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2018/05/18
前回に書いた「本格的な家庭菜園を持っている魚屋さん 」で書いた野菜畑を見学したとき、かねてから見てみたいと思っていた虫を見ることができました。

その虫がいたのは、この花が咲いていた作物。



何の花か分かりますか?
ジャガイモです。

ジャガイモは元気に育っていたのですが、葉を食い荒らしている虫がいました。



私が名前だけ聞いて知っていた「ドリフォール(doryphore)」という害虫は、これなのだそう。

畑にこの虫が幾つかいたのを見つけた魚屋さんは、こんなヤツがいる、と怒っていました。放置しておくと、ジャガイモは全滅してしまうので退治しなければならないのだそう。食害が進むと、葉脈と茎だけが残る状態になるようです。

もっと醜い虫を私は想像していました。害虫だと知らなかったら、良いデザインではないかと思ってしまいそう。




ドリフォールは、コロラドハムシという害虫

日本語ではコロラドハムシと呼ばれるそうです。英語での呼び名はColorado potato beetle。英語と日本語の名称に「コロラド」と入っているのは、発見されたアメリカのコロラド州にちなんでいるようです。

フランス語の呼び名の「doryphore」はコロラドとは無関係。語源は、古代ギリシャ語で「槍持ち兵士(δορυφόρος)」で、古典ラテン語で「doryphóros」にあるそうです。

Doryphoros.jpgポリュクレイトス作
『ドリュポーロス(槍を持つ人)』
(複製)
※ 古典的なコントラポストの初期の例

Le Doryphore de Polyclète

この害虫が、なぜ槍を持っていることに結び付けられたのかは分かりませんでした。全く関係ないように見えるではありませんか?


フランス人がドイツ人を「ドリフォール」と呼ぶ理由は?

「ドリフォール(doryphore) 」という虫を見てみたいと思ったのは、フランスの友人が「ドリフォール」と言った時、それがドイツ人を意味していると知った時からでした。

ドイツ人はジャガイモが好きだから、それにたかる害虫である国民ということで、そう呼んだのだろう、と私は思いました。でも、調べてみたら、単にそれだけの背景だけではないらしいのでした。

第二次世界大戦中に、フランス人が敵国のドイツ人を貶すために「ドリフォール(doryphore) 」と呼んでいたのだそうです。

この時代のフランスでは、ドイツに占領された地域が広がっていったのですが、占領された地域にはおびただしい数のドイツ兵がいました。それが、ジャガイモ畑を荒らすコロラドハムシを思わせた、という理由が出てきました。なるほど...。

下は、『コロラドハムシの時代』と題した本です。「コロラド」という地名が出てしまうとイメージが他所に行ってしまうので、もしもこの本の翻訳を日本で出版するとしたら、どういう題名を付けるのかな?...

 Le Temps des doryphores


この時代の学童たちは、ジャガイモ畑に行って害虫退治をさせられていたとき、畑に「Mort aux doryphores !(ドリフォールたちに死を!)」と、どうとも解釈できるスローガンを立てり、この言葉をドイツ軍のパトロールとすれ違った時に呟いたとか。


もう1つ大事なことがありました。


戦時中のフランスを荒らした害虫

19世紀半ばから、アメリカのコロラド州から被害を広げた害虫コロラドハムシ。西海岸にまで急速に被害が及んだのですが、同時にヨーロッパ大陸にまで伝播していったのでした。1870年代の後半には、ドイツ、オランダ、イギリスで被害が出ました。

フランスで発見されたのは1922年で、フランス西部のボルドーなどの地域でした。コロラドハムシは、1年に50キロ拡散したそうで、ベルギーやスペインには1935年、スイスには1937年、イタリアには1941年に上陸したようです。

第二次世界大戦は1939年から1945年。コロラドハムシの拡散が大きな問題になった時期でもあったでしょうね。そうなると、フランスを占領しているドイツ軍に、そういうあだ名を付けたくなったのも分かる気がします。

ところで、日本にはコロラドハムシは入っておらず、輸入禁止動物に指定されているそうです。

コロラドハムシの分布
黄色:原産地 | 橙色:現在の分布 | 緑色:ジャガイモの原産地



外国人を貶す呼び方

嫌われ者のコロラドハムシは、フランス以外の国でも、誰か嫌な人を指す言葉として使われることがあるようです。

フランスでも、農村の住民が都会から来た人の悪口として使う地方もあるようです。作物を盗む、釣りや狩猟をする、農村の不動産価格を吊り上げる、などが理由なのだとのこと。

昔のフランス人にとっては、領土を奪われたことが何度もあったドイツに対する恨みが深かったので、ドイツ人に対する侮辱的な呼び名をたくさん作り出していました。ドリフォールなどというのは余り知られていない方かもしれません。

ドイツ人と言う代わり「ボッシュboche)」と言うのも耳にすることがあります。こちらは、第一次世界大戦から第二次世界大戦の後まで言われていたとのこと。ドイツのメーカーの名前か何かなのだろうと思っていたのですが、これは単語をひねくって考え出した造語で、意味としては「tête de bois(頑固者)」なのだそう。フランス語では「石頭」ではなくて、「木頭」なのですけれど。

戦後はフランスとドイツの関係は良好的になったので、侮辱用語を本気で使う人は見かけません。友人たちは、外国人である私に「こういう言い方もあるのだよ」と面白がって教えてくれるだけだと思います。


フランス人は、嫌いな国の人には全部あだ名を付けているのかな?...

考えてみれば、日本でも同じですね。差別用語を書くべきではないすが、「毛唐」というのなど..。「南蛮人」は、もっと凄まじい呼び方ですね。

フランス人が、イギリス人を「ローストビーフ」と呼ぶのも知っています。英語のroast beefは、フランスではrosbifとなっているので、イギリス人と言う代わりに「ロスビフ」と言うのはよく耳にします。

害虫の名前で呼ぶのに比べると、美味しそうなローストビーフを持ち出すのは親切。でも、フランス人たちの口ぶりからして、好意的な意味で言っているわけではないのは明らかです。

なぜイギリス人をローストビーフと呼ぶのかも気になってきたので、調べてみます。

続き:
ローストビーフの美味しさは、肉の質と焼き方によって決まる



ブログ内リンク:
農業者のデモがすさまじい 2015/07/23
★ 目次: ジャガイモ、ジャガイモ料理
★ 目次: フランスの農業と農家 ⇒ 農薬、害虫
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事

外部リンク:
☆ Wikipedia: Doryphore » コロラドハムシ
Les doryphores
☆ Karambolage: le mot boche, chleu et Fritz
Les insultes envers les Allemands
☆ Wiktionnaire: boche
☆ Wikipédia: Boche


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2018/04/30
4月半ば、庭に植えた枝垂桜が満開になりました。



今年の春は、いつになく庭の木々は見事に花を咲かせています。余り実をつけなかった果樹も、花の感じをみると今年はたくさん実りそうに見えるのですが、どうなるかな?...


信じられなかったお話し

少し前のこと。家に電気のメーターを調べに来た人が、悲しいような、微笑ましいような話しをして帰ったと友人が言いました。

近所の人たちから、お宅が飼っている猫がキツネと一緒にいるのを見た、と何回も言われたことかあったのだそうです。ところが、少ししてから、その猫は車にひかれて死んでしまった。

猫が他界した翌日、家の前に来ているキツネを見かけたのでした。その後も、何回かキツネを見た。今までは、家の近くでキツネを見ることはなかったのに。

猫とキツネは友達だった、ということ? 信じられないと思いました。私の猫がキツネに追いかけられているのを見て、驚いたことがあるのです。

隣の家の庭で、何か騒然とした雰囲気になっている気配を感じたので、隣の家の庭を覗いてみると、私の雌猫が必死に走って逃げており、木をよじ登って、こちらの庭に渡って来たので助かったという場面だったのです。

下手したら、私の猫はキツネに食べられていたのだろうと思いました。


キツネと猫が親しくなるということがあり得るのかと思って、インターネットで検索したら、こんな動画が出てきました。


L'amitié improbable entre un renard et un chat

トルコでのお話しのようです。

日本でも話題になったらしい:
野生のキツネと猫が仲良しすぎてかわいい

猫はキツネに負けるものだろうと思っていたのですが、勇敢なネコもいました。




Cat vs fox / an cat i gcoinne an tsionnaigh /Katze gegen Fuchs / Chat contre Renard

ブログ内リンク:
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)

外部リンク:
Les renards représentent-ils un danger pour mon chat?



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2018/03/15
ブルゴーニュにいる友人仲間の中に、とても仲良しの二人がいます。幼なじみの仲だとは知っていたのですが、彼らは enfant de chœur だった仲なのだと言われたときには、少なからず驚きました。


ミサのお手伝いをする子どもたち

enfants de chœur という言葉は、そのまま訳せば「クワイヤの子どもたち」。

chœur(クワイヤ)とは、教会の中で祭壇がある部分で、ここを指します ↓




つまり、司祭が祭壇でミサを行うのを助ける役割を担う子どもたちが enfants de chœur。例外もあるかもしれませんが、子どもたち、伝統的には男の子がなります。

日本では、侍者(じしゃ)、祭壇奉仕者と呼ぶようです。フランス語でも servant d'autel とも呼ばれるそうなので、文字通り「祭壇奉仕者」ですね。

侍者になった子どもたちには、一人ひとりに役割が決まっているそうです。ロウソクを持つ、十字架を持つなど...。




侍者をしていた私の友人たちは、日曜日のミサの他にもミサがあったので、教会で頻繁に手伝っていたと話していました。共に60歳を超えているので、彼らがブルゴーニュの田舎で子ども時代を過ごしていたときには、みんなが信心深かっただろうと思います。

今では、田舎の小さな教会では、近郊の教会で回り持ちで日曜のミサをあげているので、毎週ミサがあるというわけではありません。ミサに侍者の子どもたちの姿が見えるのは、大きな教会か、特別なミサの時だけだと感じています。

下は、ワイン祭で行われた大きな教会でのミサで、祭壇に向かって行進していた侍者たちです。



こんなに勢ぞろいした侍者たちがいるミサは滅多に見ることがないので、写真を撮っていました。


神に奉仕する子どもたちの悪戯

侍者は大事な役割をするので、品行方正な子どもが選ばれるのだと聞いていました。

私の友人たちが侍者をしていたと聞いて驚いたのは、そんなのに選ばれるような子どもだったとは思えない二人だったからです。学校の成績が良かったはずはなく、かなりの悪戯っ子だっただろうと想像していました。

幼なじみの彼らにとって、一緒に教会で侍者をしていたのは楽しい思い出のようで、おしゃべりをしていると何をしていたかなどの話題に出してきます。

そんな話の中に、ミサに使うワインを内緒で飲んでいた、というのがありました。それは、どこの教会でも普通に行われていたことだという話しぶりなのです。

いたずら盛りの男の子たちが集まったら、悪いこともして遊んでしまうだろうなとは思う。でも、神聖な教会の中で、男の子たちが悪ふざけをするなんて想像ができないので、情報を探してみたら、こんな絵画が出てきました。

Demetrio Cosola (1851~95年)というイタリアの画家が描いた、「司祭のワイン(1875年)」と題された作品です。



ほんとうだ。ミサの準備をしているらしい男の子たち。グイっとワインを飲んでいる!


フランスの画家も描いているのではないかと思って探してみたら、幾つも出てきました。

例えば、こちら ↓


Le vin de messe(ミサのワイン)

友人が言っていたように、祭壇奉仕者の男の子たちは、ミサに使う司祭さんのワインを用意しながら、ついでに面白がって盗み飲みしていた、というのは本当らしい!

幾つも出てきた侍者の男の子たちを描いたのは、ことごとくPaul Charles Chocarne-Moreau (パウル・シャルル・ショカルネ=モロー 1855~1930年)という画家の作品でした。

ブルゴーニュ地方の行政中心地のディジョン生まれの画家で、叔父に有名な司祭が2人いたそうなので、こういう光景を見慣れていたのでしょうね。 ワインに格別な思い入れがあるブルゴーニュなので、友人が言っていたように、子どもたちがミサのワインを試飲してしまっていた、というのはありそうなお話し。

余り知られてはいない画家だろうと思うのですが、彼の作品を並べているサイトがありました。

下のリンクをクリックすると作品の画像を見ることができます。お友達らしいパン屋の男の子にワインを振る舞っているという絵画もありました。

画面の最後に出る「+ AFICHER PLUS」の所をクリックすると、さらに絵画が出てきます。

Paul-Charles Chocarne-Moreau

ショカルネ=モローは、庶民の少年たちを多く描いた画家だそうです。何処にでもいそうな腕白少年たちの姿。いかにもフランスらしくて、彼の作品が気に入りました。

作品をスライドショーにした動画があったので入れます。侍者の男の子たちがワインを飲んでいるのを描いた作品は、1分24秒のところから、2枚入っています。


Chocarne Moreau Paul Charles

パン屋さん、真っ黒になっている煙突掃除の男の子をよく描いていますね。


ところで、先に見つけたイタリアの画家も、こちらのショカルネ=モローも、19世紀後半に生まれた画家でした。

それより前の時代には、もっと敬虔な信仰心があって、ミサのお手伝いをする子どもたちがこんな悪戯はしなかったのではではないかと思ったのですが、やはりやっていたのかな?..

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★ 目次: ワインの歴史、ワインビジネス、飲酒規制、ワイン文化など
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など
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外部リンク:
侍者って実はすごい
侍者とは何をする人ですか?
☆ Wikipédia: Paul Chocarne-Moreau
☆ Wikipédia: Plan type d'église


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2018/03/04
何年か前から、聞こえているさえずりが何の鳥なのか識別できるようになりたいと思って、インターネットの鳥図鑑のリンクをとっていましたが、ブログで一覧にすればいつでも使えると思って整理していました。まだ完成していないのですが、送信しておきます。

1つ、2つを聞くと、聞き分けられるようになったと思うのですが、たくさん聞いていると混乱してしまうので、こんな作業をしても意味がないかも知れないのですけれど...。


鳥の鳴き声のネット図鑑


APPRENDRE LES CHANTS D'OISEAUX


は鳥の鳴き声へ、画像はWikipediaにリンク。
 は私でも姿で見分けられたり、鳴き声で聞き分けられたりする鳥たち。

鳥の鳴き声へのリンク鳥に関する情報(Wikipediaリンク)
A
ヒバリ(alouette)
Alouette des champs
ヒバリ
[Alauda arvensis]


Alouette des champs

※ 英語名はEurasian skylark。かなりの速度で空を飛びながら歌う。野原や牧場にいる。
Alouette lulu
モリヒバリ
[Lullula arborea]


Alouette lulu
10月の鳥: 
Alouette lulu et bruant zizi

※ 真夜中に鳴くこともある。
B
Bruant ortolan
ズアオホオジロ
[Emberiza hortulana]


Bruant zizi
ノドグロアオジ
[Emberiza cirlus]


Bruant ortolan et zizi
10月の鳥: 
Alouette lulu et bruant zizi
Bruant ortolan

※ベートーベンの『運命』で有名なメロディーを思わせる。

Bruant zizi
Buse
タカ(鷹)

Buse, Mesanges (bleue, charbonniere et huppee)


Buse variable
C
Chardonneret élégant
ゴシキヒワ
[Carduelis carduelis]


Chardonneret élégant

Chouette hulotte
モリフクロウ
[Strix aluco]



Chouette hulotte


※ホーホーと鳴くのはオス。メスはキーキーと鳴く。
Corbeau
カラス

Corneille
ハシボソガラス

Le grand corbeau et la corneille noire


Corneille noire

※フランスで見かけるのは、こちらの小型のカラス。
F
ハッコウチョウ(fauvette)
Fauvette à tête noire
ズグロムシクイ属
[Sylvia atricapilla]



Fauvette à tête noire


Revision hivernale : la fauvette a tete noire
Fauvette des jardins
ニワムシクイ
[Sylvia borin]


Fauvette des jardins
G
Grimpereau des jardins
タンシキバシリ
[Certhia brachydactyla]


Grimpereau des jardins
ツグミ(Grive)
Grive draine
ヤドリギツグミ
[Turdus viscivorus]


Grive draine
Grive musicienne
ウタツグミ
[Turdus philomelos]


Grive musicienne
Revision hivernale : la grive musicienne

※朝早くから夕方遅くまで鳴く。森におり、鳴き声が聞こえたらかなり高いところを見ると見つかる。
仏語の名前にはミュージシャンと付いているが、和名でも「歌鶫」。確かに美しく鳴きますね。1キロ離れていても聞こえるのだそう。
H
Hypolaïs polyglotte
ウタイムシクイ
[Hippolais polyglotta]


Hypolaïs polyglotte

※ さえずり方の速度が速い。他の鳥の鳴き方を真似したりもしている。
M
Merle noir
クロウタドリ
[Turdus merula]


Merle noir
Révision hivernale : le merle noir


※Merleはツグミ。merle noirはカラスのようで美しくはないが、美しく鳴くので親しまれている。
シジュウカラ(mésange)

Mésange bleue
アオガラ
[Cyanistes caeruleus]


Mésange bleue

Mésange Charbonnière
シジュウカラ
[Parus major]


Mésange Charbonnière


※ mésange(シジュウカラ)の中では最も多く見かける。黄色のお腹に黒いネクタイ。頬は白い。出す音は2つか3つだが、色々な鳴き方をする。
Mésange noire
ヒガラ
[Periparus ater]


Mésange noire


Sittelle, Mesange noire
La buse et les mésanges (Cris de mésange bleue, charbonnière et huppée)
Moineau
スズメ


Moineau et pie


Moineau domestique
P
Pie
カササギ


Moineau et pie

キツツキ科

Pic noir
クロゲラ
[Dryocopus martius]

Pic vert
ヨーロッパアオゲラ
[Picus viridis]

Pic épeiche
アカゲラ
[Dendrocopos major]


Les trois pics : noir, vert et épeiche

pic noir


pic vert


pic épeiche
Pinson des arbres
ズアオアトリ
[Fringilla coelebs]


Pinson des arbres

Pouillot véloce
チフチャフ
[Phylloscopus collybita]


Pouillot de Bonelli
ボネリームシクイ
[Phylloscopus bonelli]


Pouillots véloce et de Bonelli
Pouillot véloce


Pouillot de Bonelli

※ 美しい鳴き声ではない。
R
Roitelet huppé
キクイタダキ(菊戴)
[Regulus regulus]


Roitelet à triple bandeau
マミジロキクイタダキ
[Regulus ignicapilla]


Roitelets huppé et triple-bandeau
Roitelet huppé


Roitelet à triple bandeau
Rossignol philomèle
サヨナキドリ
(ナイチンゲール)
[Luscinia megarhynchos]


Rossignol philomèle
Révision hivernale : le rossignol philomèle


※ 1キロ離れていても聞こえるほど強いさえずりをする。特に5月には一晩中鳴いていることもある。渡り鳥で、フランスには4~10月にいる。姿を見ることは殆どできない。
Rougegorge familier
ヨーロッパコマドリ
[Erithacus rubecula]


Rougegorge familier
Rougegorge en automne
Le rougegorge et le troglodyte


※英語ではrobin。ロビン・フッド(Robin Hood)はこの鳥にちなんでいるのでしょうか?
ジョウビタキ属(Rougequeue)
Rougequeue à front blanc
シロビタイジョウビタキ(白額常鶲)
[Phoenicurus phoenicurus]


Rougequeue à front blanc

※ 町中ではなく田舎に住む。
Rougequeue noir
クロジョウビタキ
[Phoenicurus ochruros]


Rougequeue noir

※ 岩や町村の建物にいるのを見かけるが、本来は森などの岩場で暮らす。
S
Serin cini
セリン
[Serinus serinus]


Serin cini
Sitelle torchepot
ゴジュウカラ
[Sitta europaea]


Sitelle torchepot

Sittelle, Mesange noire
T
ミソサザイ(troglodyte)
Troglodyte Mignon
ミソサザイ(鷦鷯)
[Troglodytes troglodytes]


Troglodyte Mignon
Le rougegorge et le troglodyte


※ 小さな鳥で、10グラムくらいしかない。
V
Verdier d’Europe
アオカワラヒワ
[Chloris chloris]


Verdier d’Europe

9月の森: Une balade en foret en septembre
grimpereau des jardins, pic epeiche, geai, rougegorge

秋の野鳥: Une balade en automne
Cris de grive draine, grimpereau des jardins, rougegorge et mesange a longue queue

夏の虫たち:
Ambiance des soirs d’été : grillon d’Italie et grande sauterelle verte

ブログ内リンク:
★ 目次: 森や野原に咲く春を告げる花々
★ 目次: フランスの田園に咲く野生のラン
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

外部リンク:
☆ YouTube: APPRENDRE LES CHANTS D'OISEAUX
☆ YouTube: RECONNAITRE LES CHANTS D'OISEAUX


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2018/02/08
フランスには「monument historique歴史的建造物)」と呼ばれる文化遺産保護の指定があります。

Logo monument historique - rouge ombré, encadré.svg観光しているときには、そのロゴマークが建物の入り口についていると見学する価値がある、と判断できます。

日本でいえば国宝とか重要文化財に匹敵するものですが、日本より保護の規制は厳しいのではないかと感じます。

このブログでも度々書きましたが、たまたま歴史的建造物に近い所に家を持っていると、景観を乱さないようにと規制されるので自由が奪われるのでやっかい。歴史的建造物に指定されている城などに住んでいる人が、その建物をきちんと修復維持しなければ、売却を強制させられます。

そんな話しを聞いているので、歴史的建造物は保護されているはずだと思うのですが、この状態で放置しておいて良いのかな、とおもってしまう建物にたまに出会うと奇妙に感じます。

フランスで歴史的建造物として指定されている建造物の数を確認したら、現在は14,100とのこと。その下の段階として、登録されている建造物も合わせると、43,600にもなっていました。日本で指定を受けている建築物の数は、国宝が225、重要文化財が2,480。フランスは数が多いので、見逃されている歴史的建造物もあるのかな...。

ついでに、歴史的建造物が多い地域は何処なのか調べてみました。色が濃いほど、歴史的建造物として指定されている件数が多い県です。

Densité de bâtiments monuments historiques hors objet mobilier par département et par 100 km2

黄色の県は、100Km2 あたり2~4しかないというのは寂しいですね。例えばコルシカ島は、自然は美しいけれど、見学する価値がある古い建築物は非常に少ないと感じましたけれど。


立派な建築物なのに、かなり状態が悪かった教会

去年のことですが、Le Mesnil Aubryという町にある教会を見学したとき、こんなに放置してしまうのかと驚きました。

16世紀に建てられた教会で、1840年という早い時期に歴史的建造物に指定されていました。


Église de la Nativité-de-la-Vierge du Mesnil-Aubry


エクアンの教会で見た黒い帯とステンドグラス 」で書いたエクアンの町に近い村にあります。エクアンの教会と同様に、アンヌ・ド・モンモランシー大元帥((1493~1567年)に関わる教会なのですが、建物としてはこちらの方がずっと立派。でも、こちらはかなり保存状態が悪いので驚きました。ほとんど修復されていないというより、放置されているという感じさえしました。

↓ 教会の外壁、窓の下にあった彫刻です。




かなり痛んでいますが、繊細な彫刻。右の部分は、葉のついたブドウの木に取り巻かれている天使とのこと。

教会の中も見事なのですが、床には雨漏りの後があったり、ハトの糞で汚れていたり...。




聖母子像は、この教会が建てられる前にあった教会のもので、14世紀に作られた石の彫像。彩色が施されていたのに、修復でなくなってしまったのだそうです。


Vierge à l'Enfant allaitante


美しいステンドグラスもありました。

下のステンドグラスは、16世紀に作られたガラスのパネルを使って、18世紀に再構成して作られたものなのだそう。



下の部分は最後の晩餐の図ですね。中央にいるイエスに抱えられて伏せているのはユダなのかな?...

その場面の上部に描かれているのは、『創世記』に登場するイサクの燔祭(はんさい)だそうです。

普段は入口が閉ざされている教会だったのですが、近くに住んでいるマダムが教会の鍵を開けて見学させてくださいました。それにしても、これだけ放置されているということは、地域に信者さんが余りいないからなのかな...。




ブログ内リンク:
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱、建築技術
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク
☆ Wikipédia: Église de la Nativité-de-la-Vierge du Mesnil-Aubry
☆ actu.fr: L’église du Mesnil-Aubry
☆ Ministère de la Culture: Monuments historiques
☆ Wikipedia: Monument historique (France) »  歴史的記念物 (フランス)
☆ 文化庁: 文化財指定等の件数



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2018/02/01
レジオンドヌール勲章って、なんだか変... 」で書いたレジオンドヌール勲章をもらったフランスの友人は、少し浮世離れした人なので、叙勲式に招待されて行ったときには面白い話しを聞きました。

この勲章が「なんだか変」と思った続きを書きます。


フランスで勲章をもらうなら、自分で勲章を用意する

レジオンドヌール勲章は、それをすでにもらっている人が誰かに与えるということのようです。私の友人の場合は、もと大臣だった人が勲章を与えたという筋書きでした。叙勲式はパリ市庁舎で行われ、パリ市長がセレモニーを取り仕切っていましたが、友人の首に勲章をかけたのは元大臣だった人でした。

その元大臣は、友人の叙勲式が迫ったときに電話してきて、「ところで、きみ、勲章は用意してある?」と聞いたのだそう。

友人夫妻は、受賞する本人が自分で勲章を用意しておかないといけないのだと知って慌てたのでした。「もう1週間しかなかったのだから困るじゃないの。何処で勲章を買えば良いのか、私たちは知らないのだし」、と奥さんは笑いながら私に言いました。

でも、私でさえも、フランスで勲章をもらうときには、自分で勲章を用意することになっているのは知っていたのですけど...。

それを知ったのは、在日フランス企業で働いていたときでした。広報部長だったフランス人が、職業上で功績があったという勲章をもらうことになったのです。威勢の良い年配の女性だったので、「勲章は自分で買って用意しておかなければいけないのですって! とんでもないわよ~!」とオフィスで息まいていたのです。

友人が叙勲式に必要な勲章は持っていないと元大臣に答えると、彼は幾つも持っているので、1つあげると言ってくれたのだそう。それで、無事にセレモニーができた、ということだったのでした。

そういえば、似たような話しが日本でもありました。

結婚式をあげたカップル。当日の控室で、式を取り仕切る係の人から「結婚指輪をお預かりします」と言われたのだけれど、そんなものは用意していなかった二人。新婦の方は婚約指輪をもらっていたので、それを外して係の人に預け、それで指輪交換の儀式が筋書き通りにできたのでした。

日本では、婚約指輪を男性が相手の女性に渡すというのは普通にするけれど、結婚指輪をする人は少ないと思うので、当日用意していなかったというのは分かる気がします。

でも、考えれてみると、日本の結婚式で指輪交換をするのって奇妙ではないですか? 結婚指輪をしている日本人男性は見たことがないですもの。みなさん、セレモニーのためだけにご購入なさるのでしょうかね...。




それにしても、友人夫妻が勲章を自分で用意しなければいけないのを知らなかったというのは、腑に落ちませんでした。レジオンドヌール勲章は下のランクから順番にもらって昇格していくので、彼の場合は過去に2回の叙勲式を経験していたはずなのです。

知らなかったとしたら、前の2つの勲章をもらった時にはどうしていたのか不思議...。

別の友人に聞いてみたら、こういう場合は、たいてい友人たちなどがカンパして勲章をプレゼントするものなので、自分で買う必要があるとは思っていなかったのではないか、とのこと。レジオンドヌール勲章も3個目ともなったら珍しさがなくなって、彼の友人たちは心配してくれなかったかな?...

本人は当日初めて勲章を見る、というのもありえるかもしれない。私が行った受勲式では、ご本人が到着する前に会場に置いてありましたので。


レジオンドヌール勲章のお値段は?

そもそも、勲章をもらっていなくても買える、というのからして奇妙ではないですか? でも、パリを散策していたとき、勲章を売っている店を見かけたので、こういうところで買うのかなと思いました。



レジオンドヌール勲章であろうと、誰でも勲章は買えるけれど、それを付けて外出したり、悪用したりしないのなら、趣味で持つのは自由らしいです。

ところで、レジオンドヌール勲章のお値段はどのくらいなの? 勲章を扱うネットショップはありそうなので、友人がもらったコマンドゥール(3等)の勲章が幾らで売られているのか調べてみました。

この勲章に関するフランスの記事を読んでいたら、例えば造幣局で買えば良いと書いてありました。パリのセーヌ川の畔にあるパリ造幣局(Monnaie de Paris)の博物館のサイトを見たら、512ユーロで販売していました。7万円余りとは、かなりお高いのですね。

そんなお金は出せない人が受勲する時は、どうするのだろう? 結婚式に婚約指輪で指輪交換のセレモニーをするように、それらしきものを出して叙勲式ができるとは思えないけれど...。

他にもレジオンドヌール勲章を売っているサイトがあり、こちらでは同じものらしい純銀に金を施したコマンドゥールのメダルが395ユーロとなっていました。銅に金をほどこした勲章なら、265ユーロ。

銀のメダルにすることにした場合、5万円払うか、7万円払うかの違いがでます。その差額って何なのだろう? 同じものでも、造幣局では目いっぱいの価格で売っているということなのかな?...

ところで、この記事を書きながら、彼はその後にもう1つ上のグラントフィシエ(2等)に昇格していたのを知りました。そんな話は全く聞いていなかったので、共通の友達で、ニュースもしっかり読んでいるフランス人に聞いたのですが、知らなかったと言っていました。グラントフィシエといえば、もらえる人はかなり限られるのですが、そんなに大きくは報じられないのでしょうね。

上のランクになると、勲章のお値段も跳ね上がるのですね。友人が最近にもらったグラントフィシエは、フランス造幣局では1,190ユーロで販売していました。17万円ですよ~! もしも誰もプレゼントしてくれなかったら、彼は自分で買ったのかな?...

日本で天皇陛下から勲章をいただくときに、その勲章を自分で用意する必要があるということはないですよね? 私の父も何かの勲章をもらっていたので聞いてみたら、自分では用意しなかったと返事された気がします。

でも、父が受勲したら、色々な人に引き出物みたいなものを送っていたので、日本でも受勲にお金がかかるのは同じかもしれません。受勲するとなったら、大きなカタログが送られてきて、その中から引き出物を選んでいました。私にも、やたらに大きな置時計をくれましたが、嬉しくもない。3年くらいで壊れてしまったので、捨てました。


勲章には表と裏があった

ネットショップのサイトに入っている勲章の画像を眺めて、不思議に思ったことがありました。

前回の日記に入れるために、友人の叙勲式が始まる前に置かれていた勲章の写真をブログに入れるために加工したわけなのですが、気がついたことがあったのです。



濃紺のクッションに置いてあった勲章は、中央の部分が2つの旗を交差させてデザイン。ところが、ウエブに入っているコマンドゥール(3等)の勲章の画像は、中央の部分がフランスのシンボルであるマリアンヌらしき顔なのです。

Wikipediaに入っていた画像も、それでした。

Commandeur de l'Ordre de la Légion d'Honneur avers.jpg

2種類あるのかな? 元大臣がプレゼントしてくれたのは、ひょっとして偽物だったのではないかと疑ってしまいました。

価格を調べるために眺めたサイトでは、中央が違う勲章の写真が2つ入っていました。説明を読んだら納得。

この勲章の表面は、フランスの象徴マリアンヌの横顔の回りに「フランス共和国」と書かれてある。裏側は、2つのフランス国旗の回りに「名誉と祖国」の文字、その下に創設された年号として「29 floréal An X (1802年5月19日を意味する)」と刻まれているのでした。

勲章を首にかけた友人の姿を写した写真を眺めてみたら、マリアンヌの方の面が出ていました。叙勲式が終わった後に、一緒に行った友人が面白がって自分で勲章を首にかけて写真をとったりしていたのですが、誰かが「それでは裏返しだ」と言って直していたのを思い出しました。

としたら、セレモニーが始まる前には、裏側を表にしてクッションに置いていたことになります。なぜ? 市役所にはプロトコールの専門家がいるはずですから、間違えたとは思えない。

まだセレモニーの前だから、裏側を見せることになっているのかな?.... どうでも良いことですけど。


叙勲式は自分でオーガナイズするの?!

日本で天皇が行う勲章親授式は、春季と秋季に皇居で行われ、文化勲章は文化の日と決まっています。でも、レジオンドヌール勲章ではそうではないのでした。

Emperor Akihito Yoshiro Mori and Hideki Shirakawa


レジオンドヌール勲章の叙勲式は、ご本人がセレモニーを行う日や場所を決めることができるそうです。セレモニーで勲章を与える人を誰にするかには少し条件がありますが、列席者を選ぶのは自由なようです。

叙勲式は官報で発表されるので、その翌年に行うのが望ましいとのこと。外国人の場合は叙勲式を行わなくても良いとあるので、フランス人の場合はセレモニーを行うのが義務らしい。

勲章も買って、セレモニーやレセプションの会場まで決めなければまらいなんて、面倒くさいではないですか? 自分ですべてやったら、ますます勲章を「いただいた」という気分にはならないのでは?

ところで勲章ですが、軍人の場合は官報での発表後すぐに付けて歩いて良いけれど、それ以外の人は叙勲式が終わってからでないと付けてはいけないことになっているのだそうです。

レジオンドヌール勲章を叙勲した人は、レジオンドヌールのオルドル(騎士団)のメンバーになることができるわけですが、それの事務手続きの費用を負担しなければいけないようです。下の等級で50ユーロ、最高の等級で200ユーロ。


レジオンドヌール勲章をいただいたメリットは?

叙勲式が終わった後には、友人夫妻の家に来るように言われていました。それで会場を後にして、パリ市庁舎から出て道路に立つ。すると、彼らはバス乗り場に向かって歩き出し、バスで帰宅したのでした。

こんな権威がある勲章の授章式をオーガナイズしていたのはパリ市だと思っていたので、お車を用意しなかったのかと少しおどろきました。友人夫妻も、セレモニーで疲れたからタクシーで帰ろうとしなかったのも不思議。彼らのマンションは、会場だったパリ市庁舎に近い地域にあるので、タクシー代を節約するほどのこともなかったのです。

帰宅したら、友人は無造作に勲章を玄関の下駄箱の上に置きました。その翌日も遊びに行ったのですが、勲章はまだそのまま。レジオンドヌール勲章を辞退はしなかったけれど、私の友達は受勲を特別なことだとは思っていなかったのでしょうね。

叙勲式から帰って、彼らの家で寛いでおしゃべりをしたとき、レジオンドヌール勲章が役にたつのは旅行するときだなのだ、と友人は笑いながら話していました。

フランスで交通違反の取り締まりをしているのは、都市ではポリスと呼ぶ警官ですが、地方では地方警察官。地方警察官は、軍隊に属しているの人たちです。レジオンドヌール勲章は本来は軍人に与えるためにできたものなので、地方警察官たちにとっては、この勲章をもらった人は自分たちのお仲間だ、という意識があるのだそうです。

友人が旅行するときには、車のグローブ・ボックスにレジオンドヌール勲章を入れておくことにしている、と話しました。スピード違反をしてつかまったときに、ちらりと見せる。すると、警察官は尊敬のまなざしで見てくれて、交通法規違反なんかは見逃してくれるのだそうです。彼だったら、ひょうきんな顔をして、そんなことをやってしまうかな...。

これも日本で聞いたことがあるお話しだと思ったのですが、「この紋所が目に入らぬか!?」というのと同じ効果があるというわけですか...。


それを私の友人が思いついたとも思えない。ひょっとしたら、フランスのレジオンドヌール勲章をもらったお仲間たちはよくやっているから、彼に教えてくれたのではないでしょうか?

追記(2018年2月)
勲章には全く興味がない私なのですが、書き出してしまうと疑問が次々と浮かんでくる。

ナポレオン1世がレジオンドヌール勲章を創設した時、彼は勲章を軍人だけに与えたのだろうと思ったのですが、そうでもないのでした。社会に貢献した評価した医師、企業家、芸術家などにも勲章を与えていました。フランス第二帝政になるまでの時期に、受勲者に占める軍人は75%だったそうです。その後、軍人以外の受勲者の割合は増えて、パーセンテージは逆転しましたが。


書きながら調べてみたら、このレジオンドヌール勲章をいただいた(買った?)のは名誉だと思って喜ぶなら良いけれど、実質的なメリットはほとんど無いようなのでした。ノーベル賞を受賞すれば1億円くらいの賞金をいただけますが、レジオンドヌール勲章でもらえるお金はゼロに等しいそうです。

レジオンドヌール勲章でも年金支給があって、いちおう等級が上がるにつれて高くなります。

でも、最低ランクのシュヴァリエで、年に6.10ユーロ(約850円)。フランス大統領にでもならないともらえない、最高ランクのグランクロワでさえも36.59ユーロ(約5,000円)。こんな形だけの恩給なんて廃止すべきだと主張する人たちがいるそうです。支払いに手間がかかるだけなので、止めた方が良い、と私も思いますね...。


レジオンドヌール受勲者の娘たちだけが入学できる学校

レジオンドヌールの受勲者にとって、何かメリットがあるのかを調べていたら、そういう学校があるのを知りました。Maison d'éducation de la Légion d'honneur(「レジオンドヌール教育の館」と訳す?)という名前で、中等教育と高等教育が行われる学校でした。

学校の創設者は、レジオンドヌール勲章をつくったナポレオン1世。レジオンドヌールを受勲した軍人の娘、孫、ひ孫の女の子で、孤児だったり、貧しかったりしても教育を受けられるように、というのが目的で作られた学校だそうです。なぜ女子だけなのか気になりますが、男の子の方は何とかなるからなのでしょうね。

ナポレオンは戦争ばかりしていて、大量の戦死者を出したためにフランスを人口危機に貶め、戦争で使うために農耕馬を没収して農業を危機にもした人なわけです。軍人を死なせてしまうけれど、遺族の面倒はみるのだ、とアピールすることを考えたのでしょうね。

レジオンドヌール勲章をもらった人の3世代の女の子が入学できる学校は、今でも非常に高度な教育が行われている公立学校なので、受勲の特典と言えるようです。入学できる人数は限られているようですが。

この学校出身のマドモアゼル達のバカロレア(大学入学資格試験)合格率は100%、その半分以上は最優秀の評価を獲得していうというので、教育レベルの高さはうかがわれます。音楽などカルチャーの授業にも力を入れているのだそう。

この学校の生徒は、全員が寄宿生活をします。生徒たちは学年によって色分けされた襷(たすき)を付けた制服を着ていて、軍人さんの学校の雰囲気に見えてしました。

学校の様子を見せるテレビ番組があったので入れておきます。もっと長いルポルタージュは、情報リンクのYouTubeをご覧ください。


Les Demoiselles de la Légion d'honneur - Visites privées

こんな学校がフランスにあるとは、私は知りませんでした。なんだか、異様なフランスの一面のように見えてしまうのですけど...。

学校は、パリ首都圏にあるサン=ジェルマン=アン=レー市とサン=ドニ市にあるのですが、上の動画で紹介さえている学校は、サン=ドゥニ市にある見事な建物で、広大な敷地(24ヘクタール)の学校の方。日本ではありえないゆな恵まれた環境に見えますが、ナポレオンが好きでなかったら学校生活はできないでしょうね。いたるところにナポレオンの肖像画が見えますので。

この学校で勉強するためには、年に2,600ユーロ(約36万円)の教育費のほか、制服も買う必要があります。第一に、難関の入学試験に合格しなければならない。

そのほかのメリットとしては、レジオンドヌール勲章のオルドル(騎士団)に入っている人が入れる豪華な老人オームなどというのもありました。でも、それだって空きがないと入れないのではないかな...。

こちらの動画が説明しています。

Les avantages de la Légion d'honneur




レジオンドヌール勲章について書いたのですが、偶然がありました。

少し前にルネサンス美術館になったエクアン城について書いたのですが(ルネサンス美術館となっているエクアン城)、1807年に皇帝ナポレオン1世の命で、レジオン・ドヌール受勲者の娘たちのための寄宿学校がエクアン城に設立され、移転するまでの150年間、城は学校として使われていたのだそうです。

前の記事:
レジオンドヌール勲章って、なんだか変... 2018/01/25

内部リンク:
★ 目次: 戦争、革命、テロ、デモ

外部リンク:
☆ Wikipedia: Ordre national de la Légion d'honneur » レジオンドヌール勲章
☆La grande chancellerie: Préparer sa remise de décoration
☆ Monnaie de Paris: Médaille et Rosette Légion d'Honneur
☆ Mouret Médailles officielles: Ordre de la Légion d'Honneur
Recevoir la Légion d'honneur, ça change quoi
☆ YouTube: Grands Reportages du 3 septembre 2017 Les filles de la légion d'honneur TF1
☆ Wikipédia: Maison d'éducation de la Légion d'honneur
☆ レジオン・ドヌール勲章(Légion d'honneur)(1) (2)
☆Le Parisien: “C'est avec des hochets que l'on mène les hommes”
ノーベル賞の賞金はいくら?



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2018/01/15
何度聞いても覚えられない単語と、一度聞いただけで覚えてしまう単語があります。すぐに覚えてしまうのは、その発音でよく知っている単語があるときが多いように思います。

例えば、教会でたまに見かけることがある「リットルlitre)」というのがあるのですが、この専門用語を記憶しておこうと思うまでもなく覚えました。

計量単位の「リットル」と同じ発音で、スペルも同じなのです。フランス語だというだけではなく、日本語でもリットルというのですから覚えやすい。

ただし、フランス語で「1リットル」というときの「リットル」は男性名詞ですが、教会にあるリットルは女性名詞という違いはあります。同じ発音ながらも2つの意味で使われる単語なわけですが、後者の方はラテン語の「lista(縁取り)」から来ているそうなので、語源は違うのでしょうね。


◆ 「リットルlitre)」と呼ばれる葬儀の黒い帯

フランス革命が起きる前のフランスでは、貴族などの名士の葬儀が教会で行われるとき、その人の紋章を入れた黒い帯状の布を張ったり、教会の壁に黒い帯を描いていました。

そういう帯を「litre(リットル)」と呼ぶそうです。

Wikipediaに入っている画像をお借りすると、こんな感じ。

Poullignac 16 Litre funéraire 2012.jpg
Église Saint-Martin de Poullignac


葬儀のときの演出です。悲しいことは黒で表現するのは万国共通なのでしょうね。日本でも、葬儀の時には黒い垂れ幕ではなかったでしたっけ?

... と思ったのですが、日本は黒と白の組み合わせでしたね。幾つか呼び名があるようですが、「鯨幕(くじらまく)」と呼ぶのだそう。そんな単語を私は使ったことがなかった...。



日本では弔事には白色を使う習わしだったのだそう。それなのに黒い色に弔辞のイメージが強くなったのは、西洋文化の影響からだという記述がありました。

喪服が黒と決まっているのも、同じ経緯を辿ったようです。そんなに古来から習慣が変えられてしまうものかな?... 喪服が白だと不便だったからという説明もありました。第二次世界大戦で葬儀が多くなったら、喪服を着る機会も増えて、そうなると白だと汚れが目立ってしまうので黒が好まれたとか。それだと何となく納得します。


話しをリットルに戻します。

この紋章が入った黒い帯は、外側にも描かれることがあったのだそう。


Église Saint-Joseph d'Escoire

リットルは教会内部で見ることが多いのですが、建物の外だと保存されていることが少ないからでしょう。修復したら壁に描かれていたのが出てきた、ということも多いようです。葬儀が終わったら、壁にフレスコ画のように描いた黒幕は残しておかないで、上から漆喰でも塗っていたのではないかと思う。

リットルという呼び名を教えてもらったのは、ずいぶん前のことでした。歴史の先生をしていた友人がブルゴーニュにある教会に残っていたリットルを見せに連れていってくれたのです。

今でもリットルが見れるのは非常に珍しいのだと言われたのですが、その後に教会に入ると、時々見かけています。でも、たまに、という程度でしょうね。


エクアンの教会

ルネサンス美術館となっているエクアン城を見学したときのことを書きましたが(ルネサンス美術館となっているエクアン城)、その後には、高台にある城から見えた教会にも行ってみました。ついでに行ってみただけなのですが、なかなか見どころのある教会なのでした。



教会の名前はÉglise Saint-Acceul。Saintと付いているので、Acceulという聖人を祭った教会なのでしょうが、Acceulという名前の聖人がいたとは知らなかった。綴りは「accueil(もてなし)」と似ているから、なんとなく奇妙。この聖人を祭っているのは、フランスでもエクアンしかないようです。

エクアン市のツーリストオフィスのサイトに、この教会の内部を見れる3D(と呼ぶのかな?)の画像が入っていました:
☆ 教会の内部のヴァーチャル・ヴィジット

こういうのをインターネットに入れてくれていると良いですね。写真を撮っただけだと、どういう風につながっているのか分からなくて、年月がたつと、どんなだったかを忘れてしまうので。


エクアンの教会に残っているリットル

私がエクアンの教会に入ったとき、真っ先に目に飛び込んできたのはリットルという黒い帯状の壁画でした。リットルの保存状態がかなり良いので、よく見えたわけなのですが、修復して残したようでした。










ここのリットルが気になったのは、私には馴染みのあるコンデ公の紋章だったからでした。



百合の花が3つのフランス王家の紋章の中央に、右下がりの赤い線が入っているので見分けられます。プリンスの血筋を持つブルボン家の家系。

でも、歴史上でコンデ公は何人もいました。どのコンデ公の葬儀だったのか?

調べてみると、フロンドの乱で名前が登場する有名な大コンデ(ルイ2世)の息子で、1696年にエクアン城を相続したHenri-Jules de Bourbon-Condé(アンリ3世 1643~1709年)だったそうです。




でも、コンデ家のお気に入りの城はシャンティーイ城だったはずなので、エクアンでコンデ公の葬儀が行われたとは考えられない。おそらく、城主様が亡くなったので、エクアンの教会でもミサをあげた、ということではないかな...。


ステンドグラスが美しい

16世紀前半、アンヌ・ド・モンモランシー大元帥((1493~1567年)はエクアン城を建築したのですが、それと同じ時期に教会も建てられたのだそう。

フランス革命で破壊されなかったステンドグラスが見事でした。最も古いものは1544年に制作されたと記されていました。

モモランシーの家族も描かれています。

下の右側で跪いているのが大元帥。



奥様のマドレーヌ・ド・サヴォワは、別の窓に描かれてしました。




別のステンドグラスに、何か奇妙なものが見えました。足元のところにあったのですが、何なのだろう?...




下は時代が下って18世紀のステンドグラスのようです。



コンデ家が教会の修復と建築を引き継いでからは、モモランシー時代のように貴重な建材は使わなかったとあったのですが、これも手抜きかな。中央部分はシンプル。でも、縁取りがとても美しいと私は思いました。





洗礼盤の彫刻も見事。


Fonts baptismaux

信者の人らしきボランティアの方が説明をしてくれたので、いつの時代のものか教えていただいたのだろうと思いますが、忘れてしまった...。

教会の見学を済ませると、近くにあるツーリストオフィスの庭でカフェをしていると教えられたので行ってみました。宣伝などはしていないので、教えてもらわなかったら見つけられなかったと思う。観光地なのに飲食店が少ないエクアンの町なので、住民の人たちが開いているようです。

私たちがジュースを飲んでいると、教会を案内してくださった男性が来たので、お礼になると思って誘いました。アルコール飲料を出す許可はとっていないカフェらしく、メニューにはジュースやお茶程度しかなかったのですが、彼はパナシェを飲むと言います。

パナシェを注文すると、お給仕の人は「そんなのはありませんよ」と答える。確かに、飲み物リストには入っていないのです。でも、住民同士のお友達でしょうし、いつも彼が来たときはそれを注文しているはず。

ちゃんと持ってきてくれました。パナシェはビールをレモネードを半々で割った飲み物です。これはアルコール飲料にならないのか、あるいは住民の人たちのために隠してストックしている飲み物だったのか...。フランスは大らかで良いです。




ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: 色について書いた記事
★ 目次: フランスに結婚に関する風習、夫婦・家族関係、生き方

外部リンク:
Wikipédia: Litre funéraire
Wikimedia Commons: CategoryLitre funéraire
Encyclopédie, ou Dictionnaire Raisonné des Sciences, des Arts et des Métiers: LITRE
鯨幕の意味
鯨幕とは (お葬式の豆知識)
喪服はなぜ黒いの?いつからそうなったの?

Office de tourisme d'Ecouen: Eglise Saint-Acceul
Wikipédia: Église Saint-Acceul d'Écouen
actu.fr: L’église Saint-Acceul d’Écouen
Wikipedia: Maison de Condé » コンデ公
Wikipédia: Henri-Jules de Bourbon-Condé » アンリ3世 (コンデ公)
Château d'Ecouen, XVIe siecle.



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2017/12/10
たまたま見つけた城が素晴らしかったと話す友人がいました。好みが合う人なので、私も気に入る城かもしれない。城の名前で検索してみました。

オリクール城(Château d'Oricourt)という名前。フランシュ・コンテ地方のスイス国境に近い所にあって、12世紀に建築された城でした。

私の好みにあった城ですね。フランスにある城には色々ありますが、要塞の目的で建てられた中世の城が最も気に入っているのです。


Oricourt - Chateau d'Oricourt

かなり保存状態が良いですね。

オフィシャルサイトには写真がたくさん入っていたので、城の様子がよく見えました。

オーナーの人が城の修復について話しています ↓


Château d'Oricourt - Convention de mécénat

こういう城に住んでみたいな...。中世の建築物を修復・保存するのは気が遠くなるような努力が必要でしょうけれど。




ブログ内リンク:
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱、建築技術

外部リンク
☆ オフィシャルサイト: Château médiéval d’Oricour
☆ Wikipédia: Château d'Oricourt



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2017/10/22
フランスで短い旅行に出るときには、できるだけ避けた方が良い曜日があります。


車で旅行するときに避けたい曜日

フランス人の4人に1人はパリ首都圏に住んでいますので、彼らの動きに気をつける必要があります。

その1
金曜日の夕方から土曜日にかけて、パリから地方に向かうのは避ける

パリに住んでいる人が農村で週末を過ごそうとして出かけるので、道路が渋滞するからです。地方からパリに向かう分には全く問題がありません。


その2
日曜日の夕方に、地方からパリに向かうのは避ける

田舎で週末を過ごしたパリの人たちがパリに戻るからです。


その3
週末の動きのように注意しなければならないのは、ヴァカンスシーズンも同様です。パリの人たちだけではなくて、多くの人たちが旅行をするために渋滞が起きるのです。

特に7月と8月が顕著。なぜか、区切りが良いように1日に出発する人が多いような気もするので、その時を避ける。テレビでは高速道路の渋滞注意報をするので、それを参考にします。


車で旅行するとき、日曜日は快適

パリ首都圏の人たちがどの方向で移動するかというのを別にすれば、日曜日の道路は渋滞が少ないというメリットがあります

フランスの高速道路では、大型トラックがたくさん走っています。3車線でも、トラック同士で追い越しをされると時間がかかるので、非常に迷惑。



ところが、日曜日には、高速道路にトラックの姿はないので、非常にスムーズに走行できます。冷凍食品の運搬など、特殊な場合には走行が許される特例を除けば、トラックは走れないという法律があるからです。

日曜日にはトラックがいないと書いたのですが、正確にはどうなっているのか、調べてみました。

トラックが走行禁止の日 禁止時間
土曜日
祭日の前日
22時から24時
日曜日
祭日
0時から22時
祭日でもある土曜日
祭日の前日に当たる日曜日
0時から24時 


バカンスシーズンの土曜日に対する走行規制もありました。2017年の場合は、7月29日、8月5日・12日・19日・26日。アルプス山脈があるローヌ=アルプ地方では、ウインタースポーツの時期の5週間の土曜日が走行禁止なのだそう。

ただし、パリ首都圏のイル・ド・フランス地方では、また別の規制がありました。ややっこしいのだ...。


美味しい料理を食べたいときには、曜日に気をつける

まず、土日と祭日を避けられると、ミシュランの星を持つようなレストランでも、平日ランチメニューを食べられるのでお得。

平日ではないときには予算をあげておく必要があるわけですが、日曜日にはオープンしていない店が多いので注意が必要です。

フランス人たちは、週末には田舎に行ってのんびりする習慣があるからだろうと思うのですが、大きな町の目ぼしいレストランは、日曜日を定休日にしていることが非常に多いです。

ほとんど100%は閉まっている、と思った方が良いくらい。例えば、パリで3つ星を持つレストランの定休日を調べてみたら、日曜日にも開いているのは、超高級ホテルの中にあるレストラン1軒だけでした。



田舎では日曜日でもオープンしていることが多いのですが、評判の良いところは予約で満席になってしまうので、早くから予約をしておく必要があります。

それから、夫婦だけで働いている田舎の小さなレストランでは、水曜日を定休日にしているところも多い感じがします。

これは学校が休みのときには子どもと一緒にいたい、ということのようです。最近では水曜日の午前中には授業をするようになったようですが、以前から水曜日を定休日にしていたのは変えないのかもしれない。

さらに、日曜日にオープンしている店では、それを補うために月曜日を定休日にしていることが多いので、月曜日にもレストランを見つけるのは難しくなります。



少し前に1泊2日の旅行をしたのは日曜日から月曜日にかけてだったので、レストラン探しに苦労しました。

でかける前にレストランを探して予約しておけば良かったのですが、400キロくらい車で走って目的地に到着する旅行だったので、昼時にどのあたりにいるか分からないので、あらかじめ予約を入れるのは避けていたのが悪かった!

旅行中の2日間に美味しい料理を食べるのは諦めるしかない、と思ったのでした。その時のことを続きで書きました:
フランスのファミレス(?)を初体験




ブログ内リンク:
★ 目次: 旅行したときに書いたシリーズ記事のピックアップ

外部リンク:
☆ Bison Futé: Véhicules lourds 2017 - Calendrier des interdictions particulières de circuler
Interdictions de circuler des poids lourds



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2017/09/18
ブルゴーニュにあるのに見学したことがなかったの城に行ってみました。

高級なシャトーホテルになっているので入れないと思っていたのですが、城の近くに住んでいる人が、テラスで食前酒を飲むのが気に入っていのだると話していたので、気楽に敷地に入ってみたのです。


コート・ドール県にある Château de Gilly(ジリー城)



Château de Gilly(ジリー城)、あるいは村の名前を付けてChâteau de Gilly-lès-Cîteaux(ジリー・レ・シトー城)と呼ばれ、14世紀から17世紀に建築された建物です。

11世紀にブルゴーニュでシトー修道会が誕生したのですが、その本山とも言えるシトー修道院がこの近くにあります。そこの院長館として使われていました。そのため、ジリー城はPrieuré des abbés de Cîteaux(シトー会の大修道院長たちの修道分院)とも呼ばれます。

地図で確認してみると、シトー修道院から約10キロのところにジリー城があり、さらに3キロ行くと、ブルゴーニュの観光写真でよく登場するクロ・ド・ヴジョ城があります。こちらの城があるのはブルゴーニュワインの特級ランクのクロ・ド・ブジョ(Clos de Vougeot)が生産される地域ですが、そこもシトー修道院のブドウ畑だったのです。


シトー修道院(16世紀当時)

Abbaye de Cîteaux
クロ・ド・ヴジョ城



同じくブルゴーニュで誕生したクリュニー会が壮麗で華麗すぎるということで、質実なシトー会ができたわけですが、シトー修道院の院長の館だったジリー城を見ると、そんなに地味にも見えない...。シトー修道院はフランス革命で破壊されているので往事の姿は連想できませんが、クロ・ド・ブジョ城も立派ですし。

ジリー城の地下にあった食糧やワインを保存した貯蔵室は、現在ではレストランとして使われています。柱頭彫刻はシトー派独特にシンプルになっていますけれど、豪華。

Château de Gilly-lès-Cîteaux
Restaurant « Le Clos Prieur », dans l'ancien cellier du prieuré

5つ星を持つジリー城のホテル・レストランの様子は、旅行サイトでたくさん写真を入れています:
シャトー ド ジリ(Château de Gilly


ジリー城に行ってみたら、建物は立派ですが、いかにも高級ホテル・レストランになった城という感じがしました。人が住んでいる城とは違って、昔を彷彿とさせたりする雰囲気に欠けるのです。

しかも、現代芸術の展示がなされていて、広い庭のあちこちに私が嫌いなタイプのオブジェがある。一緒に行った友人も好きではないので、庭園を一回りした後で帰ろうかということになりました。

でも、二度とは来ないところでしょうから、シャトーホテルのテラスで食前酒のワインを飲むことにしました。この日は昼に素晴らしい料理を食べていたので、夜は食前酒とおつまみ程度でちょうど良い腹具合だったのです。


サービスしてくれた食前酒のおつまみ

なかなか気持ちの良いテラス。広々とした庭園にのぞんでいます。所せましと置いてあるオブジェがなかったら、もっと気に入ったのに...。どこを見てもある。怖くなるようなのもある...。テラスには昔風の泉もあったのですが、その横に色々な顔を串刺しにして差してある。

テラスでグラスワインを飲むのが楽しいと教えてくれたマダムは、カナペなどを出してくれるのだと話していました。それでグラスワインを注文した時、お給仕の人に何かつまむものがあるかと聞いてみました。

すると彼は、ピーナツとかポットチップとかを出すけれど、何かおつまみになるものがレストランにあるかどうか聞いてみると言ってくれました。

ポテトチップは紫色のジャガイモで作っていました。その他に、ピーナツや日本のおかきのようなものが出てきたのですが、そういうのでは味気ない。

しばらくすると、お通しのようなものが出てきました。



お給仕の人が調理場で見つけたもので盛り付けてくれたのだそう。

さすがに、「シトー」と呼ぶ、今でもシトー修道院で作っているチーズものっていました。大好きなブルゴーニュのチーズですが、小さい...。

出してくださったものを食べ終わり、グラスワインも飲み終わったこと、また違うおつまみを出してくれました。感激するほど美味しくはないのですが、サービスで出してくれるのは嬉しい。



ここのレストランではブルゴーニュ色を出しているのでしょうね。ジャンボン・ペルシエやグージェールがあります。

これまた、お給仕の人が自分で調達してきたのだと強調する。つまり、お勘定はいらないということだと思うのですが、そういう場合にはフランスではチップをはずむのですよね。

せっかく出してくれたのですが、もうグラスワインは飲み終わってしまっていた。それで、ワインを追加注文することにしました。グラスワインの白は2種類しかないので、また同じものを飲むのはつまらない。

それで、お給仕の人にボトルで持って来てもらうことにしました。ワインリストを見ると、ワイン選びには余りこだわっていないレストランなのか、ネゴシアンのワインが多くて、魅力的に見えるドメーヌのワインがないのでした。しかも、高級ホテルのレストランなので、かなりお高いワインしかない。

オーセイ・デュレスの白ワインの2015年を選びました。ドメーヌはDomaine Lafouge, Auxey。1本50ユーロ。

飲み残したらもったいないので、お給仕の人にもしも残ったら持ち帰っても良いかと聞いてみました。最近のフランスでは、レストランがワインの消費を促すために、残したら持ち帰って良いのだと言うようになったのです。

そうなったことに気がついて書いた記事:
シャブリの町で昼食 2005/03/11

もう10年余り前からでしたか。

この時のお給仕の人も、気持ちよく飲み残しのボトルはお持ち帰りください、と言ってくれました。

かなり美味しいワインだったので満足。なかなか感じの良いお給仕の人なので、選んだワインがとても美味しいということからおしゃべりが弾みました。

それで、持ち帰りができないワインもあるのだと話してくれました。


レストランでロマネ・コンティを飲んだとき、記念にボトルを持ち帰れない?

持ち帰れらせないというのは、ロマネ・コンティなのだそう。

この日の昼に入ったレストランでは、ワイン・リストにロマネ・コンティ 1997年が入っていて、9,900ユーロでした。



換算すると、ロマネ・コンティを飲みたいと思ったら140万円くらい払うことになります。

ジリー城のレストランでは、もう少し安くて、90万円か100万円という感じのお値段だと言っていました。

それだけ出したら、普通の人は記念に空になったボトルを持ち帰りたくなりませんか?

でも、ロマネ・コンティのドメーヌから、客がボトルをレストランから持ち帰らないように言っているのですって。アジアの人が空のボトルを使って偽物を作って売ることがあるのを防止するためなのだそう。

空き瓶はドメーヌに返すのが本来なのだけど、このレストランでは割っているのだそうです。ロマネ・コンティのボトルを仕入れるのはかなり困難だし、高いものなのでいつも1本しかストックしていないのだと話していました。

確かに高級ワインの偽物が出回っているのはニュースで時々でてきます。そういうのが無かった時代は大らかだったのですけれどね。ブルゴーニュに来た日本人がレストランで飲んだ高級ワインを喜んでいるのを見ると、お給仕の人にラベルを剥がして記念に持ち帰らせてあげてくださいと頼んだりしていました。ある高級レストランでは、そういうお客さんが多いのか、専用の厚紙に貼って記念アルバムのようにしてくれたりしたことがありました。

でも、そのうち、ラベルは水につけたくらいでは剥がれなくなったので、もう久しくそんなことを頼んだりはしていないな...。

ロマネ・コンティをレストランで飲んだことなどはないので、ボトルを持ち帰りたいと言って断られるのかどうか知りませんでした。

本当の話しなのだろうかと思ってフランスのサイトで調べてみたら、ドメーヌではそう言っていると書いてあったので本当らしい。日本ではどうなのかと調べてみたのですが、情報は出てきませんでした。

レストランでロマネ・コンティを注文した人に、ボトルのお持ち帰りはできませんが良いですか? と聞いているのかな?... お金のことなんか気にしないような裕福な人が注文するでしょうから、そんなけち臭いことを言ったら失礼になりそう。かと言って、お客さんの方からボトルを持ち帰りたいと言った時に断られたら、怒ってしまうではないですか? 百万円も払っているのに、ボトルもくれないなんて許せないですよ。

ところで、お給仕の人とロマネ・コンティのボトルの話したとき、偽物を作られてしまうからと言いながら、彼は3回くらい「アジア」と言っていました。お給仕の人が姿を消した後、私の目の前でアジアと繰り返すのは失礼だ、と友人の方が指摘していました。「中国」と言うべきだった、と私。

こんな高級ホテルおお給仕の人はプロの教育を受けているはずなので、確かに変。友人は、私がアジア人に見えなかったのではないかと言っていました。そんなことないと思うけどな...。


ロマネ・コンティのボトルをコレクションしたかったら、店で買うしかない?

フランスでロマネ・コンティを1本買おうとしたら、かなり苦労します。日本だと、ワインショップに行ったらどこででも売っている感じがするのですけれど。

地元ブルゴーニュでも、ドメーヌから直接買うとしたら、DRCブランドのワイン12本入りをケースで買って、その中にロマネ・コンティが1本入っているという形です。それも順番待ちで手に入る。あるいはコネがないと入手できないのかもしれません。順番待ちのリストに入れてもらったブルゴーニュの友人がいるのですが、その後何年たってもお知らせは来なかったと言っていました。DRCのワインはどれも高いので、それを12本も買ったら幾らだったのかな。順番が来なくて良かったではないの、と言ってしまいました。

ブルゴーニュワインのメッカ、ボーヌにある観光客用の店ではロマネ・コンティのボトル売りをしているのを見ましたけれど、地元の人は行かないから知らないのでしょうね。


ロマネ・コンティを楽天市場で検索

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DRCロマネ・コンティ 1976
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20年前くらい前の時代には、ブルゴーニュの特級ランクは今のようには高価ではありませんでした。頻繁に飲むことはできないけれど、何かあると特級ランクのワインでも比較的気楽に飲めていました。今では、よほどのことがない限り、私のような庶民は飲めなくなっています。

私が飲んだロマネ・コンティは、1973年のミレジムでした。飲んだのは、30年近く寝かせてあったボトル。割ってしまうかもしれないと思い付いたとき、空き瓶を庭に出して記念撮影していました。



ロマネ・コンティのドメーヌが、偽物づくりをさせないために空き瓶の管理にも厳しくなったということは、このボトルは高値で売れるのかな?...

空き瓶を売っているかと調べてみました:
ヤフオク! - 「ロマネコンティ 空き瓶」の検索結果

日本では売っているではないですか。そうだったら、ドメーヌがレストランに空き瓶を割らせても意味がないですよ~。


古城と現代芸術の関係

お給仕の人にはチップをはずみましたが、こういうホテルだと、まともにおつまみの料金を払ったら、かなりのお支払いになっただろうと思う。それでも、簡単に食事できるくらいの金額になったけど、ボトルで注文したワインが美味しかったので満足。テラス席にはほとんど人がいなかったので、お城を独占した気分を味わえたし。

ジリー城を立ち去るときにはすっかり暗くなっていました。

突拍子もないと思った現代彫刻の写真も撮っておこうと、カメラのシャッターをきりました。



奇怪な人物のほか、キリンまでいる! ホテルに泊まったとして、こんな庭を散歩したくないですけれど、こういう芸術を評価する方もいらっしゃるのでしょうね。

地元ブルゴーニュのテレビ局が報道していました。


Le château de Gilly, entre patrimoine et expositions contemporaines


立ち去る時に城を振り返ると、暗いから芸術作品が余り見えなくて、城はなかなか美しいと思いました。



よほど、金属を丸くしてエスカルゴに見せるのがお好きらしくて、ライトアップで大きなのが見えてしまっている。

こういう現代美術の作品が城の中や外に展示されているのはあちこちで見ていますが、ヴェルサイユ宮殿でのことをブログで書いていました。



 【楽天市場】人気の銘醸ワインが勢揃い!ブルゴーニュ特集

ブログ内リンク:
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
世界で一番高いワインはロマネ・コンティじゃないの? 2016/03/23
★ 目次: ロマネ・コンティのブドウ畑ウオッチング
★ 目次: 宗教建築物に関する記事

外部リンク:
La Romanée-Conti, ce vin que vous n'acheterez probablement jamais
偽物ワインの氾濫
☆ Wikipédia: Château de Gilly-lès-Cîteaux
Exposition de sculptures au Château à Gilly-les-Cîteaux
☆ Wikipedia: シトー会 » Ordre cistercien » Abbaye de Cîteaux


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フランスのお酒 (ワインなど)



2017/09/03
フランスで夏の観光シーズンには、各地で「光と音の祭典」が開かれます。もうシーズンは過ぎてしまったので来年の話題にすべきだと思ったのですが、そうすると、また時季外れの時にしか思い出さないのが常なので書いておきます。


ソン・エ・リュミエール光と音の祭典

フランス語で「Son et lumièreソン・エ・リュミエール)」と呼ばれるイベント。son(音)とlumière(光)が織りなすショー。

歴史的建造物や遺跡をライトアップして行うので、日没後に行われます。夏のフランスでは暗くなるのが午後11時頃なので、日帰り旅行では行きにくいイベントです。

ただライトアップするだけではなくて、その土地に関連した歴史を見せるストーリーになっていてナレーションが語られますが、大勢の人が出演して歴史絵巻を繰り広げるというパターンが一般的なスペクタクルになっています。

夏に旅行したときは、歴史的建造物が残る有名な観光地では、必ず光と音の祭典が開催されているのに出くわす感じがします。その土地の歴史を感じることもできるので、見つけた時にはできるだけ行くことにしています。


ソン・エ・リュミエールは、英語圏でもフランス語のままで呼ばれるとのことですが、直訳で「sound-and-light show」とも呼ばれるようです。

英語圏でもフランス語の綴りのままで言われるということは、フランス発祥のコンセプト?

調べてみたら、「ソン・エ・リュミエール」と呼ぶイベントが初めて開催されたのは、ロワールの古城めぐりで名高い地域にあるシャンボール城で、そこで1952年に行われたイベントに由来するようでした。


Château de Chambord


もっとも、建造物をライトアップするのはその前から行われていて、特に1937年のパリ万国博覧会では大々的に行われていました。

現在では花火を打ち上げたりもして華やかなアトラクションなのですが、そういうコンセプトは、もっと遡ることもできます。

例えば、オーストリア継承戦争終結のために開かれたアーヘンの和議を祝うために1749年に開かれた祝典。ルイ14世はイタリアから優れた花火師を呼び寄せ、音楽の演奏もさせる盛大なイベントをしていました。

ヘンデルは、ロンドンで行われた祝典のために組曲を作曲しています。


ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル『王宮の花火の音楽』


現代のソン・エ・リュミエールでは、広い場所で歴史絵巻を繰り広げるので、出演者がたくさん必要。それで、地域に住むボランティアの人たちが協力するイベントとなっていることが多いと感じています。


ピュイ・ドュ・フーのCinéscénieシネセニー

フランスで最高のテーマパークだと思う Puy du Fou」で書いたテーマパークPuy du Fou(ピュイ・ドュ・フー)には、世界最大規模と言われる光と音の祭典があります。このテーマパークについては、前回の日記で紹介しているので省略。


La Cinéscénie - Puy du Fou 2016

このスペクタクルに使われる敷地面積は23ヘクタール。東京ドームの約5倍。

観客席は1,400席あるのですが、大変な人気があり、バスで来るツアーもあるので、夏のイベントには春くらいには予約しておかないと席は確保できません。

ピュイ・ドュ・フーのテーマパークでボランティア活動をしている人は約3,800人いて、そのうち2,400人はこのスペクタクルを演じるボランティア。ボランティアになりたいと申し出る人は毎年500人くらいるそうですが、ウェイティングリストで順番待ちとなり、今年は150人しか受け入れてもらえないのだそう。


サン・ファルジョー城のスペクタクル

フランスでは、シネセニーのスペクタクルに次ぐ規模を誇る、という光と音の祭典がブルゴーニュ地方にあります。

規模が少し小さいだけに臨場感があるので、スペクタクルとしては、私はこちらの方が好き。舞台となる場所の前にある芝生に座ってしまえば、馬が走るときに埃をかぶってしまうかというほどに近いのです。

ここで舞台として使われるのは、ルネサンス様式の城、Château de Saint-Fargeau。

この城については、すでにブログで書いていました:
サン・ファルジョー城  2009/09/02 

三・ファルジョー城の建築が始まったのは980年なので、夜の光と音の祭典スペクタクルでは千年の城の歴史を見せます。毎年少しはストーリーを変えるようですが、たいていは同じ。何度も行っているのですが、繰り返し見ても飽きません。

私が一番好きな場面は、中世の田舎の生活を見せるシーン。ブリューゲルの絵画を彷彿とさせるのです。

Le combat de Carnaval et de Carême Pieter Brueghel l'Ancien
謝肉祭と四旬節の喧嘩、ピーテル・ブリューゲル

人がたくさんいるのは同じですが、この絵とは違うな。家畜の群れを追う人たちとか、川で洗濯している人たちとがいて、本当に美しい田園風景なのです。

スペクタクルの最後には、第二次大戦が終わってフランスがドイツから解放される場面が必ず出て来るのですが、これは私は好きではありません。でも、当時のジープのコレクションを持っているから作っているシーンのようです。

今年の開催は、7月8日(土)から8月19日(土)でした。ブルゴーニュに引っ越してきて、このイベントには行ったことがない友人夫婦と一緒に行こうと話していたのに、いつの間にかシーズンは終わってしまった...。


スペクタクルの舞台裏を見せているニュースの動画です:


Page été : dix siècles d'histoire avec le spectacle de Saint Fargeau

こちらのスペクタクルで出演するボランティアは700人くらいなのかな。この城の広報担当者にお話しを聞いたことがあります。ボランティアの人たちは、衣装作りをしたり、演劇の練習をしたりで、1年を通して準備しているのだそう。でも、無償で働くのに引き換えに、その人たちが結婚披露宴などをするときには城を使わせてもらったりするなどの配慮があるので、ボランティアになるのも楽しそうでした。

この城の現在のオーナーはギヨー兄弟。当時、レジャー指導員をしていて、お金持ちではなかったと聞きました。フランスでは、歴史的建造物を修復維持してくれることを条件に、持ち主がかなり安い値段で譲ることがあるのです。

兄弟がサン・ファルジョー城を買ったのは1979年でしたが、幾らで城を買ったかというのは卒倒するほどお安いお値段でした。話しを聞いた当時、ブルゴーニュの何でもない民家よりも安いお値段だ、と思った記憶があります。

廃墟同然だった城の修復費をねん出するために始めたのが、この光と音の祭典。城は地域に住む人たちにとっても大切な財産なので、ボランティアで手伝う人たちがいたわけです。城を手に入れた兄弟は、人望があって、人を動かす才能があったのだろうと思います。

城が現在の所有者になってから、40年以上たっているわけですね。見事に修復されて、観光スポットになっています。

サン・ファルジョー城を買った兄弟は古城がお好きなようです。上に入れた動画に登場しているミッシェル・ギヨーさんは、新しい企画も考え出して成功しています。現代技術は使わずに、中世の方法で城を建築してしまうというアイディア。

その城に行ったときに書いた日記:
建築中の中世の城を見学: ブルゴーニュのゲドゥロン城 2009/09/05

Guédelon
Château de Guédelon


古城が好きなギヨー兄弟とは対照的なスキャンダルがありました。

バブルの時期、日本人はヨーロッパの城を買いあさったのですが、フランスの城を買った富豪のお嬢様が、城を解体して売りさばいたのです。修復すると約束して買ったのだし、国から国宝級に指定されている建築物を修復しないで所持していたら、手放して売却しなければいけないという法律がフランスにはあるのですが、やっちゃった!

それを少し書いた日記:
売りに出てたブルゴーニュの観光名所: ラ・ロシュポ城 2012/08/24

歴史的建造物を解体して売れば、買ったときの値段なんかは軽く取り返せてしまうのです。もちろん法律違反なので、それをやった日本人は投獄されましたが、お金持ちなので上手く立ち回ったらしく、すぐに出てきました。その後、彼女が何をしているのかは知りません。



ブログ内リンク:
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ

外部リンク:
☆ 英和辞典 Weblio辞書: son et lumièreの意味
☆ 英辞郎: sound-and-lights...の意味・用例
Premiers son et lumière (1952-1961) (論文PDF)
☆ 金沢21世紀美術館: ソンエリュミエール − 物質・移動・時間、そして叡智 (PDF)
フランス各地で行われる夏のライトアップ フランス観光 公式サイト
☆ Georges Delerue: Son et lumière
« Chambord, rêve de lumières ». Créateur du premier son et lumière au monde en 1952, le domaine national de Chambord présente son nouveau spectacle nocturne
L'invention du son et lumière
☆ Wikipedia: パリ万国博覧会 (1937年) » Exposition universelle de 1937
フランスで熱い歴史スペクタクル
La Cinéscénie:  Spectacle Nocturne Puy du Fou
Chateau de Saint Fargeau - Spectacle


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2017/08/30
毎年この時期になると、おびただしいほどのツバメがいるのが目につきます。大空を飛び回っているのを見ると羨ましくなりますが、あれは飛行を楽しんでいるわけではなくて、飛んでいる虫を食べるために旋回しているのでしょうね。

大旅行に出発する準備のために、電線に並んで点呼をとっているかのようなツバメたち。その数が日増しに増えてきています。ら飛び立って行くと、空が埋まってしまうほどの大群になってきました。

ツバメは小さいので良いですが、これがカラスなどだったら、ヒッチコックの映画『』のような光景になって怖いだろうな...。

巣から落とされた鷲と、孤独な少年の友情を描いた映画」を書いていたら、フランスで「rapace(ラパス)」という魅力的な名前で呼ばれるけれど、日本語では「猛禽類」という味気ない呼び方をする大きな鳥たちが飛び交うのを見るイベントを見たことがあったのを思い出しました。


テーマパークは原則として嫌い

テーマパークを私は好きではありません。東京で買い物しらディズニーランドのペア券をもらったことがあったのですが、子どもがいる知人に差し上げてしまったほど。つまり、ただでも行きたくない!

子どもの時には親に連れて行ってもらっていましたが、楽しんだという思い出は残っていません。子どもの時には親がすることに抵抗できないので行っていました。大人になってから思うには、父が勤めていた会社の福祉とか何とかで、招待券が出ていたのだろうと想像します。

フランスでは、友人が娘さんを連れて行くのに付き合って行ったことがあり、こういう所には二度と行かないぞ(!)と思いました。

その時のことを書いたブログ:


拷問を受けた気分になった日のこと 2005/08/19

写真アルバムで確認したら、その1カ月後に別のテーマパークに行っていたのでした。

でも、ジェットコースターなどに乗って酷い目にあったアミューズメントパークとは違って、こちらはフランスの歴史を再現するアトラクションを見せている所なのです。

歴史的建造物を見るのが好きな私。ここは色々な時代のフランスを再現しているテーマパークなので気に入りました。


ピュイ・ドュ・フーPuy du Fou

何もなかったところに作ったテーマパークなので、現代に作った建物ばかりなのですが、よくできています。「中世の村」などという一角は、知らなかったら本物かと思ってしまうほどの出来ばえでした。

Le Secret de la Lance
Le Secret de la Lance

Les Vikings


動画で見た方が雰囲気が分かるので、オフィシャルサイトのを入れます。


Le Grand Parc du Puy du Fou 2017

昔のフランスを味わいたかったら良くできているテーマパークだと思うのですが、日本ではほとんど知られてはいないのではないでしょうか? でも、フランスでは、パリのディズニーランドに次いで入場者数が多いテーマパークだそうです。

行政が始めた観光開発としては成功例だと思います。ここはフランス革命に反対してために、完全に破壊されてしたった地方なのです。ヴァンデの反乱の舞台。

歴史では、フランス革命は虐げられた農民が起こしたと言われていましたが、今では修正されて、あれは台頭したブルジョワ階級が起こした革命とされています。

それを強く感じたのは、このヴァンデ地方でした。貴族と農民が一緒になって、革命に抵抗運動をしたのです。革命軍には勝てず、悲惨な歴史を残しました。

フランス革命では、貴族や聖職者から財産を没収しました。貴族を抹殺しようという意図は分からなくもありませんが、信仰心があつかったはずの当時、宗教建築を破壊したというのは狂気の沙汰としか思えません。

ヴァンデ地方の宗教建築は見事に破壊されていした。今でも宗教心があついというのは、フランスでは余り感じることがない例外的な地域。

ともかく、観光客を呼び寄せる歴史的建造物が残っていないので、テーマパークを作ったわけですが、それが成功しました。

アイディアを持ったのは地元政治家で貴族のフィリップ・ド・ヴィリエ氏。最近はテレビで見かけることもないので、どうしていらっしゃるのかは知りません。

現在のピュイ・ドュ・フーは、NPOに運営を任せているようです。

楽しめるテーマパークです。レストランも、昔のフランスを味わえる趣向になっています。




ピュイ・ドュ・フー(Puy du Fou)は、日没後に行われる光と音の祭典「Cinéscénie」からスタートしました。1978年だったそうです。

それが大成功したので、昼間も楽しめるテーマパークができました(1989年)。それができたばかりの頃、近くを旅行したので行ってみて気に入りました。予算もなかったせいだと思いますが、質素なテーマパークの感じがしたのですが、ヴァンデ戦争の様子を再現した洞窟などは感動的でした。

テーマパークは事業の成功で得た収益で充実されていると聞いたので、それから何年かして、夜のスペクタクルも見て、パークも しっかり見ようということで二度目の訪問。見違えるようにテーマパークは見事になっていました。

一緒に行ったブルゴーニュの仲間と、近くに住んでいたら年間フリーパスを買うのにね、と話しました。でも、ブルゴーニュからは非常に遠いのです。二度目に行ったときは、遠くまで行ったのを利用して地域を観光する旅行だったので、8日間をかけました。

また行きたくなったけれど、フランスの東から西の果てまでは、おいそれとは行けません。近所の人たちがバスで行く団体旅行を企画して、夜にはバスで走り続けるという1泊2日の旅行をしていたけれど、無茶だと思いました。

毎年のようにアトラクションを増やしているのですが、現在のプログラムはこちら。大小60くらいのアトラクションがあるそうです。

今ではフリーパスの設定はなくなっているみたい。二度目に行ったときには2日間のチケットを買ったと思います。料金はこちら。そう安くはない...。


一番気に入ったのは、猛禽類の鳥たちのショー

本格的にピュイ・ドュ・フーで遊んだなか、最も気に入ったのは、猛禽類が登場する「Le Bal des Oiseaux Fantômes」というものでした。「亡霊鳥たちの舞踏会」という感じの命名かな。

気に入ったので、2度見てしまいました。


Le Bal des Oiseaux Fantômes - Puy du Fou


テーマパークが好きではないのに加えて、動物園も大嫌いな私です。動物たちが可愛そうではないかと思ってしまうから。テレビでイルカのショーなどが出てくると、動物虐待だと言いたくなる。

でも、ここでは猛禽類の大きな鳥たちが飛び交っていて、見ている人間だって危険を冒しているから対等という感じがあるので、違和感がなかったのでした。

語り手がいてストーリーになっているのですが、最後にたくさんの鳥たちが出て来るときには圧巻のシーンになります。


長い動画(27分)は、こちら:


Le Bal des Oiseaux Fantômes, Puy du Fou


このパークには鷹飼育のアカデミーがあって、ヨーロッパの品種を保護したり、鷹狩りの方法などを教えているようです。


le travail en coulisse du bal des oiseaux fantômes du Puy du Fou (Académie de Fauconnerie )


左手をあげる?

前回の日記を書いた後で、ピュイ・ドュ・フーのアトラクションの動画を見たくなったのは、鷹匠がグローブをはめた手をかざすのはどちらの手なのか確認したかったからです。

私が巣から落ちたカササギ兄弟が挨拶に来ないと話して、こうやって手を差し伸べていたら飛んできてとまるかな、とジェスチャーをやったら、「かざすのは左手だ」と言われてしまったのです。

なぜ左手?

調べてみたら、日本の鷹匠でも同様でした。右手は杖を持ったりするために空けておかなければならないからのよう。

友人は、どうして左手をかかげると知っていたのだろう? 私が注意散漫なだけなのだろうけど...。

ふと、また気になる。

学校で先生が何か言ったとき、片手をあげて「は~い」とやっていましたよね。あれは、どちらの手をあげるのが普通でしたっけ?

画像検索すれば出て来るので検索してみました。日本では、明治時代に右手をあげろという方針があったらしい。ヨーロッパ諸国では、どちらでも良いという感じがしました。




このテーマパークに観光客が多く訪れるのは、夜に行われる「Cinéscénie(シネセニー)」に絶大な人気があるからではないかと思います。

Son et lumière(光と音の祭典)は、夏の観光シーズンにフランスを旅していたら、何処かで必ずぶつかるはずのアトラクションですが、このピュイ・ドュ・フーのは世界最大規模と言われています。

フランスでは珍しくないアトラクションなわけですが、いつから始まったのだろうかと書きながら気になってきたので、調べてみたことを次回に書きます。

続きへ:
ソン・エ・リュミエールと呼ぶスペクタクル



ブログ内リンク:
フランス革命がもたらしたもの・・・ 2008/02/03
★ 目次: 右と左の違いが気になる
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
Puy du Fou (オフィシャルサイト)
Puy du Fou - YouTube(オフィシャル動画)
Puy du Fou / la Cinéscénie, nouvelle version 2017
フランス中世の大テーマパーク「ピュイ・デュ・フー(Puy-du-Fou)
☆ Wikipédia: Puy du Fou
☆ Wikipedia: Rapace » 猛禽類
最後の鷹匠3
☆ 日本鷹匠協会: 道具について
教室での挙手は右手?それとも左手?
挙手の研究、誰かやりませんか。


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2017/08/26
8月初め、友人たちと食前酒を飲んでいたら電話がかかってきました。近所に住む友人が「野菜いる?」と聞いてきたのです。

いくら庭が広いからといって、どうして、そんなに野菜を作ってしまうの?! と言いたくなるほどの野菜畑を作っている人です。温室も大きなのを2つ持っているので、野菜も早くから収穫できます。

いただけるものなら、いただきますと答えたら、すぐに持ってきてくれたのが、このカゴ。



下にはトマトが10キロ入っていると言われました。

もちあげてみたら、すごい重さ。飛行機によく乗る関係で、スーツケースを持ち上げて20キロか30キロかを見分けられる私なのですが、このカゴは20キロという感じでした。

その前に野菜をもらったときのパセリが素晴らしく美味しかったので、電話がかかってきたときにリクエストしていたのだけれど、忘れちゃったらしい。

私たちは食前酒を飲んでいたところだったので、当然ながら誘ったのですが、軽く一杯飲んで引き上げると言う。彼らの家には来客があって、もうかなり飲んで酔っていたのだそう。野菜を持って来てくれるなら、野菜を作っているご主人だけ来れば良いのに、奥さんもついてきたのは、彼女が運転するからだったのでした。


ブドウの収穫が始まる

庭の木の葉が落ち始めて、地面が枯れ葉で覆われています。ブルゴーニュでは、8月中旬になると夏は終わりだ... と思って寂しくなります。

今年、猛暑という感じの日は、6月下旬に1週間くらいあっただけでした。

暑さが2週間以上続くと、さすがに涼しさが保たれる石造りの家の中も暑くなるのですが、家の中にいても暑いと感じる日は、今年は1日もありませんでした。フランスにいると、冷房の必要性などは全く感じません。コンクリート造りの家に住んでいる人たちは暑くてたまらない日があるそうですが。

数日前、朝起きたときに庭にある温度計は5度となっていました。しばらく真冬のセーターを着て過ごしていたのですが、昨日から、日中は真夏の服装でいられる気温になりました。数日は最高気温30度にとどくような日が続く様子。その後は、20度まで上がれば嬉しいという感じの天気のようです。




暑かったり、寒かったりで、今年は変な天気の年でした。特に、春先にあたたかかったのに、途端に寒くなったのがいけなかった。私の家の庭では、ベリー系を除いて、果実は全然なりませんでした。いつもは採れ過ぎてしまうクルミも実がなっていない。菩提樹の木も、1つも花を付けなかった。

7月中旬にボージョレーに行ったとき、ワイン農家の人はブドウの実が膨らむように雨が降って欲しいと言っていました。あの後、かなり雨が降り、寒い日が続きました。望みどおりに雨が降ったことをそれほど喜んではいなかったのではないかな...。

地球の温暖化と言われますが、そんなに暑くなっているとはブルゴーニュにいる限りでは私は感じません。昔には今ほどたくさん強風が吹かなかった、と年配の人たちが言うので、異常気象になっているのは確なのでしょうけれど。

みんなで食事をしていたら、昼間なのに突然暗くなって、激しい嵐がおこり、各地で木々が押し倒されたのが1999年のクリスマスシーズンでした。あの頃から異常気象が始まったかな?...

ブルゴーニュでは、ワイン用のブドウの収穫といえば伝統的に9月末でしたが、最近は収穫が早まっていて、これも地球温暖化の影響だと言われます。


今年は暑さが早く来たので、ブルゴーニュで行われるブドウの収穫は例年より少し早いようです。南部の産地では、例年より2週間早く始まったところらしい。コート・ドール県では9月初めに開始と聞きました。

フランス全体としては、今年のブドウの収穫量は例年より少ないようですが、ブルゴーニュでは雹や霜の被害を受けた一部の地域を除けば、昨年よりは収穫量は多くなるようです。

こういう天候のときのワインはどうなるのだろうと毎年思ってきたのですが、こんな年に美味しいワインができるはずはないと思っても、全く悪くないミレジムだったりする。今では技術が発達しているので、ワインの出来はそれほど天候には左右されないのだろう、と思うようになりました。

ブログ内リンク:
猛暑が去った 2017/07/02
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)


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カテゴリー: 四季、自然 | Comment (2) | Top
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2017/08/05
普通のフランス人は、老齢年金をもらって働かずに生活できるようになるのを心待ちにしています。でも、1人だけ、会社から辞めてくれと言われるまで退職はしないだろう、と思える友人がいます。

彼は営業マンなのですが、会社の待遇がとても良いのです。出張があって残業があるので、振替休日をもらうこともあり、年休は8週間くらいになっています。それ以外にも、家で仕事をしても良いらしく、ねんじゅう家にいる感じ。でも、今週は数千キロを車で移動したので疲れているけれど、来週はお休みだから一緒に食事しようと誘われたところです。

彼の会社では、競合会社に比べると高い値段で商品を売っているのだそうですが、サービスが良いので売り上げは好調なのだそう。お客さんから欠陥品だったというクレームの連絡があると、すぐに新品と取り換えるのだ、と自慢していました。日本ではごく普通のサービスですが、フランスでは例外的な対応ですから信頼を確保できるだろうと思います。

彼が得意にしているのは、クライアントを喜ばせることらしい。高級レストランに招待したり、特別に喜ばせる企画をしているのです。彼が働いている会社の顧客は公共機関なので、つまりは賄賂じゃないかと思ってしまうけれど、友達がしていることだから何も言いません!


食事に招待するのがフランス式の接待

Internationaux de France de tennisテニスの試合ローラン・ギャロス(全仏オープン)には、毎年お得意さんたちを招待しているのだそう。少人数ずつ招待するらしくて、シーズンに彼は何回も行っています。

ボックス席を確保して、座席が余ったときは彼の個人的な友人を招待してしまうのも会社は容認しているらしい。

少し前、テニスには全く興味がないけれど、そういう余った席をもらって行ってきた友人が、それがどんなだったかを話していました。

試合の休憩時間には食事が出てきたのが気に入った、と話していました。試合が終わってからもお酒を楽しんだらしく、シャンパンやコニャックなども飲み放題だったとのこと。桟敷席の1人当たりの料金は1,500ユーロ(約20万円)だそうなので、それは豪勢な食事だったのでしょうね。


フランス人を喜ばせるのは食事に招待すること。商談の大半はレストランで契約されている、と書いてある記事を読んだことがあります。

公認会計士をしている友人も、会うと「最近は忙しかった...」とか言うのですが、何が大変だったかというとレストランに頻繁に行って疲れたのでした。何を食べたかを話す。

彼らは、かなりそういう時の食事を楽しんでいるようです。

私も仕事で、自腹では間違っても入れないような料亭で食事をしたことがありますが、料理は全く堪能できませんでした。気が合った友人たちと、質素な食事をする方が美味しいと感じると思ってしまう。

でも、フランスでは食事の時間が長いし、食事の席では仕事の話しはしないマナーがあったりするので楽しめるのかな...。


オリエントエクスプレス

お得意さんを接待するのが主な仕事に見える営業マンの友人の家で食事をしたら、少し前にオリエントエクスプレスを貸し切った旅行をしたと話しをしていました。

食事が素晴らしく美味しかったのだそう。この人たち、何をしても、食べたもののことしか話さないの?!



10両くらいある列車全体をチャーターしたのだそう。お得意さんを招待したのだろうと思ったら、勤めている会社の社長をはじめとするスタッフ39人で利用したのだとのこと。よほど景気が良い会社なのでしょうね。

パリからドーヴィルまでの乗車だったと言っていました。

ドーヴィル(Deauville)というのは高級リゾート地です。ノルマンディー地方を旅行したときに立ち寄っているはずですが、想い出は残っていません。私にとっては、パリに住む裕福な知人が別荘を持っている町というところ。

オリエントエクスプレスと言えば、パリからイスタンブールがある東に移動する電車だと思っていたので、そんな路線があるのかと不思議に思いました。偽物に乗ったのではないか、と疑ったわけではないけれど...。

調べてみたら、ロンドン方向、つまりパリから北にも路線は伸びているのですね。知らなかった...。




乗り物の中でする食事って、楽しめるのかな?...

長距離を移動する旅行をするとき、飛行機では風景がよく見えないので、車や電車で移動するのが好きです。日本で会社勤めしていた頃は、よく海外旅行のツアーを利用したのですが、好きなのはバスで国を縦断するプログラムでした。

電車での移動で貴重な経験だったなと思ったのは、ペルーでチチカカ湖まで行ったときのこと。10時間くらいかかる行程だったと思います。私は低血圧なので、世界で最も標高が高いところを走る電車には耐えられないのではないかと思ったのに、なぜか元気。みんなは唇が青くなって電車の座席でへたばっていたのに、私は平気だったのでした。

途中で何度も、理由が分からないけれど電車が止まるので、外に出たりもできました。気圧が低いと頭の中は空っぽで、見える景色もこの世のものとは思えない感覚で眺めるので不思議な気分でした。列車の中には、私と同じくらい元気な人が数人いました。カリブ海の何処かの島でボランティア活動をしたというドイツの若者たち。清々しい彼らとのおしゃべりも楽しめて、楽しい思い出です。

景色ではなくて、料理を堪能するなら、私は動かない場所でしたいですけどね。

ギリシャ旅行でしたクルージングでの食事は最悪。船酔いで、食べるどころではなかった記憶が残っています。何日も海原を眺めているのは単調だし、ギリシャ料理は美味しいわけではないので、エーゲ海のクルーズは二度としたくないと思いました。

エジプト3週間の旅行でした1週間のナイル川のクルーズは気に入りました。デッキから景色を眺める楽しみがあったし、海のように揺れるわけではないので、食事も楽しめたからです。

電車だと、川下りよりは揺れそう。それで料理を堪能できるでしょうか? 外気に触れられないで、水槽の中にいるような空間では、いくら優れた料理を出されても、感激するほどの食事はできないように思うのだけれど...。

鉄道マニアという人たちがいますよね。私は電車そのものには全く興味がないので、豪華な電車に乗るというには魅力を感じません。でも、オリエントエクスプレスには少し興味を持っていたのです。

日本の友だちがヴェネツィアまでの旅行をして、その時に電車の中で出された食事が素晴らしく美味しかったと話していたので。


オリエントエクスプレスのランチ

お天気が良い日、友人の家の庭で昼食をしたとき、貸し切ったオリエント急行で出されたランチのメニューを見せてもらいました。見せてと私が頼んだわけではないのですが、ご自慢で見せたかったらしい。



メイン料理のchou de homardが美味しかった、と話していました。一緒にいた友人が「キャベツ?」などと言うので、「いや、オマールのボリュームもあったのだ」と食べた友人は答えていました。

メニューを写真に撮ったので、じっくり眺めてみます。



率直なところ、このメニューで高めの値段を付けているレストランだったら、私は入る気はしませんけど...。

アトラクティブな高級食材を使っていますけれど、他の安い材料で固めている感じ。

前菜は、半熟卵で、こんな感じだったのかな。



高級キノコのトリュフを少し散らして、野菜を色々付け合わせている料理? ハーブと花弁の「雨」なんて言い方をしているのが面白いけど、単なる飾りでしょう?


メインは、キャベツに高級海老のオマールを詰めて、野菜を付け合わせたもの?

この料理は、社長さんがリクエストしたのだそうです。このオリエントエクスプレスとローラン・ギャロスは同じシェフのレシピなのだそうで、ローラン・ギャロスで出されたこの料理が素晴らしく美味しかったから注文したとのこと。

前菜にもメインにも、ニンジンが入っている。どうして?...

デザートは、大衆的なレストランでないと出てこないイル・フロッタントというのは酷くない?

こんな風なデザートだったはず。



前菜が卵だったのに、デザートもフワフワ卵? カスタード・クリームではなくて、日本でも流行っているスムージーを桃で作ってソースにしたらしいので、そこでオリジナリティを出していたのかもしれないけれど。

その後にお菓子がありますが、こんなに軽そうな料理なのに、チーズはなかったの? 列車で旅行するときに胃にもたれる料理は良くないという配慮なのかな。

お土産にはオリエントエクスプレスの分厚い写真集があったと見せてくれたので、それも撮影しておきました。電車には興味がないのですが、歴史が詰まった列車なのでしょうね。



この食事に満足した友人は食通というわけではなく、デラックスな雰囲気が好きな人なので、彼が「美味しかった」と言っても私は評価はしません。

トリュフとオマールのメニューだったら凡人は喜ぶだろう、という根性が見える献立は私には不愉快。余り工夫がないコース・メニューに見える。

でも、豪華列車だからということ、サービスの良さなどの雰囲気でカバーされて、他では味わえないほど美味しいと感激するような演出があるのでしょうね。

オリエント急行とはどんな列車なのか、動画を眺めてみました。


Venice Simplon Orient Express: Video guide

ほんとうに、豪華...。
でも、やはり、少し揺れながら食事するみたいですよね...。

追記(2017年8月):
後日、オリエントエクスプレスでの食事が美味しかったと話していた友人に会ったので、確認したかったことを聞いて、記事の内容を少し変えました。
その時の写真が携帯電話に入っていたので、料理の写真も見せてもらいました。オマール海老の料理は、丸ごとのキャベツの中に入っているような形に仕上がっていて、なるほど見事でした。


ブログ内リンク:
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
☆ Wikipedia: Orient-Express » オリエント急行
豪華列車 ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス


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2017/08/04
友達の家で飼われている猫が赤ちゃんを産んだというので見にいきました。

去年だったかに猫をもらったのでお嫁さんをもらったらオスの方が死んでしまった。それで、また雄猫を買ったのですが、待望の赤ちゃんが生まれたというわけ。



3番目のダイニングルームの壁面にあるクローゼットの中でお産をしたがっているように見えたので、入っているものを片付けて場所を作ったのだそう。いつもは使わない部屋で、ドアを閉めておけば静かなのが気に入ったのでしょう。

お母さん猫は片方の目が開かないという欠陥があるのですが、子どもを産むには問題なかったようです。生まれたばかりの子猫たちも、まだ目が開いていませんでした。


メインクーン(Maine coon)という大型のネコなのですが、赤ちゃんは普通に小さい。




メスで6キロ、大きな猫になると10キロなどという大きな猫なのですが、大型猫の中では最も人気があるようです。血統書付きだと1匹1,500ユーロくらいするのだとか。20万円?

それで、この家では、いなくなったり、盗まれたりするのを恐れて、庭には出さずに家の中だけで飼っています。1階部分だけでも広い家なので、猫の運動には事欠かないはず。

欲しかったら1匹くれると言ってくれたのですが、断りました。子犬くらいの大きさがある猫など、私は飼いたくないです。


1週間後にまた行ったときには、赤ちゃんたちも少しウロウロできるくらいになっていました。6匹生まれたのですが、残ったのは5匹でした。

親子は、相変わらずドアを閉めた来客用のダイニングルームで生活していました。



1匹だけお母さんと同じに白猫で、他はお父さんと同じに黒と白。ブチの感じが良くて、美しい猫になりそうな子が1匹いました。みんなで乳首をあさるときも、その子はしっかり場所を確保していたので、賢い子なのではないかな。


アンチークの鏡

パパは、部屋には入れてもらえないでいます。悪さをする危険があるから?



この家の人に後日会ったとき、先日のコメントで、サン・ゴバンの鏡は実物に近い色で映ると聞いたという話しをしました。ご主人がアンティークに詳しい人なのです。

鏡はガラスの反面に金属を蒸着させて反射させるのですが、昔の優れた鏡はガラスの裏に金を使っているのだそう。それで非常に高価なのだそう。

この写真でお父さん猫の後ろにある鏡が、そういう作り方をしていると言われました。この次にお邪魔したときは、猫だけではなく、この鏡も眺めてみようと思います。玄関ホールの窓際にある鏡。


ヴェルサイユ宮殿の鏡の間の鏡を作ったサン・ゴバン(Saint-Gobain)は現在でも続いているフランス企業なので、売っている鏡を探したら、こういう現代的なのが出てきました。


Miroir design Dijon 800 mmx600 mm de Saint Gobain

80 cm x 60 cmの鏡で、ライト付き。定価が328ユーロ(約4,3000円)。私には高いのか、そうでもないのか分からない。


外部リンク:
☆ Wikipedia: メインクーン
Fabrication miroir


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