じの料理かと検索すれば、こんな画像が出てきます

でも、人間さまが食べる食材ではなくて、さすが猫のお話しなので、材料はモグラになっていました。

モグラは美味しいのでしょうかね?

この料理名で、トミー・ウンゲラーは都会の人ではないかなと思いました。フランスの田舎の人がお話しを書くとしたら、hérisson(ハリネズミ)にしたと思います。フランスにいる放牧の民の人たちの大好物で、実際に食べた人たちもすごく美味しいのだと言っていましたから。


ともかく、息子の好物のモグラのトライプのココット煮込みを食べさせてあげようと張り切ってでかけたママは、学校から出てきた愛する息子が大怪我をしていたのでパニックになり、息子を抱きしめてキスの雨を降らせてしまう。

キスをされるのが嫌で仕方なかったジョーは、なんだかんだとキスばかりされるのはたまらないのだ、と思いのたけを並べました。すると、レストランに行くために呼んでいたタクシーの運転手さんが、「ママに対してそんな言い方はないだろう」とジョーをたしなめる。

これも、フランス的だと思いました。日本ではお客様は神様、同様に、子どもも神様。よそ様の子どもがいくら悪いことをしたって、咎めたりする権利はないと黙っているではないですか?

タクシーの運転手さんの注意で、この子は悪いのだと思ったママは、つい、愛する息子に平手打ちをしてしまう。


Elle s’avance , et, pif-paf, elle gifle son fils...

この後、二人は予定通りレストランに行きます。でも、二人は気まずい思いでいる。ジョーは好物のココット料理に鼻面を突っ込んだ程度。ママの方は紅茶しか注文しなかった...。

その後にどうなったかは書かないでおきます。

ジョーは、チヤホヤしすぎのママを煙たがっているのですが、本当はママが大好きなのですよね。こんな仏頂面でいるのも、ママが自分を愛してくれているという確信があるからできるだけのこと。もしも、ママから嫌われる子だったら、自分の方からシャットミットになっていたかもしれない。

下は、ほとんど最後の画面のはず。



仏頂面だったジョーのタッチと全く変わっています。見事な表現だと思いました。この童話は、絵が語っていることに言葉で少し説明を付けた、という感じなのではないでしょうか?


フランス人の子どもへの愛情表現


名前とは全く関係ないあだ名で呼ぶのはフランス人は好きらしくて、夫婦でもそうだし、子どもに対しても普通に使います。

特に、子どもを呼ぶときのあだ名は1つに決めずに、色々な表現をしているように思います。

子猫のジョーを呼ぶママの呼び名には、「蜂蜜シュークリーム」のほかに「Mon doux trésor」というのも出てきていました。

「Mon trésor(私の宝物)」と親が子どもを呼ぶのは非常にありふれています。でも、そこに「doux(甘い、優しい、心地よい)」を付けてしまっているのがママのメロメロぶりを現しているのでしょうね。

でも、ちょっとヒネリが足りない。蜂蜜シュークリーム(Mon petit chou au miel)も、ハチミツなしにして「Mon petit chou」だったら、男女間でも使う、ごくありふれた愛称です。

人間の場合には、「私の猫ちゃん」という感じの愛称でバラエティーがあるのですが、さすがに猫のお話しなのでそれは使えなかったらしい。ジョーに対しては、「砂糖でできたタイガー」みたいなのがありました。

タイガーに例えるのは、トミー・ウンゲラーの母親も使っていたようです。彼がどう呼ばれていたかというリストアップもありました。太陽の光、スズメちゃん、金のスカラベ、ウンコちゃんなどですが、アルザス語に翻訳がついただけなので音の響きが面白いのかどうか私には分かりません。でも、このお話しよりは遥かにバラエティーに富んでいるし、そんなに甘いものばかりに例えているわけでもありませんでした。


フランスに初めて留学して、家族のように親しくなった家庭には、10歳と13歳の男の子がいたので、彼らがどういう風に母親から扱われているかを観察したものでした。

この童話に出てくるジョーもそのくらいの年齢という想定だと思うのですが、私が観察した家族もジョーと同じような感じで母親からメロメロに可愛がられていると思いました。ついでに私も彼らのママからキスの雨を浴びていましたけど、言葉がろくにできないときにスキンシップで愛情表現してくれるのは悪くないと思いました。

13歳の男の子に対して、別に愛情表現する必要もない場合なのに、ただの呼びかけとして「私の宝物」とママが言っているのを見て、よくそんな言葉を息子に言えるものだと感心したのを覚えています。でも、観察していて思ったことがありました。

子どもを叱るときには、非常に怖いママになるのです。言うこともきつい。私だったら、一回でもそう言われたら家出を考えると思うようなことまで言って、冷たく突き放しているのです。ところが、優しいときはメロメロの愛称で呼んでキスを浴びせている。

そういうコントラストがあるのがフランスの躾なのだろうな、と思ったのでした。つまり、きつい叱り方をしても、後で愛情表現があるから子どもは正常に育つ。怖いだけだと、やはり子どもの心は傷づいてしまうはず。また、メロメロばかりしていて、叱ったりしなかったら、やはり片手落ちの教育になって、子どもは自分の存在感がなくなってしまうのでは?...

ところで、怪我をした子猫のジョーが、迎えに来たママにキスを浴びせられたら激しく怒ってしまった場面について、フランス人に解説を求めてみました。クラスメートにママからベタベタと可愛がられているのを見られてしまうのは、男の子としては最大の屈辱なのだそう。だから、ジョーのママがやってしまったのは絶対に許せない行為だ、と断言していました。つまり、そんなことがあった後では、仲間から散々バカにされるということらしい。

男の子にはメンツがあるということ? 人が見ていようが、平気でキスの挨拶をするフランス人なのですけど、そういうものですか。私が親しくなったフランス人の家族で見ていたのは、家庭内での母親のメロメロぶりであって、あの子たちが外に出ているときには、ママは態度を変えていたのかなと思いました。



トミー・ウンゲラーと猫

トミー・ウンゲラーは、動物を観察して、それを絵にするのが好き。そして、動物の中でも猫が一番のお気に入りです。

彼は語っています:
猫は利口だ。そして、自分でもそれが分かっている。

猫は、犬と違って、かなり好き勝手なのです。ウンゲラーは自分の奔放な生き方を猫の中に見出しているのだろうと思いました。

彼は数多くの作品を残しましたが、猫はかなりの頻度で登場しているようです。




トミー・ウンゲラーはフランスの国境から10キロくらいの所にあるドイツのカールスルーエ市(Karlsruhe)に作られた幼稚園をデザインしていました。「国境のないヨーロッパ」プロジェクトの1つとして実現されたのだそうです。


Une maternelle en forme de chat en Allemagne - Helloo Designer

こういう建物は往々にしてバカバカしくなるのですが、実に見事なデザインだと思いました。楽しそう。猫の口から建物に入ると、猫の体の中にいる気分になるデザインになっています。

トミー・ウンゲラーが好きか嫌いかは別にしても、並々ならぬ才能を持った人だろうと感じます。


何かにつけてキスをするんだから! と息巻いた子猫。そういう風習なしに育った私にとっても、キスをするフランス式挨拶は気になるところです。

続きを書きました:
どちら側からキスの挨拶をすべきなのか?




ブログ内リンク:
★ 目次: 文学者・哲学者、映画・テレビ番組
複数の公用語がある国ベルギー: 言語戦争?! 2009/05/26
★ 目次: フランス式挨拶、親しさの表現
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方

外部リンク:
☆ オフィシャルサイト(英語): Tomi Ungerer - Official Website
☆ Musées de Strasbourg: Abécédaire Tomi Ungerer
☆ Wikipédia: Tomi Ungerer
L’œuvre satirique de Tomi Ungerer (2007)
L'oeuvre graphique de Tomi Ungerer, par Therese Wller
☆ Libération: Pour adultes et enfants seulement (1998)
☆ INA: 「Tomi Ungerer」をキーワードにして記録映像を検索
☆ YouTube: トミー・ウンゲラー
絵本作家トミー・アンゲラーTomi Ungerer
天才トミー・アンゲラーの「政治」展

Pas de baiser pour maman USEP Garazi Baigorri
Tomi Ungerer 7 à 10 ans - l'école des max
No Kiss for Mother  Tomi Ungerer
☆ Booktopia: No Kiss for Mother by Tomi Ungerer.
絵本レビュー『キスなんてだいきらい』
キスなんてだいきらい

L’école Chat, Allemagne

Les surnoms que vous donnez à votre enfant
50 surnoms pour bébés
Les Petits Noms d'Amour - French Love Nicknames


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カテゴリー: 文学、映画 | Comment (6) | Top
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2016/05/14
日本のようにゴールデンウイークとは言わないのですが、フランスも5月の始めは休日がたくさんあります。今年の場合は、休日が日曜日にぶつかってしまっていたりもしていましたけど。

復活祭が何時になるかによって変わる祭日もあるので、ややっこしいのですが、今年は5月15日がPentecôte(聖霊降臨祭)で、その翌日の月曜日が祭日。

クリスチャンでなければ、ただ学校や会社がお休みと受け取るだけなわけなのですが、聖霊降臨祭は本格的な行楽シーズンを告げる時期です。ところが、今年は寒い!

5月1日のメーデーはスズランを愛する人に贈る日となっているのですが、森のスズランはつぼみが出来た程度で咲いてはいませんでした。中旬になったので、森のスズランが花を開かせたと教えてくれる人がいたのですが、寒くて花摘みに行く気になりません。4月末の旅行で風邪をひいてしまっているのだし。


といって、やはり冬眠から覚めた時期なので、お誘いは多くなってきました。

聖霊降臨祭の前日には、友人の家での昼食に誘われました。その前の日曜日の終戦記念日の食事会では、人が大勢いておしゃべりができなかったので、「大したものはないけど、一緒に食事しようよ」ということなのだろうと思って出かけたのだけれど、昼から始まって、食事が終わっておいとましたのは午後9時ころ。


家に入ったらびっくりしました。つい最近、ダイニングとリビングを兼ねている大きな部屋をリフォームしていたのです。

何年か前に、壁に断熱材を入れて現代風にリフォームしていたのですが、以前の田舎風の方が良かったではないかと思っていたのですです。ところが、壁を塗り替えたら、とても良い雰囲気になってしまったのでした。

真っ白だった壁が淡いクリーム色になり、それにピンクがかった紫色でアクセントを入れているのが良い雰囲気を出していました。それから、ゴチャゴチャあった飾り物を片づけたのでスッキリ。



私はこの家は天井が低いのが気に入らなくて、もっと昔風にインテリアが好きなのだけれど、以前よりははるかに良くなったと思いました。

壁の色を変えるだけで、こんなに変わるものかな?... 工事は1週間かかったそうです。担当したのは、家の内装をする仕事をしている息子さん。普通の業者に頼んだら、仕事が遅いフランスのことだから、1週間ではやってくれなかったのは確実だと思います。


写真の奥の壁にある部分がハイライト。ご主人の両親の家の屋根裏部屋にあった、いわくありげな石の彫刻をはめ込んだのです。



漆喰を削って石の壁を出した中にはめ込んだ彫像。なんだか博物館の陳列みたいだけれど、よく出来ていました。

この彫刻が何を意味するのかは、色々と考えてブログで書いていました:
★ シリーズ日記目次: 屋根裏部屋にあった彫刻の解読  2014/05/01

アンティーク鑑定師によれば、聖グレゴリウスのミサの場面です。

この彫刻を置く場所を考えると友人夫妻は言っていたけれど、こんなに良い場所を作ってあげるとは想像していませんでした。

この家の人たちには信仰心は全くないのですが、やはりフランスはキリスト教文化の国だし、両親の形見なので大切にしたかったようです。といって、そのご両親の方は、屋根裏部屋にこんなものがあったなどとは知らなかったかも知れないのですが。

ブログに書いていたのをリンクして気が付きましたが、屋根裏部屋にあった彫刻を見たときから3年近くもたっているということ? 信じられない...。



ついでに、少し前から気になっていたので、この家の柳の木がどのくらいの大きさに成長したのかも庭に出て確かめました。



貧弱な木だったのですが、かなり大きくなっていました。

写真を見てビックリ。その向こうに見えるお隣さんの庭にある木も柳ではないですか? フランスには柳の木がほとんどないと思っていた私なのに...。私の観察力は全くいい加減なのだと自覚しました。

天気予報によれば、最高気温が20度になるまでには、まだ10日くらい待たなければならないらしい。早く半袖でいられるようになりたい...。

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2016/05/12
前回の日記で書いた農家では、朝食に出されたジャムも、もちろん手作りでした。

珍しかったのは、Sureau(セイヨウニワトコ)の花で作ったジュレ。




Sureauは、フランスの田舎でよく見かける植物です。昔はよく食べ物に使ったのでしょうね。年配の人たちは、この香りが懐かしいと言います。

出されたジュレは花で作ると言っていたので、こういうのをとったのだろうと思います。



花が咲いていた写真は6月中旬に撮影していました。

秋になると、黒い実になります。



Sureauを食料にすると聞いて、見かけると写真をとった時期があったので、アルバムに入っていたものを取り出しました。でも、下に入れた実の方は、毒性があるというニワトコ属の植物ではないかと思えてきてきたので、下に比較を入れます


セイヨウニワトコのジュレ

探してみると、花から香りをとるという簡単なレシピでした。タンポポの花で作るジュレと似ていますね。つまり、香りと色をとるけれど、つまりは砂糖水を固めただけ。

出てきたセイヨウニワトコのジュレのレシピの材料は、2つともほぼ同じ。
レシピ 1

傘状の花5~6個
熱湯 1.5リットル
レモン1個のしぼり汁
ジャム用の砂糖 2キロ
レシピ 2

花 150グラム
熱湯 1.5リットル
レモン1個のしぼり汁
砂糖 1キロ
寒天 5グラム

作り方:
  1. 花の茎は、緑色の部分も全て除き(入れると苦くなる)、サラダボールに入れる。
  2. 熱湯をかけてラップし、3日間そのままにしておく。
  3. キメの細かいザルでこして鍋に入れ、残りの材料を加えてかき混ぜ、沸騰してから5~7分煮る。
  4. 出来上がったら熱湯消毒した瓶に入れ、逆さまにして冷やす。


シュローの花をワインに漬け込んで作るVin de sureauもあり、花の選び方が書いてありました。
  • 花を摘むときには花粉が落ちないように注意する(花粉に香りがあるため)。
  • 朝早い時間に摘むのが望ましい。
  • よく開いていて、盛りが過ぎてはいないものをとる。
  • 虫が入り込んでいることがあるので注意する。

同じ材料をワインに漬け込んだものを作るレシピの動画を入れておきます。どうしようもなく不味いワインは変身するという利点があると思いますが、私が普通に入手しているブルゴーニュワインを使ったら、もったいなさすぎると思う...。


Recette du vin aux fleurs de sureau



ニワトコ属の植物

レシピを眺めていたら、食用にするニワトコはsureau noirセイヨウニワトコ)で、紛らわしい植物があるので注意するようにと書いてありました。

フランスの野原によくあるニワトコ属の植物は下の2種類。それから、赤い実がなるSambucus racemosaもあるようです。実に毒性が全くないのはセイヨウニワトコだけ。

セイヨウニワトコ
仏語名: Grand Sureau、Sureau noir
英語名: Elder, Black elder

※高さは7メートル位までに育つ。
サンブクス・エビュルス
仏語名: Sureau hièble、Sureau yèble、Petit Sureau、Hièble
英語名: Danewort, Dane weed

※高さは2メートルを超えない。
開花期: 5月~6月




Sambucus nigra0
開花期:7月~8月



花の先が赤い。

Sambucus ebulus1.jpg
実の房は下を向いている。



実の房は上を向いている。



実をつぶすと臭い。実には毒がある。

Sambucus ebulus fruit Georgia.jpg


2つの違いが分かると、食用にできるセイヨウニワトコは見分けられそうです。実は下を向いているのが特徴なのでした。つまり、私が撮影して上に入れたのは間違っていた! そういえば、匂いを嗅いでみて、ちっとも良い匂いではないと感じていたような気がします。

フランスで見かけるニワトコ属には、Sambucus racemosaの方は、実に軽い毒性があるそうです。見分けは付きそうですね。特に実は、鮮やかな赤い色なの間違えようがない。

学名: Sambucus racemosa
仏語名: sureau à grappes、sureau de montagne、sureau rameux、sureau rouge

Sambucus racemosa Sambucus racemosa



ユダのイメージがあるセイヨウニワトコ

セイヨウニワトコの実が吊り下がった形になっているからでしょうか? フランスでは、これをイスカリオテのユダが首つり自殺した木に例えて「arbre de Judasユダの木)」という人もあるようです。

Judas hangs himself. Gelati fresco

Judas hangs himself. A fresco from the Gelati monastery, Georgia
Galleri: Jesu lidlseshistorie


La pendaison de Judas, Gislebert
Cathédrale Saint-Lazare d'Autun


イスカリオテのユダが首吊りに使った木は、セイヨウハナズオウ(Cercis siliquastrum)という樹木だとも言われるようです。この木は、フランスでは「Arbre de Judée(ユダヤの木)」と呼ばれています。



でも、この木の名前に入っている Judée(ユダヤ地方)というのは、ヤコブの子ユダにちなんでいて、キリストを裏切ったイスカリオテのユダとは関係がないようなのです。

セイヨウニワトコの吊り下がった黒い実は不気味で、その方がユダの木と呼ぶのにふさわしいと私は感じますけど。それにしても、そんな謂われもある木を食用にするのって、薄気味悪いいではないですか?..


忘れ去られた食べ物

ニワトコ属について調べてみたのではありますが、これでジャムやワインを作ったりする気にはなっていません。

農家で出されたセイヨウニワトコの花で作ったジュレは、ほのかな香りがあって「興味深かった」のではありますが、果物で作ったジャムに比べたら、やはり「大好き」と言うほど評価はできません。

タンポポの花で作ったジュレに似ているかな、これはハチミツに似たものができるのですが、やはりハチミツの方が美味しいですよ。

ポール・ボキューズが言ったというフレーズを思い出しました。

Les légumes oubliés, on a bien fait de les oublier.
- Paul Bocuse

忘れ去られた野菜。それらを忘れたのは正解だった。

20年前くらいだったでしょうか。有名シェフたちが、食糧難の戦時中に食べて野菜などを使った創作料理をするのが流行りだしました。

忘れられた野菜というのは、たいてい味が薄いように思います。そういう使って、いかに美味しいと唸らせるかというのはシェフたちには面白い挑戦だろうとは思います。でも、私は美味しいとは思いませんでした。せっかくのフォアグラを、なんでこんな風味のない野菜と組み合わせるんだ、などと思ってもしまいましした。

最近はブームが少し下火になった感じがします。忘れ去られた野菜というのは、やはり美味しくないから需要がなくなったからだと思うのですけど...。


Chantilly pharmacological jar with Kakiemon designs 1725 1751
ニワトコの薬用果汁シロップを入れた薬壺(18世紀)
追記 1

コメントで「エルダーフラワー・コーディアル」というのがあると教えていただきました。

実は、フランスのレシピを探していて、セイヨウニワトコで作ったシロップというのが出てきていまして、花粉症に良いというのに気を惹かれたのですが無視していました。

昔の野菜は美味しくないなどと書いてしまったのですが、昔の人たちは自然の中にある、口当たりも良くて、自然な薬効効果もがある植物を口にしていた、というのも忘れてはいけないと反省しました!

自然の万能薬!エルダーフラワーの効能がすごい!


追記 2:

セイヨウニワトコについて調べると、色々出てきてしまって収拾がつきません。

「ユダの木」と呼ぶというのは、Wikipediaに書いてあったのですが(出典を付けろという注釈付き)、普通のフランス人に聞いても、そんな呼び名は知らないと言われるのではないかと思います。

ともかく、丈夫な木。薬用にも使えるなど身近な植物だったので、ヨーロッパ各地で色々な俗信も生まれたようです。

フランス情報では、oreille de Judas(ユダの耳)というのも出てきました。枯れたニワトコ属の植物から奇妙なキノコが生えるのだそう。

Oreille de Judas

oreille du diable(悪魔の耳)とも呼ばれています。確かに不気味なキノコ。でも、調べてみたら、中華料理でよく使うキクラゲのことなのでした!

このキノコをクラゲに例えるか、ユダや悪魔に例えるか...。文化の違いって面白い。そういえば、クラゲもフランス人には薄気味悪い生き物でしょうね。中華料理のクラゲがコリコリしていて美味しいのだと話したら、あんなものは食べたくないと言われました。


なお、ニワトコは幹の芯を抜き出しやすいので、フルート(ミルリトン、ファイフ)やホイッスルにもされていたとのこと。


Le Joueur de fifre, Édouard Manet(1866年)

日本では単に「笛を吹く少年」という訳されていますが、フランス語の作品名では笛が何であるかを特定していて、これがファイフと呼ぶ楽器なのだそうです。

ブログ内リンク:
★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
L’arbre de Judas et son oreille
【レシピ】
Recette Gelée de fleurs de Sureau
Gelée de fleurs de sureau
Gelée de sureau
Confectionner de la gelée de sureau
Vin de sureau facile
Vin de fleurs Sureau, sirop de fleurs Sureau et gelée de fleurs de Sureau
【忘れられた野菜】
Légumes oubliés
Top 10 des légumes oubliés à redécouvrir en temps de guerre
Pourquoi les légumes oubliés ont-ils été oubliés ?
Les légumes oubliés les exposés de Lucullus Succulus
【ユダの裏切り】
「ユダの接吻・ユダの裏切り」 ジョット
「銀貨30枚を返すユダ」  レンブラント


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2016/05/06
郷土史研究会のようなサークルがオーガナイズした見学会に参加することにしたので、少し遠出をしました。同じブルゴーニュ地方なので、朝早く出発すれば日帰りできなくもないのですが、せっかくなので週末の2泊3日の旅行を計画しました。

村はずれにある集落。しかも行き止まりのようなところに、2泊することにした農家がありました。

小高い山の上にあって、見晴らしが素晴らしい。到着した瞬間に満足してしまいました。



夕方に到着して、その日は農家で夕食を出してもらうことにしていたので、荷物を部屋に置いてから家の周りを散歩してみました。お天気も素晴らしく良かったし。

こういう風景が大好き。牧場があって、遠くに山が見えるという景色です。田舎に憧れる人にとっては理想郷ではないかと思う立地。

少し前には山岳地帯にあるホテルに泊まったのですが、近くに天文台もあるくらいなので素晴らしいところかと期待していたのに全くつまらないところだったのです。自然の中だからって美しいわけでもないのですよね。



ご主人が牧場の杭を直していたので、牛の品種をきいたらJersiaiseだとの返事。イギリスの品種で、フランスでは珍しいのだと言われて、日本ではジャージーと呼ばれる牛だと気がつきました。

九州で何回も通った地域でジャージー牛のミルクを盛んに売っていて、地元の人たちはジャージー牛のミルクがとても美味しいのだと自慢していたのですが、実際のジャージー牛は1回も見たことがありませんでした。日本では牛は余り放牧しないせいかもしれない。

見たいと思っていた牛をフランスで見ることができたので嬉しく思いました。おとなしい牛らしいのですが、あまり人懐こくはないのかな。フランスの牧場にいる牛を眺めようとすると、みんな寄ってくるのに、この子たちには全く無視されてしまいました。賢くて、餌をくれるはずがない人は見分けられるのかな?...

その翌日の朝には、牛たちは別の牧草地に移動されていました。草が多い場所に移したのでしょうが、このくらいたくさん家畜がいると、世話する手間は大変でしょうね...。

まだ牛たちはミルクを出していなかったので、この牛たちのミルクやチーズなどは味わえなかったのが残念。


とても良く道が整備されているので、家の周りの農地を見てあるくのは簡単。ぐるりと見てあるきました。



昔の農家には必ず池があったのだと聞いていましたが、ここにもありました。

農家は16ヘクタールの土地を持っているのだそう。フランスの農家では、100ヘクタール、400ヘクタールという土地を持っていたりするのですが、穀物畑にするのではなかったら、このくらいがちょうど良いくらいの広さではないかな...。



ありとあらゆる家畜がいる感じがしました。たいていは食べ物を生産する動物たちでしたが、ロバも何頭かいました。



自然には逆らわない農業をしているように見えました。ロバも蹄鉄は付けないので、3カ月に1回くらい、爪を切ってあげる必要があるのだそう。

ロバの方も気持ちが良いのか、装蹄師の方に頭をのせて甘えたりしていました。

家畜は全ての種類がいるように見えていたのですが、馬だけは飼っていないのだそう。馬は非常に手がかかるからとのことでした。そう言われて、馬が大好きで何頭も飼っているフランスの友人が、ヴァカンス旅行は全くしないと言っていたのを思い出しました。

山羊の方はミルクを出しているようで、チーズも軒先に干してありました。



家庭用のチーズを干す道具というサイズ。家畜は色々いるし、もちろん手入れの行き届いた野菜畑もある。こういう生活をしていたら、「買うのは塩だけ」という生活が可能ではないかな...。

農家のご夫妻は町に住んでいた人たちでした。20年くらい前、奥さんの方が農業者の資格をとって農業を始めたのだそう。ご主人も農業をしていますが、本職としての仕事も持っていました。そうしないと、家計費が足りないからではないかな。

フランスの場合、ご主人が農業をしていて、奥さんが町に働きに出るというパターンが多いのに、ここは逆。でも、フランスのサラリーマンの労働時間は短いし、休暇も長いので、無理なくやれるだろうと思いました。

何がきっかけで農業を始めたのか聞きそこなったのですが、こういうところで、こういう農業ができたら理想的な生活だろうな、と思いました。

友達の中に、教職を止めて実家に戻り、農業者の資格をとって跡取りになった人がいるのですが、彼の場合だと、農業は仕事でしかないはず。400ヘクタールの小麦畑で大きなトラクターを乗り回し、畑に撒く化学肥料や農薬の買い付けを計算したりするのは、ただの事業家ではないですか? しかも、彼の農場は、ただ平らで広い場所に麦畑が広がっているだけなので、風景は限りなく単調なのです。私には魅了的な転職には思えませんでしたが、親の仕事を途絶えさせたくないということだったのでしょうね。


2泊させていただきながら、この農家のような生活こそが人間らしい生き方だと思って憧れました。



朝食の食卓です。この他にも、近所の脳あが作っているリンゴジュースなどもあって、とても豪華。

近くにパン屋がないし、朝は乳しぼりの仕事などがあってパン屋まで車を走らせることはできないのでしょう。焼き立てのクロワッサンなどはなかったのですが、代わりに奥さんが焼いたケーキが3種類並んでいます。


食卓の横には古めかしい柱時計。毎週日曜日の朝、ご主人がネジを巻いていました。蓋を開けてネジを巻く棒を取り出し、2カ所のネジを巻く。



壁にかかっている猫の絵が気に入りました。食べ物がのっているテーブルを前にして腕組みをして座っていて、「お前、美味しい料理がつくれるのかよ」と言っているように見える。

本物の猫ちゃんも親子で住んでいました。


私の寝室からの眺めです。



赤い矢印を入れたのは、ヒツジたちと一緒の牧場にいるオスの山羊。

まだ若いそうで、いたずらしたくて仕方ないのかもしれない。時々ヒツジたちの方に行って頭突きをしたりしてしまうのでした。

ご主人が名前を呼んでさとすと、悪戯するのは止めて、動かずにこちらを見るのですが、少しすると、またやりだしてしまう。朝に目を覚ますと、まず窓の外を眺めて、この山羊が何をしているかを眺めていました。

猫たちの名前は忘れてしまったけれど、山羊の名前は1回聞いただけで覚えました。

Petit filou(プチ・フィルー)。フィルーというのは、ちょっとずる賢い人などに対して使ったりする愉快な名詞なのです。



宿を発つときは、もちろんプチ・フィルーちゃんにお別れの挨拶をしました。

悪戯をされて困ると話すご主人に、女の子を紹介してあげたらと言ったら、秋にならないとダメなのだと返事されました。そういうものなのですかね...。


追記:
ダイニングルームの壁にあった猫の絵が何であるかコメントで教えていただいたので、続きを書きました:
トミー・ウンゲラーが描いた仏頂面の猫

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