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2018/04/30
4月半ば、庭に植えた枝垂桜が満開になりました。



今年の春は、いつになく庭の木々は見事に花を咲かせています。余り実をつけなかった果樹も、花の感じをみると今年はたくさん実りそうに見えるのですが、どうなるかな?...


信じられなかったお話し

少し前のこと。家に電気のメーターを調べに来た人が、悲しいような、微笑ましいような話しをして帰ったと友人が言いました。

近所の人たちから、お宅が飼っている猫がキツネと一緒にいるのを見た、と何回も言われたことかあったのだそうです。ところが、少ししてから、その猫は車にひかれて死んでしまった。

猫が他界した翌日、家の前に来ているキツネを見かけたのでした。その後も、何回かキツネを見た。今までは、家の近くでキツネを見ることはなかったのに。

猫とキツネは友達だった、ということ? 信じられないと思いました。私の猫がキツネに追いかけられているのを見て、驚いたことがあるのです。

隣の家の庭で、何か騒然とした雰囲気になっている気配を感じたので、隣の家の庭を覗いてみると、私の雌猫が必死に走って逃げており、木をよじ登って、こちらの庭に渡って来たので助かったという場面だったのです。

下手したら、私の猫はキツネに食べられていたのだろうと思いました。


キツネと猫が親しくなるということがあり得るのかと思って、インターネットで検索したら、こんな動画が出てきました。


L'amitié improbable entre un renard et un chat

トルコでのお話しのようです。

日本でも話題になったらしい:
野生のキツネと猫が仲良しすぎてかわいい

猫はキツネに負けるものだろうと思っていたのですが、勇敢なネコもいました。




Cat vs fox / an cat i gcoinne an tsionnaigh /Katze gegen Fuchs / Chat contre Renard

ブログ内リンク:
★ 目次: 今年のミレジムは? (ブルゴーニュ・ワイン)

外部リンク:
Les renards représentent-ils un danger pour mon chat?



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2018/03/15
ブルゴーニュにいる友人仲間の中に、とても仲良しの二人がいます。幼なじみの仲だとは知っていたのですが、彼らは enfant de chœur だった仲なのだと言われたときには、少なからず驚きました。


ミサのお手伝いをする子どもたち

enfants de chœur という言葉は、そのまま訳せば「クワイヤの子どもたち」。

chœur(クワイヤ)とは、教会の中で祭壇がある部分で、ここを指します ↓




つまり、司祭が祭壇でミサを行うのを助ける役割を担う子どもたちが enfants de chœur。例外もあるかもしれませんが、子どもたち、伝統的には男の子がなります。

日本では、侍者(じしゃ)、祭壇奉仕者と呼ぶようです。フランス語でも servant d'autel とも呼ばれるそうなので、文字通り「祭壇奉仕者」ですね。

侍者になった子どもたちには、一人ひとりに役割が決まっているそうです。ロウソクを持つ、十字架を持つなど...。




侍者をしていた私の友人たちは、日曜日のミサの他にもミサがあったので、教会で頻繁に手伝っていたと話していました。共に60歳を超えているので、彼らがブルゴーニュの田舎で子ども時代を過ごしていたときには、みんなが信心深かっただろうと思います。

今では、田舎の小さな教会では、近郊の教会で回り持ちで日曜のミサをあげているので、毎週ミサがあるというわけではありません。ミサに侍者の子どもたちの姿が見えるのは、大きな教会か、特別なミサの時だけだと感じています。

下は、ワイン祭で行われた大きな教会でのミサで、祭壇に向かって行進していた侍者たちです。



こんなに勢ぞろいした侍者たちがいるミサは滅多に見ることがないので、写真を撮っていました。


神に奉仕する子どもたちの悪戯

侍者は大事な役割をするので、品行方正な子どもが選ばれるのだと聞いていました。

私の友人たちが侍者をしていたと聞いて驚いたのは、そんなのに選ばれるような子どもだったとは思えない二人だったからです。学校の成績が良かったはずはなく、かなりの悪戯っ子だっただろうと想像していました。

幼なじみの彼らにとって、一緒に教会で侍者をしていたのは楽しい思い出のようで、おしゃべりをしていると何をしていたかなどの話題に出してきます。

そんな話の中に、ミサに使うワインを内緒で飲んでいた、というのがありました。それは、どこの教会でも普通に行われていたことだという話しぶりなのです。

いたずら盛りの男の子たちが集まったら、悪いこともして遊んでしまうだろうなとは思う。でも、神聖な教会の中で、男の子たちが悪ふざけをするなんて想像ができないので、情報を探してみたら、こんな絵画が出てきました。

Demetrio Cosola (1851~95年)というイタリアの画家が描いた、「司祭のワイン(1875年)」と題された作品です。



ほんとうだ。ミサの準備をしているらしい男の子たち。グイっとワインを飲んでいる!


フランスの画家も描いているのではないかと思って探してみたら、幾つも出てきました。

例えば、こちら ↓


Le vin de messe(ミサのワイン)

友人が言っていたように、祭壇奉仕者の男の子たちは、ミサに使う司祭さんのワインを用意しながら、ついでに面白がって盗み飲みしていた、というのは本当らしい!

幾つも出てきた侍者の男の子たちを描いたのは、ことごとくPaul Charles Chocarne-Moreau (パウル・シャルル・ショカルネ=モロー 1855~1930年)という画家の作品でした。

ブルゴーニュ地方の行政中心地のディジョン生まれの画家で、叔父に有名な司祭が2人いたそうなので、こういう光景を見慣れていたのでしょうね。 ワインに格別な思い入れがあるブルゴーニュなので、友人が言っていたように、子どもたちがミサのワインを試飲してしまっていた、というのはありそうなお話し。

余り知られてはいない画家だろうと思うのですが、彼の作品を並べているサイトがありました。

下のリンクをクリックすると作品の画像を見ることができます。お友達らしいパン屋の男の子にワインを振る舞っているという絵画もありました。

画面の最後に出る「+ AFICHER PLUS」の所をクリックすると、さらに絵画が出てきます。

Paul-Charles Chocarne-Moreau

ショカルネ=モローは、庶民の少年たちを多く描いた画家だそうです。何処にでもいそうな腕白少年たちの姿。いかにもフランスらしくて、彼の作品が気に入りました。

作品をスライドショーにした動画があったので入れます。侍者の男の子たちがワインを飲んでいるのを描いた作品は、1分24秒のところから、2枚入っています。


Chocarne Moreau Paul Charles

パン屋さん、真っ黒になっている煙突掃除の男の子をよく描いていますね。


ところで、先に見つけたイタリアの画家も、こちらのショカルネ=モローも、19世紀後半に生まれた画家でした。

それより前の時代には、もっと敬虔な信仰心があって、ミサのお手伝いをする子どもたちがこんな悪戯はしなかったのではではないかと思ったのですが、やはりやっていたのかな?..

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外部リンク:
侍者って実はすごい
侍者とは何をする人ですか?
☆ Wikipédia: Paul Chocarne-Moreau
☆ Wikipédia: Plan type d'église


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2018/02/01
レジオンドヌール勲章って、なんだか変... 」で書いたレジオンドヌール勲章をもらったフランスの友人は、少し浮世離れした人なので、叙勲式に招待されて行ったときには面白い話しを聞きました。

この勲章が「なんだか変」と思った続きを書きます。


フランスで勲章をもらうなら、自分で勲章を用意する

レジオンドヌール勲章は、それをすでにもらっている人が誰かに与えるということのようです。私の友人の場合は、もと大臣だった人が勲章を与えたという筋書きでした。叙勲式はパリ市庁舎で行われ、パリ市長がセレモニーを取り仕切っていましたが、友人の首に勲章をかけたのは元大臣だった人でした。

その元大臣は、友人の叙勲式が迫ったときに電話してきて、「ところで、きみ、勲章は用意してある?」と聞いたのだそう。

友人夫妻は、受賞する本人が自分で勲章を用意しておかないといけないのだと知って慌てたのでした。「もう1週間しかなかったのだから困るじゃないの。何処で勲章を買えば良いのか、私たちは知らないのだし」、と奥さんは笑いながら私に言いました。

でも、私でさえも、フランスで勲章をもらうときには、自分で勲章を用意することになっているのは知っていたのですけど...。

それを知ったのは、在日フランス企業で働いていたときでした。広報部長だったフランス人が、職業上で功績があったという勲章をもらうことになったのです。威勢の良い年配の女性だったので、「勲章は自分で買って用意しておかなければいけないのですって! とんでもないわよ~!」とオフィスで息まいていたのです。

友人が叙勲式に必要な勲章は持っていないと元大臣に答えると、彼は幾つも持っているので、1つあげると言ってくれたのだそう。それで、無事にセレモニーができた、ということだったのでした。

そういえば、似たような話しが日本でもありました。

結婚式をあげたカップル。当日の控室で、式を取り仕切る係の人から「結婚指輪をお預かりします」と言われたのだけれど、そんなものは用意していなかった二人。新婦の方は婚約指輪をもらっていたので、それを外して係の人に預け、それで指輪交換の儀式が筋書き通りにできたのでした。

日本では、婚約指輪を男性が相手の女性に渡すというのは普通にするけれど、結婚指輪をする人は少ないと思うので、当日用意していなかったというのは分かる気がします。

でも、考えれてみると、日本の結婚式で指輪交換をするのって奇妙ではないですか? 結婚指輪をしている日本人男性は見たことがないですもの。みなさん、セレモニーのためだけにご購入なさるのでしょうかね...。




それにしても、友人夫妻が勲章を自分で用意しなければいけないのを知らなかったというのは、腑に落ちませんでした。レジオンドヌール勲章は下のランクから順番にもらって昇格していくので、彼の場合は過去に2回の叙勲式を経験していたはずなのです。

知らなかったとしたら、前の2つの勲章をもらった時にはどうしていたのか不思議...。

別の友人に聞いてみたら、こういう場合は、たいてい友人たちなどがカンパして勲章をプレゼントするものなので、自分で買う必要があるとは思っていなかったのではないか、とのこと。レジオンドヌール勲章も3個目ともなったら珍しさがなくなって、彼の友人たちは心配してくれなかったかな?...

本人は当日初めて勲章を見る、というのもありえるかもしれない。私が行った受勲式では、ご本人が到着する前に会場に置いてありましたので。


レジオンドヌール勲章のお値段は?

そもそも、勲章をもらっていなくても買える、というのからして奇妙ではないですか? でも、パリを散策していたとき、勲章を売っている店を見かけたので、こういうところで買うのかなと思いました。



レジオンドヌール勲章であろうと、誰でも勲章は買えるけれど、それを付けて外出したり、悪用したりしないのなら、趣味で持つのは自由らしいです。

ところで、レジオンドヌール勲章のお値段はどのくらいなの? 勲章を扱うネットショップはありそうなので、友人がもらったコマンドゥール(3等)の勲章が幾らで売られているのか調べてみました。

この勲章に関するフランスの記事を読んでいたら、例えば造幣局で買えば良いと書いてありました。パリのセーヌ川の畔にあるパリ造幣局(Monnaie de Paris)の博物館のサイトを見たら、512ユーロで販売していました。7万円余りとは、かなりお高いのですね。

そんなお金は出せない人が受勲する時は、どうするのだろう? 結婚式に婚約指輪で指輪交換のセレモニーをするように、それらしきものを出して叙勲式ができるとは思えないけれど...。

他にもレジオンドヌール勲章を売っているサイトがあり、こちらでは同じものらしい純銀に金を施したコマンドゥールのメダルが395ユーロとなっていました。銅に金をほどこした勲章なら、265ユーロ。

銀のメダルにすることにした場合、5万円払うか、7万円払うかの違いがでます。その差額って何なのだろう? 同じものでも、造幣局では目いっぱいの価格で売っているということなのかな?...

ところで、この記事を書きながら、彼はその後にもう1つ上のグラントフィシエ(2等)に昇格していたのを知りました。そんな話は全く聞いていなかったので、共通の友達で、ニュースもしっかり読んでいるフランス人に聞いたのですが、知らなかったと言っていました。グラントフィシエといえば、もらえる人はかなり限られるのですが、そんなに大きくは報じられないのでしょうね。

上のランクになると、勲章のお値段も跳ね上がるのですね。友人が最近にもらったグラントフィシエは、フランス造幣局では1,190ユーロで販売していました。17万円ですよ~! もしも誰もプレゼントしてくれなかったら、彼は自分で買ったのかな?...

日本で天皇陛下から勲章をいただくときに、その勲章を自分で用意する必要があるということはないですよね? 私の父も何かの勲章をもらっていたので聞いてみたら、自分では用意しなかったと返事された気がします。

でも、父が受勲したら、色々な人に引き出物みたいなものを送っていたので、日本でも受勲にお金がかかるのは同じかもしれません。受勲するとなったら、大きなカタログが送られてきて、その中から引き出物を選んでいました。私にも、やたらに大きな置時計をくれましたが、嬉しくもない。3年くらいで壊れてしまったので、捨てました。


勲章には表と裏があった

ネットショップのサイトに入っている勲章の画像を眺めて、不思議に思ったことがありました。

前回の日記に入れるために、友人の叙勲式が始まる前に置かれていた勲章の写真をブログに入れるために加工したわけなのですが、気がついたことがあったのです。



濃紺のクッションに置いてあった勲章は、中央の部分が2つの旗を交差させてデザイン。ところが、ウエブに入っているコマンドゥール(3等)の勲章の画像は、中央の部分がフランスのシンボルであるマリアンヌらしき顔なのです。

Wikipediaに入っていた画像も、それでした。

Commandeur de l'Ordre de la Légion d'Honneur avers.jpg

2種類あるのかな? 元大臣がプレゼントしてくれたのは、ひょっとして偽物だったのではないかと疑ってしまいました。

価格を調べるために眺めたサイトでは、中央が違う勲章の写真が2つ入っていました。説明を読んだら納得。

この勲章の表面は、フランスの象徴マリアンヌの横顔の回りに「フランス共和国」と書かれてある。裏側は、2つのフランス国旗の回りに「名誉と祖国」の文字、その下に創設された年号として「29 floréal An X (1802年5月19日を意味する)」と刻まれているのでした。

勲章を首にかけた友人の姿を写した写真を眺めてみたら、マリアンヌの方の面が出ていました。叙勲式が終わった後に、一緒に行った友人が面白がって自分で勲章を首にかけて写真をとったりしていたのですが、誰かが「それでは裏返しだ」と言って直していたのを思い出しました。

としたら、セレモニーが始まる前には、裏側を表にしてクッションに置いていたことになります。なぜ? 市役所にはプロトコールの専門家がいるはずですから、間違えたとは思えない。

まだセレモニーの前だから、裏側を見せることになっているのかな?.... どうでも良いことですけど。


叙勲式は自分でオーガナイズするの?!

日本で天皇が行う勲章親授式は、春季と秋季に皇居で行われ、文化勲章は文化の日と決まっています。でも、レジオンドヌール勲章ではそうではないのでした。

Emperor Akihito Yoshiro Mori and Hideki Shirakawa


レジオンドヌール勲章の叙勲式は、ご本人がセレモニーを行う日や場所を決めることができるそうです。セレモニーで勲章を与える人を誰にするかには少し条件がありますが、列席者を選ぶのは自由なようです。

叙勲式は官報で発表されるので、その翌年に行うのが望ましいとのこと。外国人の場合は叙勲式を行わなくても良いとあるので、フランス人の場合はセレモニーを行うのが義務らしい。

勲章も買って、セレモニーやレセプションの会場まで決めなければまらいなんて、面倒くさいではないですか? 自分ですべてやったら、ますます勲章を「いただいた」という気分にはならないのでは?

ところで勲章ですが、軍人の場合は官報での発表後すぐに付けて歩いて良いけれど、それ以外の人は叙勲式が終わってからでないと付けてはいけないことになっているのだそうです。

レジオンドヌール勲章を叙勲した人は、レジオンドヌールのオルドル(騎士団)のメンバーになることができるわけですが、それの事務手続きの費用を負担しなければいけないようです。下の等級で50ユーロ、最高の等級で200ユーロ。


レジオンドヌール勲章をいただいたメリットは?

叙勲式が終わった後には、友人夫妻の家に来るように言われていました。それで会場を後にして、パリ市庁舎から出て道路に立つ。すると、彼らはバス乗り場に向かって歩き出し、バスで帰宅したのでした。

こんな権威がある勲章の授章式をオーガナイズしていたのはパリ市だと思っていたので、お車を用意しなかったのかと少しおどろきました。友人夫妻も、セレモニーで疲れたからタクシーで帰ろうとしなかったのも不思議。彼らのマンションは、会場だったパリ市庁舎に近い地域にあるので、タクシー代を節約するほどのこともなかったのです。

帰宅したら、友人は無造作に勲章を玄関の下駄箱の上に置きました。その翌日も遊びに行ったのですが、勲章はまだそのまま。レジオンドヌール勲章を辞退はしなかったけれど、私の友達は受勲を特別なことだとは思っていなかったのでしょうね。

叙勲式から帰って、彼らの家で寛いでおしゃべりをしたとき、レジオンドヌール勲章が役にたつのは旅行するときだなのだ、と友人は笑いながら話していました。

フランスで交通違反の取り締まりをしているのは、都市ではポリスと呼ぶ警官ですが、地方では地方警察官。地方警察官は、軍隊に属しているの人たちです。レジオンドヌール勲章は本来は軍人に与えるためにできたものなので、地方警察官たちにとっては、この勲章をもらった人は自分たちのお仲間だ、という意識があるのだそうです。

友人が旅行するときには、車のグローブ・ボックスにレジオンドヌール勲章を入れておくことにしている、と話しました。スピード違反をしてつかまったときに、ちらりと見せる。すると、警察官は尊敬のまなざしで見てくれて、交通法規違反なんかは見逃してくれるのだそうです。彼だったら、ひょうきんな顔をして、そんなことをやってしまうかな...。

これも日本で聞いたことがあるお話しだと思ったのですが、「この紋所が目に入らぬか!?」というのと同じ効果があるというわけですか...。


それを私の友人が思いついたとも思えない。ひょっとしたら、フランスのレジオンドヌール勲章をもらったお仲間たちはよくやっているから、彼に教えてくれたのではないでしょうか?

追記(2018年2月)
勲章には全く興味がない私なのですが、書き出してしまうと疑問が次々と浮かんでくる。

ナポレオン1世がレジオンドヌール勲章を創設した時、彼は勲章を軍人だけに与えたのだろうと思ったのですが、そうでもないのでした。社会に貢献した評価した医師、企業家、芸術家などにも勲章を与えていました。フランス第二帝政になるまでの時期に、受勲者に占める軍人は75%だったそうです。その後、軍人以外の受勲者の割合は増えて、パーセンテージは逆転しましたが。


書きながら調べてみたら、このレジオンドヌール勲章をいただいた(買った?)のは名誉だと思って喜ぶなら良いけれど、実質的なメリットはほとんど無いようなのでした。ノーベル賞を受賞すれば1億円くらいの賞金をいただけますが、レジオンドヌール勲章でもらえるお金はゼロに等しいそうです。

レジオンドヌール勲章でも年金支給があって、いちおう等級が上がるにつれて高くなります。

でも、最低ランクのシュヴァリエで、年に6.10ユーロ(約850円)。フランス大統領にでもならないともらえない、最高ランクのグランクロワでさえも36.59ユーロ(約5,000円)。こんな形だけの恩給なんて廃止すべきだと主張する人たちがいるそうです。支払いに手間がかかるだけなので、止めた方が良い、と私も思いますね...。


レジオンドヌール受勲者の娘たちだけが入学できる学校

レジオンドヌールの受勲者にとって、何かメリットがあるのかを調べていたら、そういう学校があるのを知りました。Maison d'éducation de la Légion d'honneur(「レジオンドヌール教育の館」と訳す?)という名前で、中等教育と高等教育が行われる学校でした。

学校の創設者は、レジオンドヌール勲章をつくったナポレオン1世。レジオンドヌールを受勲した軍人の娘、孫、ひ孫の女の子で、孤児だったり、貧しかったりしても教育を受けられるように、というのが目的で作られた学校だそうです。なぜ女子だけなのか気になりますが、男の子の方は何とかなるからなのでしょうね。

ナポレオンは戦争ばかりしていて、大量の戦死者を出したためにフランスを人口危機に貶め、戦争で使うために農耕馬を没収して農業を危機にもした人なわけです。軍人を死なせてしまうけれど、遺族の面倒はみるのだ、とアピールすることを考えたのでしょうね。

レジオンドヌール勲章をもらった人の3世代の女の子が入学できる学校は、今でも非常に高度な教育が行われている公立学校なので、受勲の特典と言えるようです。入学できる人数は限られているようですが。

この学校出身のマドモアゼル達のバカロレア(大学入学資格試験)合格率は100%、その半分以上は最優秀の評価を獲得していうというので、教育レベルの高さはうかがわれます。音楽などカルチャーの授業にも力を入れているのだそう。

この学校の生徒は、全員が寄宿生活をします。生徒たちは学年によって色分けされた襷(たすき)を付けた制服を着ていて、軍人さんの学校の雰囲気に見えてしました。

学校の様子を見せるテレビ番組があったので入れておきます。もっと長いルポルタージュは、情報リンクのYouTubeをご覧ください。


Les Demoiselles de la Légion d'honneur - Visites privées

こんな学校がフランスにあるとは、私は知りませんでした。なんだか、異様なフランスの一面のように見えてしまうのですけど...。

学校は、パリ首都圏にあるサン=ジェルマン=アン=レー市とサン=ドニ市にあるのですが、上の動画で紹介さえている学校は、サン=ドゥニ市にある見事な建物で、広大な敷地(24ヘクタール)の学校の方。日本ではありえないゆな恵まれた環境に見えますが、ナポレオンが好きでなかったら学校生活はできないでしょうね。いたるところにナポレオンの肖像画が見えますので。

この学校で勉強するためには、年に2,600ユーロ(約36万円)の教育費のほか、制服も買う必要があります。第一に、難関の入学試験に合格しなければならない。

そのほかのメリットとしては、レジオンドヌール勲章のオルドル(騎士団)に入っている人が入れる豪華な老人オームなどというのもありました。でも、それだって空きがないと入れないのではないかな...。

こちらの動画が説明しています。

Les avantages de la Légion d'honneur




レジオンドヌール勲章について書いたのですが、偶然がありました。

少し前にルネサンス美術館になったエクアン城について書いたのですが(ルネサンス美術館となっているエクアン城)、1807年に皇帝ナポレオン1世の命で、レジオン・ドヌール受勲者の娘たちのための寄宿学校がエクアン城に設立され、移転するまでの150年間、城は学校として使われていたのだそうです。

前の記事:
レジオンドヌール勲章って、なんだか変... 2018/01/25

内部リンク:
★ 目次: 戦争、革命、テロ、デモ

外部リンク:
☆ Wikipedia: Ordre national de la Légion d'honneur » レジオンドヌール勲章
☆La grande chancellerie: Préparer sa remise de décoration
☆ Monnaie de Paris: Médaille et Rosette Légion d'Honneur
☆ Mouret Médailles officielles: Ordre de la Légion d'Honneur
Recevoir la Légion d'honneur, ça change quoi
☆ YouTube: Grands Reportages du 3 septembre 2017 Les filles de la légion d'honneur TF1
☆ Wikipédia: Maison d'éducation de la Légion d'honneur
☆ レジオン・ドヌール勲章(Légion d'honneur)(1) (2)
☆Le Parisien: “C'est avec des hochets que l'on mène les hommes”
ノーベル賞の賞金はいくら?



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2017/09/18
ブルゴーニュにあるのに見学したことがなかったの城に行ってみました。

高級なシャトーホテルになっているので入れないと思っていたのですが、城の近くに住んでいる人が、テラスで食前酒を飲むのが気に入っていのだると話していたので、気楽に敷地に入ってみたのです。


コート・ドール県にある Château de Gilly(ジリー城)



Château de Gilly(ジリー城)、あるいは村の名前を付けてChâteau de Gilly-lès-Cîteaux(ジリー・レ・シトー城)と呼ばれ、14世紀から17世紀に建築された建物です。

11世紀にブルゴーニュでシトー修道会が誕生したのですが、その本山とも言えるシトー修道院がこの近くにあります。そこの院長館として使われていました。そのため、ジリー城はPrieuré des abbés de Cîteaux(シトー会の大修道院長たちの修道分院)とも呼ばれます。

地図で確認してみると、シトー修道院から約10キロのところにジリー城があり、さらに3キロ行くと、ブルゴーニュの観光写真でよく登場するクロ・ド・ヴジョ城があります。こちらの城があるのはブルゴーニュワインの特級ランクのクロ・ド・ブジョ(Clos de Vougeot)が生産される地域ですが、そこもシトー修道院のブドウ畑だったのです。


シトー修道院(16世紀当時)

Abbaye de Cîteaux
クロ・ド・ヴジョ城



同じくブルゴーニュで誕生したクリュニー会が壮麗で華麗すぎるということで、質実なシトー会ができたわけですが、シトー修道院の院長の館だったジリー城を見ると、そんなに地味にも見えない...。シトー修道院はフランス革命で破壊されているので往事の姿は連想できませんが、クロ・ド・ブジョ城も立派ですし。

ジリー城の地下にあった食糧やワインを保存した貯蔵室は、現在ではレストランとして使われています。柱頭彫刻はシトー派独特にシンプルになっていますけれど、豪華。

Château de Gilly-lès-Cîteaux
Restaurant « Le Clos Prieur », dans l'ancien cellier du prieuré

5つ星を持つジリー城のホテル・レストランの様子は、旅行サイトでたくさん写真を入れています:
シャトー ド ジリ(Château de Gilly


ジリー城に行ってみたら、建物は立派ですが、いかにも高級ホテル・レストランになった城という感じがしました。人が住んでいる城とは違って、昔を彷彿とさせたりする雰囲気に欠けるのです。

しかも、現代芸術の展示がなされていて、広い庭のあちこちに私が嫌いなタイプのオブジェがある。一緒に行った友人も好きではないので、庭園を一回りした後で帰ろうかということになりました。

でも、二度とは来ないところでしょうから、シャトーホテルのテラスで食前酒のワインを飲むことにしました。この日は昼に素晴らしい料理を食べていたので、夜は食前酒とおつまみ程度でちょうど良い腹具合だったのです。


サービスしてくれた食前酒のおつまみ

なかなか気持ちの良いテラス。広々とした庭園にのぞんでいます。所せましと置いてあるオブジェがなかったら、もっと気に入ったのに...。どこを見てもある。怖くなるようなのもある...。テラスには昔風の泉もあったのですが、その横に色々な顔を串刺しにして差してある。

テラスでグラスワインを飲むのが楽しいと教えてくれたマダムは、カナペなどを出してくれるのだと話していました。それでグラスワインを注文した時、お給仕の人に何かつまむものがあるかと聞いてみました。

すると彼は、ピーナツとかポットチップとかを出すけれど、何かおつまみになるものがレストランにあるかどうか聞いてみると言ってくれました。

ポテトチップは紫色のジャガイモで作っていました。その他に、ピーナツや日本のおかきのようなものが出てきたのですが、そういうのでは味気ない。

しばらくすると、お通しのようなものが出てきました。



お給仕の人が調理場で見つけたもので盛り付けてくれたのだそう。

さすがに、「シトー」と呼ぶ、今でもシトー修道院で作っているチーズものっていました。大好きなブルゴーニュのチーズですが、小さい...。

出してくださったものを食べ終わり、グラスワインも飲み終わったこと、また違うおつまみを出してくれました。感激するほど美味しくはないのですが、サービスで出してくれるのは嬉しい。



ここのレストランではブルゴーニュ色を出しているのでしょうね。ジャンボン・ペルシエやグージェールがあります。

これまた、お給仕の人が自分で調達してきたのだと強調する。つまり、お勘定はいらないということだと思うのですが、そういう場合にはフランスではチップをはずむのですよね。

せっかく出してくれたのですが、もうグラスワインは飲み終わってしまっていた。それで、ワインを追加注文することにしました。グラスワインの白は2種類しかないので、また同じものを飲むのはつまらない。

それで、お給仕の人にボトルで持って来てもらうことにしました。ワインリストを見ると、ワイン選びには余りこだわっていないレストランなのか、ネゴシアンのワインが多くて、魅力的に見えるドメーヌのワインがないのでした。しかも、高級ホテルのレストランなので、かなりお高いワインしかない。

オーセイ・デュレスの白ワインの2015年を選びました。ドメーヌはDomaine Lafouge, Auxey。1本50ユーロ。

飲み残したらもったいないので、お給仕の人にもしも残ったら持ち帰っても良いかと聞いてみました。最近のフランスでは、レストランがワインの消費を促すために、残したら持ち帰って良いのだと言うようになったのです。

そうなったことに気がついて書いた記事:
シャブリの町で昼食 2005/03/11

もう10年余り前からでしたか。

この時のお給仕の人も、気持ちよく飲み残しのボトルはお持ち帰りください、と言ってくれました。

かなり美味しいワインだったので満足。なかなか感じの良いお給仕の人なので、選んだワインがとても美味しいということからおしゃべりが弾みました。

それで、持ち帰りができないワインもあるのだと話してくれました。


レストランでロマネ・コンティを飲んだとき、記念にボトルを持ち帰れない?

持ち帰れらせないというのは、ロマネ・コンティなのだそう。

この日の昼に入ったレストランでは、ワイン・リストにロマネ・コンティ 1997年が入っていて、9,900ユーロでした。



換算すると、ロマネ・コンティを飲みたいと思ったら140万円くらい払うことになります。

ジリー城のレストランでは、もう少し安くて、90万円か100万円という感じのお値段だと言っていました。

それだけ出したら、普通の人は記念に空になったボトルを持ち帰りたくなりませんか?

でも、ロマネ・コンティのドメーヌから、客がボトルをレストランから持ち帰らないように言っているのですって。アジアの人が空のボトルを使って偽物を作って売ることがあるのを防止するためなのだそう。

空き瓶はドメーヌに返すのが本来なのだけど、このレストランでは割っているのだそうです。ロマネ・コンティのボトルを仕入れるのはかなり困難だし、高いものなのでいつも1本しかストックしていないのだと話していました。

確かに高級ワインの偽物が出回っているのはニュースで時々でてきます。そういうのが無かった時代は大らかだったのですけれどね。ブルゴーニュに来た日本人がレストランで飲んだ高級ワインを喜んでいるのを見ると、お給仕の人にラベルを剥がして記念に持ち帰らせてあげてくださいと頼んだりしていました。ある高級レストランでは、そういうお客さんが多いのか、専用の厚紙に貼って記念アルバムのようにしてくれたりしたことがありました。

でも、そのうち、ラベルは水につけたくらいでは剥がれなくなったので、もう久しくそんなことを頼んだりはしていないな...。

ロマネ・コンティをレストランで飲んだことなどはないので、ボトルを持ち帰りたいと言って断られるのかどうか知りませんでした。

本当の話しなのだろうかと思ってフランスのサイトで調べてみたら、ドメーヌではそう言っていると書いてあったので本当らしい。日本ではどうなのかと調べてみたのですが、情報は出てきませんでした。

レストランでロマネ・コンティを注文した人に、ボトルのお持ち帰りはできませんが良いですか? と聞いているのかな?... お金のことなんか気にしないような裕福な人が注文するでしょうから、そんなけち臭いことを言ったら失礼になりそう。かと言って、お客さんの方からボトルを持ち帰りたいと言った時に断られたら、怒ってしまうではないですか? 百万円も払っているのに、ボトルもくれないなんて許せないですよ。

ところで、お給仕の人とロマネ・コンティのボトルの話したとき、偽物を作られてしまうからと言いながら、彼は3回くらい「アジア」と言っていました。お給仕の人が姿を消した後、私の目の前でアジアと繰り返すのは失礼だ、と友人の方が指摘していました。「中国」と言うべきだった、と私。

こんな高級ホテルおお給仕の人はプロの教育を受けているはずなので、確かに変。友人は、私がアジア人に見えなかったのではないかと言っていました。そんなことないと思うけどな...。


ロマネ・コンティのボトルをコレクションしたかったら、店で買うしかない?

フランスでロマネ・コンティを1本買おうとしたら、かなり苦労します。日本だと、ワインショップに行ったらどこででも売っている感じがするのですけれど。

地元ブルゴーニュでも、ドメーヌから直接買うとしたら、DRCブランドのワイン12本入りをケースで買って、その中にロマネ・コンティが1本入っているという形です。それも順番待ちで手に入る。あるいはコネがないと入手できないのかもしれません。順番待ちのリストに入れてもらったブルゴーニュの友人がいるのですが、その後何年たってもお知らせは来なかったと言っていました。DRCのワインはどれも高いので、それを12本も買ったら幾らだったのかな。順番が来なくて良かったではないの、と言ってしまいました。

ブルゴーニュワインのメッカ、ボーヌにある観光客用の店ではロマネ・コンティのボトル売りをしているのを見ましたけれど、地元の人は行かないから知らないのでしょうね。


ロマネ・コンティを楽天市場で検索

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20年前くらい前の時代には、ブルゴーニュの特級ランクは今のようには高価ではありませんでした。頻繁に飲むことはできないけれど、何かあると特級ランクのワインでも比較的気楽に飲めていました。今では、よほどのことがない限り、私のような庶民は飲めなくなっています。

私が飲んだロマネ・コンティは、1973年のミレジムでした。飲んだのは、30年近く寝かせてあったボトル。割ってしまうかもしれないと思い付いたとき、空き瓶を庭に出して記念撮影していました。



ロマネ・コンティのドメーヌが、偽物づくりをさせないために空き瓶の管理にも厳しくなったということは、このボトルは高値で売れるのかな?...

空き瓶を売っているかと調べてみました:
ヤフオク! - 「ロマネコンティ 空き瓶」の検索結果

日本では売っているではないですか。そうだったら、ドメーヌがレストランに空き瓶を割らせても意味がないですよ~。


古城と現代芸術の関係

お給仕の人にはチップをはずみましたが、こういうホテルだと、まともにおつまみの料金を払ったら、かなりのお支払いになっただろうと思う。それでも、簡単に食事できるくらいの金額になったけど、ボトルで注文したワインが美味しかったので満足。テラス席にはほとんど人がいなかったので、お城を独占した気分を味わえたし。

ジリー城を立ち去るときにはすっかり暗くなっていました。

突拍子もないと思った現代彫刻の写真も撮っておこうと、カメラのシャッターをきりました。



奇怪な人物のほか、キリンまでいる! ホテルに泊まったとして、こんな庭を散歩したくないですけれど、こういう芸術を評価する方もいらっしゃるのでしょうね。

地元ブルゴーニュのテレビ局が報道していました。


Le château de Gilly, entre patrimoine et expositions contemporaines


立ち去る時に城を振り返ると、暗いから芸術作品が余り見えなくて、城はなかなか美しいと思いました。



よほど、金属を丸くしてエスカルゴに見せるのがお好きらしくて、ライトアップで大きなのが見えてしまっている。

こういう現代美術の作品が城の中や外に展示されているのはあちこちで見ていますが、ヴェルサイユ宮殿でのことをブログで書いていました。



 【楽天市場】人気の銘醸ワインが勢揃い!ブルゴーニュ特集

ブログ内リンク:
★ 目次: 城について書いた記事ピックアップ
世界で一番高いワインはロマネ・コンティじゃないの? 2016/03/23
★ 目次: ロマネ・コンティのブドウ畑ウオッチング
★ 目次: 宗教建築物に関する記事

外部リンク:
La Romanée-Conti, ce vin que vous n'acheterez probablement jamais
偽物ワインの氾濫
☆ Wikipédia: Château de Gilly-lès-Cîteaux
Exposition de sculptures au Château à Gilly-les-Cîteaux
☆ Wikipedia: シトー会 » Ordre cistercien » Abbaye de Cîteaux


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フランスのお酒 (ワインなど)



2017/08/05
普通のフランス人は、老齢年金をもらって働かずに生活できるようになるのを心待ちにしています。でも、1人だけ、会社から辞めてくれと言われるまで退職はしないだろう、と思える友人がいます。

彼は営業マンなのですが、会社の待遇がとても良いのです。出張があって残業があるので、振替休日をもらうこともあり、年休は8週間くらいになっています。それ以外にも、家で仕事をしても良いらしく、ねんじゅう家にいる感じ。でも、今週は数千キロを車で移動したので疲れているけれど、来週はお休みだから一緒に食事しようと誘われたところです。

彼の会社では、競合会社に比べると高い値段で商品を売っているのだそうですが、サービスが良いので売り上げは好調なのだそう。お客さんから欠陥品だったというクレームの連絡があると、すぐに新品と取り換えるのだ、と自慢していました。日本ではごく普通のサービスですが、フランスでは例外的な対応ですから信頼を確保できるだろうと思います。

彼が得意にしているのは、クライアントを喜ばせることらしい。高級レストランに招待したり、特別に喜ばせる企画をしているのです。彼が働いている会社の顧客は公共機関なので、つまりは賄賂じゃないかと思ってしまうけれど、友達がしていることだから何も言いません!


食事に招待するのがフランス式の接待

Internationaux de France de tennisテニスの試合ローラン・ギャロス(全仏オープン)には、毎年お得意さんたちを招待しているのだそう。少人数ずつ招待するらしくて、シーズンに彼は何回も行っています。

ボックス席を確保して、座席が余ったときは彼の個人的な友人を招待してしまうのも会社は容認しているらしい。

少し前、テニスには全く興味がないけれど、そういう余った席をもらって行ってきた友人が、それがどんなだったかを話していました。

試合の休憩時間には食事が出てきたのが気に入った、と話していました。試合が終わってからもお酒を楽しんだらしく、シャンパンやコニャックなども飲み放題だったとのこと。桟敷席の1人当たりの料金は1,500ユーロ(約20万円)だそうなので、それは豪勢な食事だったのでしょうね。


フランス人を喜ばせるのは食事に招待すること。商談の大半はレストランで契約されている、と書いてある記事を読んだことがあります。

公認会計士をしている友人も、会うと「最近は忙しかった...」とか言うのですが、何が大変だったかというとレストランに頻繁に行って疲れたのでした。何を食べたかを話す。

彼らは、かなりそういう時の食事を楽しんでいるようです。

私も仕事で、自腹では間違っても入れないような料亭で食事をしたことがありますが、料理は全く堪能できませんでした。気が合った友人たちと、質素な食事をする方が美味しいと感じると思ってしまう。

でも、フランスでは食事の時間が長いし、食事の席では仕事の話しはしないマナーがあったりするので楽しめるのかな...。


オリエントエクスプレス

お得意さんを接待するのが主な仕事に見える営業マンの友人の家で食事をしたら、少し前にオリエントエクスプレスを貸し切った旅行をしたと話しをしていました。

食事が素晴らしく美味しかったのだそう。この人たち、何をしても、食べたもののことしか話さないの?!



10両くらいある列車全体をチャーターしたのだそう。お得意さんを招待したのだろうと思ったら、勤めている会社の社長をはじめとするスタッフ39人で利用したのだとのこと。よほど景気が良い会社なのでしょうね。

パリからドーヴィルまでの乗車だったと言っていました。

ドーヴィル(Deauville)というのは高級リゾート地です。ノルマンディー地方を旅行したときに立ち寄っているはずですが、想い出は残っていません。私にとっては、パリに住む裕福な知人が別荘を持っている町というところ。

オリエントエクスプレスと言えば、パリからイスタンブールがある東に移動する電車だと思っていたので、そんな路線があるのかと不思議に思いました。偽物に乗ったのではないか、と疑ったわけではないけれど...。

調べてみたら、ロンドン方向、つまりパリから北にも路線は伸びているのですね。知らなかった...。




乗り物の中でする食事って、楽しめるのかな?...

長距離を移動する旅行をするとき、飛行機では風景がよく見えないので、車や電車で移動するのが好きです。日本で会社勤めしていた頃は、よく海外旅行のツアーを利用したのですが、好きなのはバスで国を縦断するプログラムでした。

電車での移動で貴重な経験だったなと思ったのは、ペルーでチチカカ湖まで行ったときのこと。10時間くらいかかる行程だったと思います。私は低血圧なので、世界で最も標高が高いところを走る電車には耐えられないのではないかと思ったのに、なぜか元気。みんなは唇が青くなって電車の座席でへたばっていたのに、私は平気だったのでした。

途中で何度も、理由が分からないけれど電車が止まるので、外に出たりもできました。気圧が低いと頭の中は空っぽで、見える景色もこの世のものとは思えない感覚で眺めるので不思議な気分でした。列車の中には、私と同じくらい元気な人が数人いました。カリブ海の何処かの島でボランティア活動をしたというドイツの若者たち。清々しい彼らとのおしゃべりも楽しめて、楽しい思い出です。

景色ではなくて、料理を堪能するなら、私は動かない場所でしたいですけどね。

ギリシャ旅行でしたクルージングでの食事は最悪。船酔いで、食べるどころではなかった記憶が残っています。何日も海原を眺めているのは単調だし、ギリシャ料理は美味しいわけではないので、エーゲ海のクルーズは二度としたくないと思いました。

エジプト3週間の旅行でした1週間のナイル川のクルーズは気に入りました。デッキから景色を眺める楽しみがあったし、海のように揺れるわけではないので、食事も楽しめたからです。

電車だと、川下りよりは揺れそう。それで料理を堪能できるでしょうか? 外気に触れられないで、水槽の中にいるような空間では、いくら優れた料理を出されても、感激するほどの食事はできないように思うのだけれど...。

鉄道マニアという人たちがいますよね。私は電車そのものには全く興味がないので、豪華な電車に乗るというには魅力を感じません。でも、オリエントエクスプレスには少し興味を持っていたのです。

日本の友だちがヴェネツィアまでの旅行をして、その時に電車の中で出された食事が素晴らしく美味しかったと話していたので。


オリエントエクスプレスのランチ

お天気が良い日、友人の家の庭で昼食をしたとき、貸し切ったオリエント急行で出されたランチのメニューを見せてもらいました。見せてと私が頼んだわけではないのですが、ご自慢で見せたかったらしい。



メイン料理のchou de homardが美味しかった、と話していました。一緒にいた友人が「キャベツ?」などと言うので、「いや、オマールのボリュームもあったのだ」と食べた友人は答えていました。

メニューを写真に撮ったので、じっくり眺めてみます。



率直なところ、このメニューで高めの値段を付けているレストランだったら、私は入る気はしませんけど...。

アトラクティブな高級食材を使っていますけれど、他の安い材料で固めている感じ。

前菜は、半熟卵で、こんな感じだったのかな。



高級キノコのトリュフを少し散らして、野菜を色々付け合わせている料理? ハーブと花弁の「雨」なんて言い方をしているのが面白いけど、単なる飾りでしょう?


メインは、キャベツに高級海老のオマールを詰めて、野菜を付け合わせたもの?

この料理は、社長さんがリクエストしたのだそうです。このオリエントエクスプレスとローラン・ギャロスは同じシェフのレシピなのだそうで、ローラン・ギャロスで出されたこの料理が素晴らしく美味しかったから注文したとのこと。

前菜にもメインにも、ニンジンが入っている。どうして?...

デザートは、大衆的なレストランでないと出てこないイル・フロッタントというのは酷くない?

こんな風なデザートだったはず。



前菜が卵だったのに、デザートもフワフワ卵? カスタード・クリームではなくて、日本でも流行っているスムージーを桃で作ってソースにしたらしいので、そこでオリジナリティを出していたのかもしれないけれど。

その後にお菓子がありますが、こんなに軽そうな料理なのに、チーズはなかったの? 列車で旅行するときに胃にもたれる料理は良くないという配慮なのかな。

お土産にはオリエントエクスプレスの分厚い写真集があったと見せてくれたので、それも撮影しておきました。電車には興味がないのですが、歴史が詰まった列車なのでしょうね。



この食事に満足した友人は食通というわけではなく、デラックスな雰囲気が好きな人なので、彼が「美味しかった」と言っても私は評価はしません。

トリュフとオマールのメニューだったら凡人は喜ぶだろう、という根性が見える献立は私には不愉快。余り工夫がないコース・メニューに見える。

でも、豪華列車だからということ、サービスの良さなどの雰囲気でカバーされて、他では味わえないほど美味しいと感激するような演出があるのでしょうね。

オリエント急行とはどんな列車なのか、動画を眺めてみました。


Venice Simplon Orient Express: Video guide

ほんとうに、豪華...。
でも、やはり、少し揺れながら食事するみたいですよね...。

追記(2017年8月):
後日、オリエントエクスプレスでの食事が美味しかったと話していた友人に会ったので、確認したかったことを聞いて、記事の内容を少し変えました。
その時の写真が携帯電話に入っていたので、料理の写真も見せてもらいました。オマール海老の料理は、丸ごとのキャベツの中に入っているような形に仕上がっていて、なるほど見事でした。


ブログ内リンク:
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
☆ Wikipedia: Orient-Express » オリエント急行
豪華列車 ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス


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2017/05/12
少し前から書いている、ディジョン市(ブルゴーニュ地方)にあるノートルダム教会の外壁にある彫刻の続きです。

シリーズ記事目次 【これはサラマンダー? あるいはドラゴン?目次へ
その4


願いごとをしながら左手でフクロウの彫刻を撫でたとき、すぐそばに変なものが待ち構えているというお話し。下の写真で、赤い矢印を付けた部分にある小さな彫刻です。



この小さなモンスターに願いごとを食べられてしまわないように気を付けるというものなのですが、ステンドグラスの窓枠に彫られている小さな動物は何か?...


サラマンダーではなくて、ドラゴン?



私は、ずっとサラマンダー(salamandre)と呼んでいました。サラマンダーなどというのは私には無縁の動物でしたから、自分で連想したはずはありません。日本人にディジョンの町を案内してもらったことはないので、誰かディジョンに住む友達か、ブルゴーニュ大学がオーガナイズした見学のときか何かで教えてくれたのだろうと思います。サラマンドルというフランス語も、そのときに覚えたはず。


伝説上のサラマンダー(salamandra)とは何か?

Wikipediaでは、次のように説明していました:

四大精霊のうち、火を司る精霊・妖精(elementals)。 手に乗る位の小さなトカゲもしくはドラゴンのような姿をしており、燃える炎の中や溶岩の中に住んでいる。
サラマンダー (妖精)


でも、これを書きながら友人に話したら、あれがサラマンダーのはずはない、と断言されたのです。ドラゴン(dragon)だと言うのです。

インターネットでフランス情報を調べていたら、ドラゴンとしている人もいたのですが、サラマンダーとしている人の方が多いように感じたのですけれど...。


実在のサラマンダー

両生類有尾目のサラマンダーは、フランスにも生息しているので、それとは違うということ?

気持ち悪いので小さな画像で入れますが、こういう4つ足の動物。平気な方は画像をクリックして拡大画像をご覧ください。

Salamandra salamandra 

確かに、ノートルダム教会の壁に彫られている小さなモンスターとはかなり違う...。

伝説のサラマンダーならまだしも、本物に似ていたら気持ち悪いと思うのですけれど、好きな方もいらっしゃるのかな?...





フランソワ1世のサラマンダー

サラマンダーと聞いたら、フランソワ1世のシンボルとなっているサラマンダーを私は思い浮かべます。ノートルダム教会の壁に潜んでいるのとは向いている方向が逆なだけで、よく似ているではありませんか?




耳のようなものが付いているのまで同じですよ~。

でも、鼻のところが違う、と言う友達がいました。



サラマンダーの鼻ずらは、ノッペリしているものだと言うのです。

フランソワ1世のサラマンダーの左右を逆転させた画像で検証してみると、違うかな?... 鼻の部分に注目すると、ノートルダム教会のモンスターは竜に見えてくる...。



口から火を噴いているように見えるところが同じでは?... と言ったら、サラマンダーの場合は、口から出ているのは舌で、火は体の回りに描かれている、とのこと。


だんだん、ドラゴンと呼ぶべきかな、と思えてきました。

ノートルダム教会の彫刻はサラマンダーではない、というのには理があるかなと思えたのは、時代的な問題です。

ブルゴーニュ公国(843年 - 1477年)の都だったディジョンにノートルダム教会が建てられたのは13世紀前半でした。モンスターがいる外壁の部分は、14世紀か15世紀に増築された礼拝堂の部分で、そのときに彫られたのだとしても、サラマンダーをエンブレムにしたフランソワ1世より前の時代なのです。

フランソワ1世(François Ier de France 1494~1547)がフランス国王だったのは、1515年から47年まででした。


ドラゴンとは、なに?

小さなモンスターはドラゴン(dragon)だったとして、はて、ドラゴンってどんな動物だったっけ?

フランス国立図書館で行われた中世の動物に関する展示会「Bestiaire du Moyen Âge」のサイトに入っているドラゴンの絵のコーナーを眺めてみました。絵をクリックすると拡大画像と説明が出ます。


聖ゲオルギオスは竜の退治で名高いので、この聖人の絵にはドラゴンが一緒に描かれます。

Paolo Uccello 047b.jpg
Vouivre représentée dans Saint Georges et le dragon de Paolo Ucello, 1450


ドラゴンには背中に羽を付けた形のイメージなのではないか、としつこく思うのだけれど...。


そっくりの動物を見つけた

ディジョンのノートルダム教会が建てられた時代のモンスターの画像を探していたら、目を引くものが見つかりました。

ノルマン・コンクエストを描いた「バイユーのタペストリー」に入っている画面です。



ヘイスティングズの戦い(1066年)でのハロルド2世の死を描いた画面。イングランド軍の軍旗なのですが、アップすると、こちら:


A dragon (known later in heraldry as a wyvern) which appears twice in the death scene of King Harold II on the Bayeux Tapestry depicting the Battle of Hastings in 1066.


よく見ると、背中には羽のようなものが付いているようにも見えますね。イギリスの紋章に「ワイバーン」と呼ばれるドラゴンがあるのですが、それの前身らしい。つまり、この軍旗はサラマンダーのようにも見えますが、ドラゴンなわけなのでした。

ワイバーン
Héraldique meuble Dragon (wyvern)
Dragon héraldique (ou Wyvern)
ウェールズの旗
ウェールズの旗


「ワイバーン」というのは、フランス語ではvouivre。中世にはブルゴーニュでは好んで使われたモチーフのようなのでした。インターネットで出てきた情報の中には、ディジョンのフクロウの傍にいる動物に「vouivre」という単語を使っている人もいました。私も知ったかぶりでそうフランス人に言うことにしようかと思ったのですが、ヴーイヴルなんていう発音はすぐに忘れてしまいそう...。

どっちみち、伝説上の動物。ディジョンのノートルダム教会に潜んでいる小さなモンスターは、サラマンダーでも、ドラゴンでも、どちらでも良いのですが、今後はドラゴンと呼ぼうかと思います。何人かのフランス人の友達に画像を見せて聞いてみたら、みんなドラゴンと呼んでいたので。


シリーズ記事 【これはサラマンダー? あるいはドラゴン? 】目次


ブログ内リンク:
★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など
やっと見ることができた「バイユーのタペストリー」 2009/11/06
★ 目次: 縁起物や迷信について書いた記事 (フランスを中心に)
★ 目次: ブルゴーニュの歴史

外部リンク:
Wikipedia: サラマンダー | ファイアサラマンダー | サラマンダー (妖精)
Wikipédia(仏語): Salamandre (amphibien)| Salamandre (animal légendaire)
Dijon, capitale de la Bourgogne
☆ BnF: La tempérante salamandre aux origines de la devise de François Ier
☆ Wikipedia: ドラゴン » Dragon européen
☆ Wikipedia: ワイバーン »  Wyvern »  Vouivre
la tapisserie de Bayeux, naissance de l’héraldique
L'étrange mort du Roi Harold II
Wikipedia: List of English flags Historical flags / National flags and ensigns
知っておきたい伝説の英雄とモンスター (閲覧回数制限あり)


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2017/05/04
ブルゴーニュ公国の都だったディジョンの町に来た人なら、必ず訪れるはずの観光スポットがあります。


シリーズ記事目次 【これはサラマンダー? あるいはドラゴン?目次へ
その3



ディジョンのノートルダム教会とフクロウ」に書いたように、旧市街の中心部にあるフクロウの彫刻を見に行くのが観光コース。

これを左手で触りながら願いごとをすると、その願いが叶うと言われているのです。

頭に耳のように見える羽があるので、これは本当はフクロウではなくてミミズクだ、と最近になって発見されたのですが、それは重要ではありません。

ともかく、このすり減った彫刻を、左手で触るというのが重要なのです!


このディジョン名物のフクロウは、ノートルダム教会の正面に立って左側にある道を入って少しのところで出会えます。



フクロウはフランス語で「シュエット(chouette)」なので、この通りの名前はRue de la Chouetteシュエット通り)。

教会の祭壇はメッカの方向、つまり東を向いています。ですから、このシュエット通りは教会の北側に回る道となります。


フクロウを左手で撫ぜなければいけない理由

幸運をもたらしてくれるとされるフクロウ。ただし、左手で撫でるということになっています。

右手でするとご利益がないと言われている理由の1つは、フクロウのすぐそばには、変なものが待ち構えているから、とも言われます。

下の写真で、赤い矢印を付けた部分にある小さな彫刻です。



フクロウは左手で撫ぜながら願いごとをしないと、そばに潜んでいる小さなモンスターが願いごとを食べられてしまう、ということなのです。フクロウを右手で触るとモンスターの方を向いてしまいますが、左手をあげれば背を向けることになるので安全、というわけ。


悪さをする小さなモンスターは、サラマンダー? ドラゴン?

願いごとを食べてしまうと言われる彫刻をアップで入れます。



何に見えますか?

ドラゴン(dragon)だと言う地元の人たちもいますが、私はずっとサラマンドル(salamandre)と呼んでいます。想像上の動物だから、どちらでも良いので、とりあえず、ここではサラマンダーとしておきます。

サラマンダーだとしたら、気になることがあるのです。


◆ フランソワ1世のシンボルとなっているサラマンダーは逆を向いている

フランソワ1世のサラマンダーは、どちらを見ている?」で書いたように、火をつかさどるとされている伝説上の動物です。

フランソワ1世のシンボルとなっているサラマンダーは、これ。

Nutrisco et extinguo Salamandre de François I 


ディジョンのノートルダム教会の外壁に彫られているモンスターがサラマンダーだとしたら、フランソワ1世のシンボルのサラマンダーとは逆の方向を向いているのです。

紋章は言葉で全てを言い表せるように決まりがあるのですが、フランソワ1世の紋章にあるサラマンダーは「左を向いている」と表現されていました。紋章学では、盾を持った人から見た左右で表現する法則があるので逆になるわけです。

ディジョンのモンスターは紋章ではないのだから、これは左を向いていることになる?


右か左かを考えると、いつも頭が混乱してくる私...。

日本から来た友人を案内したとき、サラマンダーに願いごとを食べられないように気を付けてと言ったら、今まで私は気にしていなかったことを指摘されました。

「でも、サラマンダーは、そっぽを向いているよ」

確かに、その通りなのでした。サラマンダーだかドラゴンだかの体はフクロウの方を向いていますが、首をひねっていて、頭は全く逆の方を向いているのでした。

右手でフクロウを撫ぜると、サラマンダーと目が合ってしまうからダメだと聞いていたように思うのですが、そっぽを向いているのだから目が合うはずはない!

とすると、フクロウを撫ぜた後にサラマンダーの前を通りすぎると、その時に願い事を食べられてしまうというわけですね。後ろから狙われるというのは薄気味悪い...。

フランソワ1世のシンボルのサラマンダーと同じ方向を向かせておいたら、フクロウと、そこに立って願いごとをしている人を振り返っている姿なので自然なのですけど...。


ところで、ブルゴーニュ公国(843年 - 1477年)の都だったディジョンにノートルダム教会が建てられたのは13世紀前半。フクロウの彫刻がある部分は、ディジョンの裕福な商人だったシャンベラン家の礼拝室の外壁で、それは15世紀に作られたとみられています。

ディジョンのモンスターは、フランソワ1世(在位 1515年~47年)より前の時代なのでしょうから、どちらを向いているかは気にしないことにしました。


◆ 左右どちらの手でフクロウに触るかより、歩く方向がポイントでは?

フクロウに願いごとをするときは、左側の手をあげて、サラマンダーだかドラゴンだか分からない小さなモンスターには世を向けるのがポイントです。

願いごとをするときに左手を使うというのも縁起担ぎなのでしょうが、意地悪なモンスターのことを考えると、シュエット通りを歩く方向の方が大事に思えてきました。

教会の裏側からシュエット通りを進めば、モンスターの前を通り過ぎ、フクロウを左手で撫ぜながら願いごとをし、それから歩みを進めて教会の正面に出ることになります。モンスターはそっぽを向いているわけですから、フクロウに手をかけている人も見ていないわけです。



つまり、教会の入り口がある西側からシュエット通りを歩くのではなくて、地図に入れた赤い矢印の方向から歩く。


ストリートヴューで確認。教会の左手の路地を入ります。



彫刻がどのあたりにあるか分かっていないと見つけにくいですが、フクロウとサラマンダーがいる地点は、こちらです


観光ガイドブックなどでは、たいていはフクロウを左手で撫ぜなければいけないということだけを強調しています。地元の人たちでも、隅っこに小さな彫刻があることを知っているのは少数ではないかという気もします。

ディジョン市では、地面にはフクロウの絵を描いたプレートを埋め込んでいて、それをたどっていけば主な観光スポットを見て回れるようにしています。でも、ノートルダム教会とフクロウを見るコースでは、願い事をした後に小さなモンスターの前を通るという矢印の方向にしていたのに気が付きました。



ディジョン市のツーリストオフィスでは「ふうろうの観光コース(Parcours de la Chouette)」という小冊子を作っていますが、教会の正面からシュエット通りに回り込むコースにしていたはず。

日本語が入っている地図があったので(こちら)見てみましたが、ディジョン駅の方から歩き始めるように番号が振ってあって、ストリートビューに入れたように、ノートルダム教会の左手からシュエット通りに入るようにしていますね。




悪戯をする小さなモンスターの話しをディジョンっ子の友達に話したら、ドラゴンに決まっている、と言われました。

インターネットで情報を検索すると、ドラゴンと呼んでいる人よりも、サラマンダーと呼んでいる人の方が多かったのですけれど...。

サラマンダーが右を向いているか、左を向いているかを気にしていたのですが、新たな疑問が生まれてしまました。

同じく幻獣のドラゴンとは何か?

中世に描かれたドラゴンの画像を眺めて、ノートルダム教会に潜んでいる小さなモンスターはどちらなのかを考えてみたいと思います。


続き:
この小さなモンスターは、サラマンダー? ドラゴン?

シリーズ記事 【これはサラマンダー? あるいはドラゴン? 】目次


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★ 目次: ブルゴーニュの古都ディジョンの観光スポットや特産品など
★ 目次: 右と左の違いが気になる
★ 目次: 縁起物や迷信について書いた記事 (フランスを中心に)


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2016/07/31
先日ドライブしていたら、こんな名前の道路がありました。



ロベスピエール通り。この名前の道路は少ないらしいので記念撮影しておきました。


パリには、「ロベスピエール通り」も「ロベスピエール広場」もない

町や村にある主要道路には、歴史上に名を残した人の名前が付いていることが多いように感じます。ところが、世界中に知れ渡っているロベスピエールの名前が付いた通りや広場は、首都パリに1つもないのだそうです。

それで、パリのどこかに「ロベスピエール通り」を作って、フランス革命をたたどる観光コースをつくろうと働きかけている政治家たちがいるそうです。時々話しがもちあがるらしいのですが、先月、また「ロベスピエール通り」作らないことに決めたというニュースが流れていました。

そのニュースを聞いてからすぐ後に、ブルゴーニュの小さな村にロベスピエール通りがあったので目にとまったのでした。首都パリにはないというだけで、地方には何カ所かあるようです。

パリで地下鉄に乗ったとき「Robespierre」という名前の駅があったのを思い出しました。調べてみたら、ここはパリ市に隣接するMontreuil(モントルイユ)市にある駅なのでした。1936年、共産党の市長だった時期に命名されたのだそう。


マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien de Robespierre 1758~1794年)は、フランス革命期に恐怖政治を行った中心人物です。

テロが多発している最近のフランス。テロリズムの語源と言われるTerreur(恐怖政治)の中心人物を今さら通りの名前にはしない方が無難だと思うのですけどね...。「ロベスピエール通り」を作ろうと働きかけているのは左派の政治家たちのようです。

冷血な顔だちをイメージしていたのですが、画像を探したら、穏やかな笑顔を浮かべているものさえあったのでした(左)。もっとも、さも意地悪そうなお顔のもありました(右)。


Portrait de Maximilien de Robespierre,
peint par Adélaïde Labille-Guiard en 1791

画家に肖像画を描かせるなら、私だって実際より良い風貌にしてくれるように頼みます。

政治家は好感が持てるようなイメージ写真を使うし、逆に、犯罪者の写真をニュースで使うときには、いかにも犯罪者らしい写真を選んで使うのだそう。


フランスのスローガン: Liberté, Égalité, Fraternité

フランス政府のロゴにも書かれているし、役場の正面などにもよく刻まれている文字です。

Le logotype du gouvernement français, adopté en 1999.

このスローガンを初めに使ったのはロベスピエールなのだそうです。となれば、「Rue Robespierre(ロベスピエール通り)」が首都パリに1つくらいあっても不思議はないではない気がしてきます。

「Liberté, Égalité, Fraternité」は、日本語では「自由、平等、友愛」あるいは「自由、平等、博愛」と訳すのが普通のようです。

立派に見えるフランスのスローガンですけれど、フランス革命期の標語なのですから、世界平和や人類愛を求めて作られたとは思えません。先日の日記「田舎の革命記念日」にも、革命期の歌を使っているフランス国歌には人種差別と受け取れるような文句が入っていることを書きましたが、このスローガンも同じ発想だろうと思います。

「fraternité」は日本では「友愛」ないし「博愛」と訳されているのですが、フランス革命でのスローガンの意味を組むなら「同胞愛」ではないでしょうか? つまり、革命派が権利を勝ち取り、邪魔者は消すためのスローガンだったはずなのです。

実際、恐怖政治でのスローガンでは続きがあって、「あるいは... 死」と最後に付いています。

Liberte egalite fraternite ou la Mort
« Liberté, Égalité, Fraternité ou la Mort ». Exemple de devise sous la Terreur.


フランスの住所となっている道路や広場の名前

フランスの住所は、通りや広場の何番地かという形式になっています。道路には通りや広場の名前を書いたプレートが付いているおり、通りのどちら側かによって番地は奇数と偶数によって分かれています。ですので、行きたい場所を探すには便利。

もっとも、広場から道路が放射線状に道路が延びているところでは、道路を間違えたことに気づいて正しい道路に行こうとすると、非常に遠いところまで行ってしまっていた、ということにもなりうるのですが。

歴史上に名を残した道路名が多いと感じていたのですが、どんな名前を付けるかには歴史がありました。

中世のフランスでは、通りや広場の名前は目印になるものを名前に入れていました。「教会広場」、「朝市広場」、「肉屋通り」など。

ようやく1600年になってから、シュリー公爵マクシミリアン・ド・ベチューヌMaximilien de Béthune / duc de Sully)の考えによって、場所とは関係ない名前の住所も登場するようになったのだそう。

フランス革命期には、旧体制を現しているような町の名前を変えたりしましたが、道路や広場も「平等通り」、「国家広場」などという名前にしたりしています。第一帝政期になると、「教会通り」とか、聖人の名前を付けた道路名に戻す。

普仏戦争があった19世紀末には、アルザスとロレーヌ地方がドイツに占領されたことに抵抗する市町村が、アルザス、メス、アルザス=ロレーヌなどという名前を道路に付けた。

20世紀になると、主に男性の有名人の名前、地方や国の名前、動植物など自然にちなんだ名前を付けるのが流行る。

現在のところ、住所名で最も多いのは、Rue de l'Église(教会通り)で、7,965カ所。次にPlace de l'Église(教会広場)、Grande Rue(大通り)、Rue du Moulin(水車/風車通り)、Place de la Mairie(役場広場)と並んでいました。

つまらない名前ばかりですね。

教会や役場を示しているのは、小さな町村などでは中心地にあることが多いので、地名で出して来ているのは便利。でも、どこにでもあるように感じる「Grande Rue(大きな道)」というのは、余りにも工夫がないので見かけると笑いたくなってしまう...。



これはWikipediaに入っていた画像ですが、下に昔の名前らしい「憲法典通り」とあります。フランス革命期に付けられた名前を「大通り」に変えたのでしょうね。


フランスの広場や道路名で、誰の名前が最も使われているのか?

フランス全土にロベスピエール通りが幾つあるのか調べても出てこなかったのですが、住所に人名が付いている場合のランキングがありました(200位までのランキング・グラフはこちら)。

※ 統計の対象としているのは、通り(rue)、広場(place)、大通り(boulevard)、路地(venelle)。

全体として言えるのは、ド・ゴール将軍がだんとつで第1位であること。フランス全土に、彼の名前を付けた通りや広場は3,903カ所。ただし、そのうち1.056は広場の名前なので、道路名としてはパスツールが第1位。

トップ6に入っていた人物名を並べてみます。




シャルル・ド・ゴールCharles de Gaulle
1890~1970年

政治家。第18代大統領
第二次世界大戦でのレジスタンス活動家、フランス解放に寄与した。

※ ちなみに、パリの国際空港の名前にもなっています。
3,903カ所
Portrait de 1942.



ルイ・パスツールLouis Pasteur
1822~95年

生化学者、細菌学者
ワクチンの予防接種を開発した。
3,354カ所
Louis Pasteur



ヴィクトール・ユーゴーVictor Hugo
1802~85年

詩人、小説家、政治家

※ 日本では『レ・ミゼラブル』の著者として知られていますが、ベートーベンは『エリーゼのために』を作曲した音楽家というのと同じかもしれない。フランス人にとっては偉大な人物のようです。
2,555カ所



ジャン・ジョレスJean Jaurès
1859~1914年

政治家、社会主義者
第一次世界大戦に反対するが、狂信的な国家主義者に暗殺された。
2,370カ所
Jean Jaurès



ジャン・ムーランJean Moulin
1899~1943年

政治家
第二次世界大戦中のレジスタンス運動の指導者。
2,215カ所



レオン・ガンベタLéon Gambetta
1838~82年

政治家
共和主義の立場から第二帝政政府を激しく攻撃して異彩を放った。第三共和制では政治的なキーパーソンとなる。
1,501カ所
Léon Gambetta



第4位から6位までの人物は、余りにもあちこちの町で道路の名前として見かけるので、誰なのだ? と思いながら覚えた名前でした。

トップ200の中で、13のカテゴリーに分けていましたが、最も数が多い人物は文学者(70人)、2番目は政治家(38人)、3番目は科学者(22人)、4番目は音楽家(16人)、5番目は軍人・戦争関係(14人)。画家は6番目でした(13人)。

音楽家としては、第1位はシンガーソングライターのジョルジュ・ブラッサンス(Georges Brassens)で、全国に919カ所ある。フランスが世界に誇る作曲家のベルリオーズ、ドビッシー、ラヴェルを凌いでいました。

画家のトップはセザンヌで、676カ所。第2位はルノワール。

セザンヌの名前をかかげているのは、やはりプロヴァンス地方。有名人の故郷では好んで地域からの出身者の名前を付けるので、地方によって命名の傾向が現れています。

日本で人物の名前を付けた住所や道路名は殆どないような気がするのですが、どうなのでしょう? 昔からの藩主の名前ではないという例としては、豊田市くらいしか私には思い浮かびません。

ブログ内リンク:
★ 目次: 戦争、革命、テロ、デモ

外部リンク:
☆ フランス観光開発機構: フランスの住所表記
☆ Wikipedia: マクシミリアン・ロベスピエール
☆ 世界史講義録: フランス革命4: ジャコバン派独裁
Une rue Robespierre à Paris ? Simple prétexte à un débat idéologique au coeur de la gauche  20-06-2016
☆ 語源由来辞典: テロ
☆ Wikipedia: 自由、平等、友愛 » Liberté, Égalité, Fraternité
Ça veut dire quoi Liberté, Egalité, Fraternité ? 
☆ フランス政府: Liberté, Egalité, Fraternité
Ces 20personnalités sont les stars des rues françaises
Quelle personnalité a le plus de rues à son nom dans votre département
☆ Wikipédia: Odonymie en France


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2016/06/03
友人が、こんな画像へのリンクをメールで送ってきました。



なあんだシラクの画像なんか送ってきて、見たくもないわ。
... と思ったら、これが去年あたりからフランスのツイッターで話題になっているらしいのでした。

シラク氏はパリ市長時代の汚職で、大統領の任期を終えてからもニュースで騒がれるなど、話題の多い人です。日本に大量の隠し金を持っていたと言われるのに、なぜか日本では全く報道されなかったのですが、Wikipediaでは記述が入りましたね:
☆ Wikipedia: ジャック・シラク ⇒ 疑惑


この画像をなぜフランス人が話題にしているのかと思ったら、これは日本で18世紀に作られた本物の能面なのでした。トゥールーズ市(Toulouse)のMusée Georges Labit(ジョルジュ・ラビ美術館)に展示されていて、この能面が余りにもシラク氏に似ているので入館者が増加したそうです。


実際のシラク氏からはそれほど連想させないでしょうが、この能面は人形で政治などを風刺するニュースで人気があるテレビ番組「Les Guignols(1990年から2015年までは「Les Guignols de l'info」)」に登場するシラク氏の人形に生き写しなのです。

Jacques Chirac, en septembre 2004.Guignols de l'info

「Les Guignols」は最近は風刺にパンチがなくなって全く面白くなくなったのですが、シラク氏が大統領の頃は優れた切り込み方をしているので毎日のように見ていました。

シラク氏が大統領選に出たときには、この番組でシラク氏には愛嬌があることを強調していて、そのために大統領に当選してしまったのではないかとさえ思ったほど。

シラク氏の人形が出ている番組を入れてみます。


La Sextape Des Guignols - Jacques Chirac et les banques



La Sextape des guignols - Chirac a t-il Alzheimer ?


こういうのを見ていたら、能面はシラク氏をモデルにしたように思ってしまうでしょう?


Quand un masque du XVIIIe siècle ressemble... à la marionnette de Jacques Chirac - 7 mars 2015 - L'Obs


並べてみると顎の張り方が違うのですが、全体としては特徴の捉え方が似すぎている!


Le masque d'un démon japonais, sosie de Jacques Chirac, cartonne sur la Toile



Un masque japonais du XVIIIe siècle ressemble à... par francetvinfo



フランス情報では日本の能で使われる「邪悪な悪魔の面」だと書かれていることが多いのですが、仏法に敵対する天狗の大将「大癋見(おおべしみ)」のようです。真一文字に結んだ口が大きくヘの字に「へしむ」様子から、癋見と名付けられたと言われるのだとのこと。
※ この能面は「大癋見」ではなくて、「武悪(ぶあく)」と呼ばれる面ではないか、というコメントをいただいたので、追記を書きました
 

この能面は、今年の6月21日から10月9日まではパリのMusée du quai Branly(ケ・ブランリ美術館)の特別展「Jacques Chirac ou le dialogue des cultures」で展示されることになっています。

この展示会では、もう1つの能面も展示されるそうですが、こちらは別の人を連想しますね。


Deux masques ressemblant à Chirac bientôt exposés au Quai Branly


このケ・ブランリ美術館の創設に尽力したジャック・シラク氏へのオマージュとして企画された開館10周年記念の展示会で、シラク氏に係わりがあるオブジェなどを通して彼の美術への関心を見せるのだそうで、150点の展示があるとのこと。もともと入館者の多いミュージアムですが、このお面のおかげで行く人も多いのではないでしょうか?

ポスターはシラク氏の顔にお面を重ねたものになっていたのですが、さすがに話題になっている能面は使っていないですね...。






追記(2016/06/13):

シラク氏にそっくりの面は、大癋見ではなくて、武悪?

この面は、「大癋見(おおべしみ)」の影響を受けた「武悪(ぶあく)」面ではないか、というご指摘をコメントでいただきました

「大癋見」は能で使う面で、「武悪」は狂言の面。両方とも鬼の面なのだけれど、「武悪」の方は、目尻の下がった大きな目、下唇をかみしめ、上歯を見せた口などを特徴とする、こっけいな相貌の面でした。

http://museum.city.fukuoka.jp/archives/leaflet/454/
たのしい狂言面入門| アーカイブズ | 福岡市博物館

ジョルジュ・ラビ美術館の学芸員が、能面のÔbeshimiだとしているという記事があったので「大癋見」と書いていたのですが、確かに、シラク氏に似た面は「武悪」の方に似ていますね。

美術館に教えてあげたくなったので念のために検索したら、能の幕間で演じられるBuakuの面だと書いているフランス語のニュースの記載もありました。

武悪はニタリとしたように歯を見せている口もと。シラク氏そっくりの面は、ここに入れた小さな画像では口が開いていないようにも見えてしまうのですが、よく見ると口を開いています。

口を閉じている武悪面もあって、それは「小武悪(こぶあく)」と呼ぶようです。「大癋見をおどけさせると、小武悪の表情になる」という説明もありました。でも、小武悪は子ども用の面で、普通の武悪より小型なのだそう。ちなみに、話題になっているシラク氏にそっくりの面は、20センチの大きさでした。

それに、口を閉じている「小武悪」の面は、シラク氏には全く似てこなくなってしまう!



面は誰かに似るもの?

シラク氏のマリオネットにそっくりの面があるジョルジュ・ラビ美術館は、東洋やエジプトの美術をコレクションしています。ここには、他にもフランスの有名人にそっくりのオブジェがあると話題になっていました。

下は、フランスとモロッコの国籍を持つコメディアンMohamed Benyamna(Booder)にそっくりと話題になった面。これも、やたらに雰囲気が似ていますね。


Musée Georges-Labitさんのツイート


下は、歌手のセルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)にそっくりだと言われた仏陀の石像。


Ça nous rappelle quelqu'un - Le Parisien

何処の国の彫刻なのか分かりませんでしたが、この彫刻を見て私は仏陀を連想しないですけど...。




外部リンク:
Ce drôle de sosie de Jacques Chirac 12/03/2015
フランスのシラク元大統領が国民からいじられまくり!日本との意外な関係とは 2016/01/21
Le masque japonais sosie de Chirac arrive au musée du quai Branly ! 01/06/2016
☆ MMM: ジョルジュ・ラビ美術館
能面一覧表
☆ 工房柿其: 能面
☆ 東京国立博物館: 狂言の面と装束
不悪buaku
☆ 狂言の大和座: 面 武悪
EUジャパンフェスト日本委員会: “狂言” 最高の演目『武悪』がヨーロッパの観客の心を掴む


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2016/05/12
前回の日記で書いた農家では、朝食に出されたジャムも、もちろん手作りでした。

珍しかったのは、Sureau(セイヨウニワトコ)の花で作ったジュレ。




Sureauは、フランスの田舎でよく見かける植物です。昔はよく食べ物に使ったのでしょうね。年配の人たちは、この香りが懐かしいと言います。

出されたジュレは花で作ると言っていたので、こういうのをとったのだろうと思います。



花が咲いていた写真は6月中旬に撮影していました。

秋になると、黒い実になります。



Sureauを食料にすると聞いて、見かけると写真をとった時期があったので、アルバムに入っていたものを取り出しました。でも、下に入れた実の方は、毒性があるというニワトコ属の植物ではないかと思えてきてきたので、下に比較を入れます


セイヨウニワトコのジュレ

探してみると、花から香りをとるという簡単なレシピでした。タンポポの花で作るジュレと似ていますね。つまり、香りと色をとるけれど、つまりは砂糖水を固めただけ。

出てきたセイヨウニワトコのジュレのレシピの材料は、2つともほぼ同じ。
レシピ 1

傘状の花5~6個
熱湯 1.5リットル
レモン1個のしぼり汁
ジャム用の砂糖 2キロ
レシピ 2

花 150グラム
熱湯 1.5リットル
レモン1個のしぼり汁
砂糖 1キロ
寒天 5グラム

作り方:
  1. 花の茎は、緑色の部分も全て除き(入れると苦くなる)、サラダボールに入れる。
  2. 熱湯をかけてラップし、3日間そのままにしておく。
  3. キメの細かいザルでこして鍋に入れ、残りの材料を加えてかき混ぜ、沸騰してから5~7分煮る。
  4. 出来上がったら熱湯消毒した瓶に入れ、逆さまにして冷やす。


シュローの花をワインに漬け込んで作るVin de sureauもあり、花の選び方が書いてありました。
  • 花を摘むときには花粉が落ちないように注意する(花粉に香りがあるため)。
  • 朝早い時間に摘むのが望ましい。
  • よく開いていて、盛りが過ぎてはいないものをとる。
  • 虫が入り込んでいることがあるので注意する。

同じ材料をワインに漬け込んだものを作るレシピの動画を入れておきます。どうしようもなく不味いワインは変身するという利点があると思いますが、私が普通に入手しているブルゴーニュワインを使ったら、もったいなさすぎると思う...。


Recette du vin aux fleurs de sureau



ニワトコ属の植物

レシピを眺めていたら、食用にするニワトコはsureau noirセイヨウニワトコ)で、紛らわしい植物があるので注意するようにと書いてありました。

フランスの野原によくあるニワトコ属の植物は下の2種類。それから、赤い実がなるSambucus racemosaもあるようです。実に毒性が全くないのはセイヨウニワトコだけ。

セイヨウニワトコ
仏語名: Grand Sureau、Sureau noir
英語名: Elder, Black elder

※高さは7メートル位までに育つ。
サンブクス・エビュルス
仏語名: Sureau hièble、Sureau yèble、Petit Sureau、Hièble
英語名: Danewort, Dane weed

※高さは2メートルを超えない。
開花期: 5月~6月




Sambucus nigra0
開花期:7月~8月



花の先が赤い。

Sambucus ebulus1.jpg
実の房は下を向いている。



実の房は上を向いている。



実をつぶすと臭い。実には毒がある。

Sambucus ebulus fruit Georgia.jpg


2つの違いが分かると、食用にできるセイヨウニワトコは見分けられそうです。実は下を向いているのが特徴なのでした。つまり、私が撮影して上に入れたのは間違っていた! そういえば、匂いを嗅いでみて、ちっとも良い匂いではないと感じていたような気がします。

フランスで見かけるニワトコ属には、Sambucus racemosaの方は、実に軽い毒性があるそうです。見分けは付きそうですね。特に実は、鮮やかな赤い色なの間違えようがない。

学名: Sambucus racemosa
仏語名: sureau à grappes、sureau de montagne、sureau rameux、sureau rouge

Sambucus racemosa Sambucus racemosa



ユダのイメージがあるセイヨウニワトコ

セイヨウニワトコの実が吊り下がった形になっているからでしょうか? フランスでは、これをイスカリオテのユダが首つり自殺した木に例えて「arbre de Judasユダの木)」という人もあるようです。

Judas hangs himself. Gelati fresco

Judas hangs himself. A fresco from the Gelati monastery, Georgia
Galleri: Jesu lidlseshistorie


La pendaison de Judas, Gislebert
Cathédrale Saint-Lazare d'Autun


イスカリオテのユダが首吊りに使った木は、セイヨウハナズオウ(Cercis siliquastrum)という樹木だとも言われるようです。この木は、フランスでは「Arbre de Judée(ユダヤの木)」と呼ばれています。



でも、この木の名前に入っている Judée(ユダヤ地方)というのは、ヤコブの子ユダにちなんでいて、キリストを裏切ったイスカリオテのユダとは関係がないようなのです。

セイヨウニワトコの吊り下がった黒い実は不気味で、その方がユダの木と呼ぶのにふさわしいと私は感じますけど。それにしても、そんな謂われもある木を食用にするのって、薄気味悪いいではないですか?..


忘れ去られた食べ物

ニワトコ属について調べてみたのではありますが、これでジャムやワインを作ったりする気にはなっていません。

農家で出されたセイヨウニワトコの花で作ったジュレは、ほのかな香りがあって「興味深かった」のではありますが、果物で作ったジャムに比べたら、やはり「大好き」と言うほど評価はできません。

タンポポの花で作ったジュレに似ているかな、これはハチミツに似たものができるのですが、やはりハチミツの方が美味しいですよ。

ポール・ボキューズが言ったというフレーズを思い出しました。

Les légumes oubliés, on a bien fait de les oublier.
- Paul Bocuse

忘れ去られた野菜。それらを忘れたのは正解だった。

20年前くらいだったでしょうか。有名シェフたちが、食糧難の戦時中に食べて野菜などを使った創作料理をするのが流行りだしました。

忘れられた野菜というのは、たいてい味が薄いように思います。そういう使って、いかに美味しいと唸らせるかというのはシェフたちには面白い挑戦だろうとは思います。でも、私は美味しいとは思いませんでした。せっかくのフォアグラを、なんでこんな風味のない野菜と組み合わせるんだ、などと思ってもしまいましした。

最近はブームが少し下火になった感じがします。忘れ去られた野菜というのは、やはり美味しくないから需要がなくなったからだと思うのですけど...。


Chantilly pharmacological jar with Kakiemon designs 1725 1751
ニワトコの薬用果汁シロップを入れた薬壺(18世紀)
追記 1

コメントで「エルダーフラワー・コーディアル」というのがあると教えていただきました。

実は、フランスのレシピを探していて、セイヨウニワトコで作ったシロップというのが出てきていまして、花粉症に良いというのに気を惹かれたのですが無視していました。

昔の野菜は美味しくないなどと書いてしまったのですが、昔の人たちは自然の中にある、口当たりも良くて、自然な薬効効果もがある植物を口にしていた、というのも忘れてはいけないと反省しました!

自然の万能薬!エルダーフラワーの効能がすごい!


追記 2:

セイヨウニワトコについて調べると、色々出てきてしまって収拾がつきません。

「ユダの木」と呼ぶというのは、Wikipediaに書いてあったのですが(出典を付けろという注釈付き)、普通のフランス人に聞いても、そんな呼び名は知らないと言われるのではないかと思います。

ともかく、丈夫な木。薬用にも使えるなど身近な植物だったので、ヨーロッパ各地で色々な俗信も生まれたようです。

フランス情報では、oreille de Judas(ユダの耳)というのも出てきました。枯れたニワトコ属の植物から奇妙なキノコが生えるのだそう。

Oreille de Judas

oreille du diable(悪魔の耳)とも呼ばれています。確かに不気味なキノコ。でも、調べてみたら、中華料理でよく使うキクラゲのことなのでした!

このキノコをクラゲに例えるか、ユダや悪魔に例えるか...。文化の違いって面白い。そういえば、クラゲもフランス人には薄気味悪い生き物でしょうね。中華料理のクラゲがコリコリしていて美味しいのだと話したら、あんなものは食べたくないと言われました。


なお、ニワトコは幹の芯を抜き出しやすいので、フルート(ミルリトン、ファイフ)やホイッスルにもされていたとのこと。


Le Joueur de fifre, Édouard Manet(1866年)

日本では単に「笛を吹く少年」という訳されていますが、フランス語の作品名では笛が何であるかを特定していて、これがファイフと呼ぶ楽器なのだそうです。

ブログ内リンク:
★ 目次: レシピ、調理法、テーブルウエアについて書いた記事
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
L’arbre de Judas et son oreille
【レシピ】
Recette Gelée de fleurs de Sureau
Gelée de fleurs de sureau
Gelée de sureau
Confectionner de la gelée de sureau
Vin de sureau facile
Vin de fleurs Sureau, sirop de fleurs Sureau et gelée de fleurs de Sureau
【忘れられた野菜】
Légumes oubliés
Top 10 des légumes oubliés à redécouvrir en temps de guerre
Pourquoi les légumes oubliés ont-ils été oubliés ?
Les légumes oubliés les exposés de Lucullus Succulus
【ユダの裏切り】
「ユダの接吻・ユダの裏切り」 ジョット
「銀貨30枚を返すユダ」  レンブラント


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2015/11/05
パリでメトロに乗ったとき、一緒に乗っていた友人が、すごく近代的でしょう、と自慢しました。

ドアの上に液晶画面があって、路線のどこにいるかの地図や、次の駅の名前などが出てくるのです。そんなのは、東京の地下鉄は昔からやっているし、ニュースとかコマーシャルなんかも流しているよ、と私。

でも、パリのメトロにしては画期的進歩でしょうね。

始めて利用したときには、どうしてこんなに不便なシステムにしているのだろうと思ったものでした。乗っているとき到着して駅のホームにある大きな駅名を見ると、その駅の名前しか書いていないので、次はどこに止まるのか分からない。電車の中には路線図もない。ホームに降りる前に、しっかり路線図を眺めているか、メトロの地図を持っていないといけないのです。

日本の科学技術は進んでいるから、と友人は苦笑したけれど、本人が感心しているから話しを続ける。

自動運転だし...。

運転手がいないの?!

薄気味悪くなりました。
2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その11 
目次



たまたま先頭に乗っていたので前が見えるのでした。かなりスピードを出して走っているのですが、無人運転なの?!...

何か問題がおきた合に運転手を配置できる措置も、空間さえも、ないように見えます。でも、取っ手のようなものが見えるので、そこをピアノの蓋のように開けると操縦ボードが出てくるのかな?... でも、人が立てるようなスペースがあるようには見えない...。

パリのメトロでは、ホームに駅員の姿も見えないのではないでしたっけ? 車掌も見たことがないような気がします。抜き打ちの無賃乗車検査以外では駅員がほとんど目に入らない。

何かあったときには、どうするの?!

電車を降りてから、本当に運転席には誰もいなかったのかを確かめました。



運転手席の部分は、ないですね。
一番前に座っている人が見えますが、乗客です。


こういうのは、日本語では「自動列車運転装置(ATO: Automatic Train Operation)」、フランス語では「Pilotage automatique」と呼ぶらしい。面白い名前は付いていないようです。

もちろん、列車はコントロールセンターのようなところで動かしているわけでした。私が乗ったパリメトロ1号線の制御室は、こんな風になっているのだそう ↓

PCC Ligne 1
 Poste de commande centralisé (PCC) de la ligne 1



パリ地下鉄1号線が無人運転化


La ligne 1 ou la ligne de toutes les innovations


パリ交通公団(RATP: Régie autonome des transports parisiens)が採用しているシステムはSAET(Système d'automatisation de l'exploitation des trains)。現在のところ、1号線と14号線で無人運転を実施していて、4号線の自動化が2022年完成予定で進んでいるようです。

パリの地下鉄も近代化したのですね。20年くらい前、来日したパリ交通公団の社長さんのお世話をしたときに聞いた話しを思い出しました。東京の地下鉄を一緒に見学して、運転手の席にも入れたのが楽しかった思い出。

そのときに挙げていたパリの地下鉄の問題点が興味深かったのでした。
  • 新しく路線をつくろうとして掘ると、必ずと言って良いほど遺跡がでてきてしまうので、工事ストップが入って工事が遅れる。
  • 毎日と言って良いほど線路に飛び込み自殺をする人がいるので、列車ダイヤが乱れる。
東京の地下鉄は、ここに止まるというところで待っていると、そこにぴったり止まることに感心していらっしゃいましたね。

フランス人が日本に来ると、ホームにゴミなどがなくて清潔なのに感心します。でも、今回行ったパリのメトロでは、ずいぶんきれいになったような気がしました。少なくとも、最近はタバコの吸い殻をホームに捨てる人はいなくなったのではないかな...。

ところで、運転する人がいない電車は、日本にもありました。日本の大都市では過密ダイヤルなので、無人運転の電車は多くはないようです。

東京だったら、ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線が無人運転をしているそうです(一部の時間は除く)。

そう言われても、乗りに行こうとは思いませんけど。


Y a-t-il un pilote dans la rame ?

運転席に誰もいないのに電車が突っ走っているのって、薄気味悪いものですね...。

トルコのカッパドキアで気球に乗った日本人観光客の体験記を思い出しました。

地上に近づいたあとに気球が空に上がっていったとき、ふと気がつくと操縦していた人がいなかった。

変だと思って下を見ると、グループの1人と操縦していた現地女性が手を振っていた。地面に近くなったところで身を乗り出して記念撮影をしていてカゴから落ちてしまったらしいのです。

体験記を書いていた人は、乗ったときから操縦に興味を持って眺めていたので、なんとか真似をして無事に着陸できたというお話しでした。

私も同じところで気球に乗ったのですが、ああいう乗り物では事故がおきない方が不思議だな、と思って調べたら出てきたのでした。


運転する人がいない地下鉄で事故はおきないのでしょうか?

フランスがそういうことをやるのって信頼できないのですよ...。新しい新幹線の車両を開発して出来上がったら、車両の幅が合わなくて駅を通過できないことが分かったので駅の改修工事をしたなんてことがおこる国なのですから:

フランス鉄道であり得ないミス、総額150億ユーロの費用を投じて発注した新型車両の設計ミスで駅舎を通過できないことに

まして最近はテロもあるのだし...。

今年の春先には、ジャーマンウイングス9525便墜落事故もあったのだし...。でも、あれは、操縦席にパイロットが入れなかったのが問題であって、初めからパイロットが必要ないなら問題ないわけか...。


Journée portes ouvertes dans le métro

パリの地下鉄で事故がおきたことがないはずはない、と思って情報を探したら、こんな動画がでてきました。次の駅に到着するまでの間、ドアが開いたままで走ってしまったのですって!


les portes du métro restent ouvertes entre 2 stations

恐いですよ~! でも、乗っている人は誰も慌てていない。開いたドアの横に腰かけている人さえ動揺していないので不思議...。

最近はやりのトリック映像なのだろうと疑いました。でも、投稿している人がインタビューに答えている記事もあったので、本当に起こったことのようです。次の駅で停車してから動きだしたときには、普通にドアが閉まった、と証言しています。

動画が投稿されたのは今年の3月31日。ドアが開いたままで2つの駅の間を走行した場面を撮影したもので、スマホで撮影した1分13秒間のビデオでした。

このアクシデントが発生したのはパリメトロ10号線。これが投稿されてしばらくしてからツイッターで話題にされて騒がれ、それから地下鉄の会社が調査に乗り出したとのこと。

パリの地下鉄の中でも、この10番線の車両は最も古いのだそうです。それでもブラックボックスも装備されているし、ドアが閉まっていなかったら発車できないシステムになっている、とのこと。なぜ、こんな事態が発生したのかという原因が分かったという報道は見つけることができませんでした。

無人運転車ではなかったようです。どっちにしても起こり得ることでしょうね。危険があるのは、運転者がいようと、いまいと、同じなのだろうと思います。

それにしても、奇妙な動画です。乗客たちはドアが開いていることに全く動揺していない。ビデオを撮った人だけは事の重大さに気がついているのに、緊急ボタンを押してもいない。

この動画の信ぴょう性を疑っている記事もありました。そこで持ち出していたのは、2010年にリヨンで起きたという事故の投稿動画。話題になった下の動画は、トリック映像なのだそうです。


Accident de bus à Lyon

この動画を投稿した人は「インターネットの映像に騙されてはいけない」と言って、どうやって作ったのかも詳しく説明しています。すごく手間をかけて作ったのですね:
☆ YouTube: Accident de bus à Lyon Making of


でも、ドアが開いたままで走ったパリのメトロの動画を投稿したという人にインタビューしたという記事では、その人の名前と職業を入れているので、本当に起こったことだと思うのですけど。

おこりそうなことは、いつかは必ずおこる。100%安全! というのは、絶対にありえないと思います。

動画を探していたら、同じように電車のドアが開いたままで走った事件として、ブラジルのサンパウロの地下鉄、ベルギーの路面列車の映像が出て来ました。

ブログ内リンク:
★ 目次: 乗り物に関して書いた記事(自動車、自転車、トラクター、船など)

外部リンク:
Wikipedia: 自動列車運転装置 » Pilotage automatique (métro)  » Automatic train operation
Wikipédia: Système d'automatisation de l'exploitation des trains (SAET)
Wikipédia: Stations fantômes du métro de Paris

Il filme le métro qui roule portes ouvertes J'ai voulu insister sur la vétusté - francetvinfo 17/04/2015
Métro roulant les portes ouvertes l'incroyable vidéo d'un voyageur - Le Parisien 14/04/ 2015
À Paris, la rame de métro qui roulait les portes ouvertes - Le Figaro 15/04/2015
L'étrange vidéo du métro qui roule portes ouvertes - L'Express 15/04/2015
Wikipedia: フライングハイ(映画) » 英 Airplane! » Y a-t-il un pilote dans l'avion ?
Vidéo fake d'un bus à Lyon: "Aucun accident de ce type"  28/01/2010

OKWave: 完全無人自動運転しない日本の地下鉄
実はすごい「ホームドア」 鉄道の自動運転化には欠かせぬ存在だった
☆ 日本地下鉄協会: フランス パリ
パリの交通情報
パリメトロ車両の解説(総説)
パリのメトロ乗り方ガイド


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2015/11/04
今回行ったパリでは、今まで見たことがなかった乗り物を見ました。

2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その10 
目次


自転車のタクシー: ヴェロタクシー(vélo taxi)

こんなのは、今までにパリで見たことがありませんでした。しかも、あちこちで出会ったのです! 薄気味悪くなるほど、たんさんいました。



こんな感じの自転車は、時々はフランスの地方都市で見ていました。広告が付いてあるので(ラッピング広告と呼ぶらしい)、新しい形のサンドイッチマンかと思って眺めていました。変わっているので目立って、つい目が行ってしまう、という宣伝効果?

でも、パリで見たのはお客さんを運ぶタクシーのようなのでした。

東南アジアでよく見るタイプですよね。フランス人は、よく行く低開発国での呼び名でpousse-pousseとかTuk-tuk とか呼ぶ乗り物。つまり、人の力で動かす乗り物タイプ。

フランスは深刻な不況で仕事がない。こういう仕事もできたか... と、複雑な思いがしてくる...。

体力がいるだろうし、パリの町中では車がかなりのスピードを出して走っているので危険もいっぱい。そういう仕事をする人たちが現れたというのは、フランスの不況の深刻さを現しているように見えてしまう...。フランスは労働者の権利が日本とは比べ物にならないくらい保証されているし、変な仕事をするくらいなら失業保険をもらっていた方が良い国だったからです。


まず、何と呼ぶ乗り物なのかを調べました。

vélo taxi、vélo-taxi、triporteur、pedicab、cyclo-taxisなど色々な呼び名が出て来ました。

vélo taxi(ヴェロタクシー)というのが一般的なようです。véloというのは、vélocipède(ベロシペード)の略で、bicycletteのくだけた言い方。つまり、自転車です。

3輪車で、お客さんは2人、無理すれば3人乗れるという形でした。

乗り心地は悪くないのだそう。従って重いらしいのですが、ペダルを踏むのを電気で助ける装置はあるようです。


パリではヴェロタクシーが急速に増えていた

観光シーズンの夏にはたくさんのヴェロタクシーがいると書いてありましたが、私が行った9月でもかなりの量でした。

ここ2、3年で、パリにおびただしく増えてきたのだそう。


Les vélos-taxis envahissent Paris
 France Bleu 2015/07/18

フランスでも、終戦直後の貧しかった時代には自転車タクシーが存在していたそうです。それは自動車の普及とともに消え去っていたのに、21世紀に入ってから復活してきたようです。

このサービスの火付け役は、2003年にフランス中部のリヨン市で始めたCyclopolitain 社。パリにヴェロタクシーが登場したのは2007年。

それが急激に増加したようです。2010年にはパリには10台くらいあっただけなのに、2013年には約200台となった。今年のニュースでは、夏のパリには400台とか500台とかになっているのだと書いています。

ロンドンでは2,000台くらいあるので、それに比べればパリは少ないのだそう。

こういう人力タクシーは、体が不自由なお年寄りも利用するけれど、主な利用者は観光客。それで、観光スポットに行くとやたらにいる、というわけでした。

短距離の移動には余り向かないようですね。料金がタクシーのようにははっきりしていないので交渉するらしいのですが、長時間チャーターすれば割り引いてくれるけれど、短時間だとそれがないようなのです。

それから、ただ移動するというのなら時間がかかりすぎる。オルセー美術館からエッフェル塔に行くには、ヴェロタクシーだと20~25分かかって、タクシーの所要時間の3倍になってしまうとのこと。そのくらいの移動距離だと、タクシーの方が安上がりでもあるようです。


ヴェロタクシーは企業のチャンス?

ヴェロタクシーにはフランチャイズもありました。て、比較的少ない費用で企業することができるというのも、始める人たちを増やしているようです。

この仕事は、フランチャイズにしては収益は少ない。その代わり、始める費用も少なくて済むというのがメリット。登録料に240ユーロ、毎月の支払いが80ユーロ、という情報がありました。確かに、失業者でも始められる金額ですね。「あなたも企業家になろう」という感じで加盟する人を募集しています。

宅配をするのに利用するというのも出来てきたようです。もちろん、ラッピング広告で収入を得る道もある。というわけで、将来的にもっと増えるだろうと見做されていました。

自動車よりもエコロジーとしては良いです。大気汚染はしないし、騒音も出さない。でも、パリの交通事情を考えると、これ以上増えるのは問題になるのではないかという気もします。

新しい商売なので取り締まりも未だはっきりしていない。自動車のようなモーターがないので自転車専用路を走っても大丈夫「らしい」という感じ。でも、タクシー専用の駐車場に止めたら罰金を取られる。環境に優しい乗り物だからといって、パリ市が援助しているようには見えませんでした。

ヴェロタクシーの数は増えすぎたので、すでに客を確保するのが大変になってきたようです。東欧から流れて来た人たちが届け出もしないでやっていたり、ほとんどオートバイのような装置にしているのが見つかったりするトラブルもあるとのこと。

今では、パリやリヨンの他に、リール、マルセイユ、ボルドー、トゥールーズなどの大都市にもヴェロタクシーが走っているそうです。日本でも、2002年にべロタクシーという運営団体が設立されていました。


こんなのもある...



タクシーとしても利用できるし、借りきってしまうこともできるタイプのようです。こちらは「Tuk-Tuk(トュクトュク)」と呼ぶのが一般化しているようです。

私は、ノートルダム大聖堂に近いあたりでみかけました。結婚披露宴のお祭り騒ぎで何台も借りたのではないかと感じました。交差点のところで同じ車が数台あって、たがいにはしゃいだりしていましたので。



エレクトリックカーと書いてありますね。つまり、こちらもエコロジー・ブームで登場したわけですか...。

これと同じ車を探したら、Allo TukTuk Parisと出て来ましたが、他にも会社があるし、個人で車を買って営業している人もいるそうです。

パリにお目見えしたのは2011年。2013年には50台になったという情報がありました。


こういう乗り物は営業タクシーと違うので特別な駐車場がない。原則として予約して利用するということになっていました。その問題点を伝えるニュースに日本語の字幕スーパーがあるものが見つかりました:


パリにやってきたトゥクトゥク、その人気ぶりと問題点 AFPBB News 2013/11/18公開
⇒ フランス語版はこちら: A Paris, les tuk-tuks fleurissent... tout comme les PV


観光地で変わった乗り物に乗って市内見物をするのなら、私は馬車の方が好きですけど...。



パリで見て驚いたものシリーズ。もう1つの乗り物は、地下鉄でした。
パリで見た奇妙な光景: 無人運転のメトロ

ブログ内リンク:
★ 目次: 乗り物に関して書いた記事(自動車、自転車、トラクター、船など)

外部リンク:
ヴェロタクシー:
☆ Wikipedia: 自転車タクシー » Vélotaxi | ベロタクシー
☆ Wikipedia: 三輪タクシー » Tuk-tuk
☆ Wikipedia: Pousse-pousse = 人力車
Les vélos-taxis à la conquête de Paris 19/07/2015
Les vélos-taxis Paris 18 juillet 2015
Les vélos taxis, une autre façon de créer sa boîte 6 mai 2015
Vélos-taxis : HappyMoov va déployer 150 véhicules à Paris en 2015 6 mars 2015
VIDEO. Les vélos-taxis débarquent à Paris 28/12/2014
Vélos-taxis: les clés du succès 11/05/2013
Les services de vélo avec chauffeur
Cyclopolitain

トュクトュク:
Allo TukTuk Paris
Les chauffeurs de tuk-tuk parisiens se plaignent d'une réglementation inadaptée - Le Fogaro 21/08/2013



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2015/10/05
少し前にクイズを出しました:
クイズ: 城のダイニングルームにあったものは何でしょう? 2015/09/25

答えを考えてくださった皆様、どうもありがとうございます! 全てのコメントを非公開にしたままで書き込んでいただいていたのですが、コメントは全て公開したので、正解を発表します。


クイズにしたもの

時々している「これは何でしょう? クイズ」で、今回取り上げたのは、これでした ↓

 

城のダイニングルームにある暖炉の横にあったものです。容器には蓋があったのですが、無くなっていました。


クイズの正解を出していただきました

暖炉と同じ柄の陶器ですし、中は黒くなっているので、炭や薪に関係しているというところでは皆さまの答えは一致していました。

寄せてくださったお答えを並べてみます:
たかゆきさん: オマル(薪を入れて消火した)
をやぢさん: 熾火を入れて、足温器、コタツ、手あぶりとして使う
aostaさん: 灰入れ
徒然わいんさん: 燃えさしを入れて暖をとる、あんか ⇒ 火鉢 ⇒ 消し壷

これには暖炉の薪が燃えた後に残る熾火(おきび)を入れて、暖房器具として使っていたそうです。

最も言い当てている言葉は、コタツだと思いました。というのも、これは両手で持てるように取っ手が付いているので、熾火を入れた後にそれを運んで...

なんと、食卓のテーブルの下に置いたのだそうです!

ここはダイニングルームなので、暖炉の向かい側には当然ながらテーブルとイスが並んでいます。



テーブルの下に入れておくと、そのあたりが暖かくなるというのと、ちょっと足を乗せたら温まりそう。壺の下の方が小さくなっているということは、靴がぶつからないようにという配慮でしょうか?

この部屋には暖炉は1つしかありませんでした。そんなには広い部屋ではありませんでしたが、天井の高さが4メートルあるので、暖炉だけでは寒かったのでしょう。

でも、テーブルは木でできているので危ないですよね。それで、容器には蓋が付いていて、それでも火が消えてしまわないように容器には通風孔が付いていたのでした。

こんな陶器製の重そうなものなら、足がぶつかったくらいでは倒れる心配はなかっただろうと思います。

テーブルの下に置くならコタツだ、と私は思ったのでした。

コタツは布団をかぶせて熱が逃げないようにするわけですが、西洋式のテーブルの下に置いたって、分厚いテーブルクロスが布団の役割を果たしたのではないでしょうか?

というわけで、「コタツ」を正解にしたかったので、「火鉢」とお答えをいただいたとき、もう1歩進んでコタツにしてくださらないかなと期待してしまったのですが、逆に遠ざかって「消壺」が出てきてしまいました。それで申し訳なくなって、今までいただいたコメントを全て開封して公開することにしました。

「火鉢」というお答えも正解ですね。つまりは、火鉢をテーブルの下に入れていた、ということですから!


Chaufferetteと呼ぶ道具

城を案内してくださった方は、この道具を「chaufferette(ショーフレット)」と呼んでいました。

知らない単語として聞いたとしても、なんとなく想像できる名前です。動詞のchaufferは、暖める、熱するの意味がありますので。

熾火を入れるタイプは「chaufferette à braise」と言う方が特定できると思います。braiseは薪を燃して崩れてきた状態になったものを指し、暖炉でバーベキューをするときも、この状態になってから肉を焼くのが普通です。

chaufferetteを仏和辞典で引くと、こんな訳語が出てきます:
足温器(chauffe-pieds)、あんか。炭のおき、熱湯または電気を用いる。

この訳語からは、火鉢とかコタツは連想できないのですが、昔に使っていた熾火を入れるシステムの暖房機は、もっと小さなものが普通だったのです。

Chaufferette à braise


「chaufferette」という言葉が文献に現れたのは13世紀だそうです。フランスにセントラルヒーティングが普及するまでは、つまり高度成長期になって生活水準が上がるまでは、この熾火を入れる道具が使われていたようです。

暖炉から離れた窓辺で縫物をするときに足元に置いていたとか、教会のミサに持っていったという思い出話しがありました。

この道具を持った女性のサントン人形

まだ炭のように燃えている熾火を入れるわけなので、道具は金属製が大半だったように見えました。

この城のように陶器製の火鉢のような形のものは、サイトで画像検索しても出てきませんでした。19世紀にベルギーから取り寄せたと説明されていましたが、その時代はヨーロッパの人々が東洋に出かけた時代。何処かで火鉢を見てアイディアを得たのではないかという気もします。

chaufferetteという単語自体は消えてはおらず、現代的なカイロのようなものもchaufferetteとして売られていました:
「chaufferette」をキーワードにして、フランスのアマゾンで検索

1. クイズ: 城のダイニングルームにあったものは何でしょう? 2015/09/25
2. 答え: 変わった昔の暖房器具
3. クイズ: 熾火を使う暖房器具に穴があるのは、なぜ?


残る疑問: 容器の下には穴がある!

これは、コタツか、テーブルの下に入れてコタツのように使う火鉢と呼びたいと思います。

ところが、そう書いた作っていたら入ってきたコメントで、新たな疑問がわいてきてしまいました。

下の写真で、赤い矢印を入れたのは通気口の穴。それは良いのですが、下にも大きな穴らしきものが開いているのです。



こんなところに穴が開いていたら、小さくなった熾火や灰が、パチンコ台の穴から玉が出てくるようにあふれ出てきてしまうではないですか?!

Stanisław Leszczyński石を敷き詰めた床なので、火事になる心配は少ないでしょうけれど、食卓に座っている人の洋服に火の粉が飛ぶ危険はあるはずです。

ポーランド王とロレーヌ公の称号を持っていたスタニスワフ・レシチニスキは、自分の寝室にある暖炉の熾火を動かして火をおこそうとしていたらガウンに火が移ってしまいました。

2月5日のことだったので、寒かったのでしょうね。

そのガウンは、娘さんがプレゼントしたばかりの豪華な毛皮だったというのも皮肉...。ガウンが燃えだしたのを消そうとした彼は、熾火の中に倒れてしまった。88歳という高齢だったし、ご馳走の食べ過ぎで巨体だったのがいけなかった...。

大変な苦しみ方をして、火傷をしてから17日後、2月23日に亡くなったそうです。

ロレーヌ地方のナンシー市ある彼の名を付けたスタニスラス広場(世界遺産登録)は、最近に修復も済ませ、とてつもなく美しい姿を見せています。


それは置いておいて、私のコタツの穴。

見学したときには、この穴についての説明はありませんでした。

それで、また新たに調べてみると、答えはこれではないかなというのが見えてきました。でも、全く確信はありません。

それで、またクイズにしてしまって、皆さまのお知恵を拝借させてください。

この次は、問題の部分を大きくした写真を入れますので、よろしくお願いします。

続き: クイズ: 熾火を使う暖房器具に穴があるのは、なぜ?

ブログ内リンク
★ 熾火でベッドを温める道具:  クイズの答え 2010/09/16
★ 目次: ロウソク、キャンドルスタンド、暖炉、燃える火
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: クイズを出した記事一覧
★ 目次: サニタリーに関して (トイレ、浴室、洗濯、衛生)

外部リンク:
☆ Wikipédia: Chaufferette
Collection de Chaufferettes
Ma collection de chaufferettes
SE CHAUFFER EN HIVER


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2015/08/08
通りかかった道路に、こんなのが見えました。



「Plage(ビーチ)」と書いてある。

パリ・プラージュ(Paris Plages)」をもじったのだと思いました。

パリ市が2002年に始めた企画で、セーヌ河の畔に砂をおいて人工的なビーチにしてしまうアイディア。

それが大成功してフランス各地の都市でも行われるようになっているけれど、ここのような小さな村ではそんなことはできない。

それで、この少し先にある川のほとりがビーチだというジョークだろうと思ったのです。

ところが...


段差があることを示す道路標識だった

よく見ると、これは道路に盛り上がった部分があるという標識なのでした。

こんな感じで普通は道路標識がついています。



「ralentisseur(段差舗装)」と呼ばれる標識。少しの盛り上がりがあるところは「dos-d'âne(ロバの背中)」と呼ばれますが、町村が奏功する車の速度を落とすためにわざわざ段差を付けることもあります。

Coussin berlinois en caoutchouc vulcanisé車の速度を落として走っていてもガクン・ガクンとなるので、危なくて仕方がない。

オートバイなどは平行を失って倒れたりするので、かえって事故が増えるとも批判されているシロモノ。

それで、こういう段差舗装の悪口で、「gendarme couché(横たわった地方警察官」とも呼ばれています。警察官のポリスは都市にしかいなくて、交通違反を取り締まるのは地方警察官だからです。

あちこちでそういう道路になった時期があったのですが、その後にかえって危ないと批判がでたので道路を平らにしたりしていたのですが、また最近は段差を付けるところが出てきた感じがします。

入れる画像を探していたら、段差舗装にするのには法律的な制約があるのに、現在ある段差舗装の3分の1は違反しているという調査結果があったのだそう。本当に、危なっかしくて仕方ないほど急に盛り上がっているところがあります。


それにしても、道路標識に悪戯をしてしまったのを村は放置しているのは奇妙。

でも、ヤシの木を立てた島の絵にしてしまったこの村では、その近くには段差がないので奇妙に思ったのですが、道路は平らにしたけれど道路標識の方は残っていたのだそうです。それでユーモアということで大目に見られているのかもしれません。

写真を眺めて気がついたのですが、ヤシの木の周りが白っぽいので、絵を描いたのではなくてシールを張ったのかな、と思いました。それで気になって調べてみました。


道路標識に悪戯してしまう芸術家

この村の誰かが考え出したわけではなくて、話題になっている悪戯アートなのでした。

こんな動画が見つかりました。


EXTERMITENT - CLET


クレ・アブラーム(Clet Abraham)という芸術家があちこちでやっているらしい。イタリアに住んでいるけれど、ブルターニュ地方出身のフランス人なのだそう。


Clet Abraham, lo street artist ridisegna i cartelli a Genova



Meet Clet, A European Street Artist Who Defies Authority By Tweaking Street Signs


彼と一緒に仕事をしている日本人女性が関西で道路標識にステッカー張りをして、今年の始めに警察に逮捕されたそうでした。

クレ アブラーム 標識に落書き!ついに逮捕か!?

イタリアやフランスでやったらユーモアだと見逃してくれるかもしれませんが、真面目一徹の日本でやったら犯罪行為としか受け取られないでしょうね...。

なかなか面白い作品(?)なのではありますが...


道路標識に落書き!フランス人の芸術家クレ・アブラーム


でも、危険を知らせる道路標識だということに気がつかせなかった人が事故がおきてしまったら、「芸術活動です」では済まされないですよね。やはり、こういう悪戯はすべきではないと思うけれどな...。

ところで、リヨンに住んでいらした日本人の方が、奇妙な信号機を見かけていたことをブログに書いていらっして( これは、この為に???)、私も気になっていたのですが、この種のアート(?)だったのかな、と思いました。この記事を読んだのは、もう10年近く前のこと。やっと謎が解けた?

ブログ内リンク:
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って » ストリートアート
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事

外部リンク:
道路のデコボコを表現するフランス語
Un tiers des dos d'âne seraient non conformes
☆ Wikipedia: クレ・アブラーム(Clet Abraham)
フランス人、落書きしたアーティストが悪いだろ!日本には日本のルールがある! - フランス人の反応をまとめてみた
Ces panneaux de signalisation détournés qui font enrager la police japonaise
Cet artiste qui détourne les panneaux de signalisation
Street Art et Panneaux de Signalisation – Clet Abraham


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2015/06/28
フランスでは、歴史に残る偉人にゆかりがある家屋であることを示す記念碑プレートを付けている建物があります。それを茶化しているようなプレートが付いている建物もある。

フランス人の冗談好きの現れであって、面白がってプレートを付けているのだろうと思っていました。ところが、そこに住んでいる人たちには断りもなく、なんだか変な記念碑プレートが付けられる、ということもあるのだそう。

記念碑プレートについて書きながら調べていたら、特にパリでは、それをやられて当惑しているマンションのニュースが出てきました。面白いからそのままにしておくか、やはり根拠のない記念碑プレートは取り外すべきか?... と、住んでいる人たちは悩むらしい。

つまりは、犯人がいるということ? どうでも良いことなのではありますが、気になったので背景を調べてみました。


何もなかった年月日の記念碑プレート

前回の日記「フランスの建物に付いている記念碑プレート」では、フランスの建物には記念碑プレートが付けられているのを紹介して、こんなのが付いていた家もありました、と書きました。


ここでは、1583年4月17日に、おそらく何もおこらなかった

何もなかったなどという記念碑プレートを付ける必要はないのですから、おふざけだとすぐに分かりますよね?

これはよく見かけるプレートで、文章には多少のバージョンがあります。「全く何もおこらなかった」と書いてあるのは共通していますが、それがいつだったかは統一されていません。それから、「何もおこらなかった」のが、どの程度のことであるかを示す副詞の部分が異なっていたりもします。

下は、「おそらく」の文字がないシンプル・バージョン。


1967年4月17日に、ここでは、何もおこらなかった

私が一番好きなのは、「おそらく(probablement」何もおこらなかったではなくて、「strictement(厳密に、完全に)」何もおこらなかったという文章。その方が愉快ではないですか?

こういうのです ↓


ここでは、1891年4月17日に、厳密に何もおこらなかった

上のプレートは、文房具店で売っているのを見たことがあります。こちらのネットショップでも売っていますね。29.90ユーロですって。エナメル加工した高級品のプレートですが、4,000円を少し超える金額。そんなにお金を出して遊びたくはないですよ~!


ここまで書いて、ふと、気がつきました。

ここで挙げた3つ例では、それぞれ年号は異なっていますが、4月17日(17 avril)ということでは共通しているのです。何か特別な日なのでしょうか?

プレートに書いてある「rien(英語にすればnothing)」の文字で思い出したのは、フランス革命が勃発した1789年7月14日の日記として、ルイ16世が「Rien」とだけ書いていたという有名なエピソード。襲撃を受けていながら「何もなし」はないだろうと言われましたが、実は、彼の日記は趣味にしていた狩猟について書いていたので、「今日は、獲物は何もなかった」というだけの意味しかない文字だったのでした。

その日記の日付は7月14日。今日では革命記念日として祭日になっているので、フランス人には馴染みが深い日付です。その日付の数字を逆に読むと4月17日になりますね。フランス語で「17 avril(4月17日)」と書いてあるのを見たときには何も思わなかったのですが、日本語にすると年月は数字だけになるので見えました。

わざわざ4月17日としているのは、7月14日のアナグラムなのではないか、という気がしてきます。

とはいえ、何もなかったと書いてあると、実は何かがあったのではないか? と気になってくる。偽の記念碑プレートに書いてあった年月日には何か特別なことが起きていたのかもしれない、と調べまくったフランス人のブログも出てきました。

でも、プレートを作ったのはフランスではない可能性もあるのだし、年号や年月には意味がないと思った方が良いのではないか、と結論しました。そうやって、思わせぶりなことをするのが、こういう偽の記念碑プレートの狙いなのでしょうから。


フランス人はジョークが好き

前々回の日記(「お向かいさんより、うちの方が良い」というプレート)で、こんなプレートを買って塀に付けた友人がいたことを書いています。
Plaque
"Ici c'est bien mieux qu'en face"

フランス人は、何か書いたものを張るのが好きなのかもしれない、と思いました。

カフェの中でも、よく見かけます。
こんなのが壁に貼ってあるのを見た、とブログにも書いていました:

 
カフェで飾りたくなるジョーク? 2014/04/15

フランス人から、フランスとイギリスのジョークはかなり違うのだと言われたことがありました。イギリスのジョークというのは、かなりグサリと差すほど辛辣なのだそう。これを見たとき、なるほどね... と思ったので写真を撮っていました。 

ワイン農家で試飲する場所の壁にも、格言風の文句が掲げられていることがよくあります。例えば、「女性とワインは悲しみを忘れさせる」とか...。

友達の家でトイレをかりたとき、壁にユーモラスなことを書いてあるのが貼ってあるのも良く見かけます。

でも、考えてみれば、何か書いてあるのを飾るというのは、日本人もよくやりますね。

こういうのは日本の観光地のお土産屋さんなどで売っているので、好きな人は多いのではないかと思います。私は教訓を家の中に置いたり、壁に張ったりというのは、なぜか好きではないのですけれど...。

日本とフランスを比較してみると、大きな違いがあると感じます。

日本では、生き方を示唆する言葉とか、元気づけになるような言葉ですよね? フランス人が飾るのはジョークばかりのように思います。それが日本のような格言だった、というのは見たことがないような気がする...。

日本人は、反省して前進しようと努力する。フランス人は、笑ってごまかして、前向きに生きる... という違いがある、と言えるのかな?...


本物らしく見える記念碑プレートもある

フランスでは、著名な人物にゆかりがあることなどを示す記念碑プレートが家の外壁などについていることが多いという例を書くために、こんなサイトがあったのでリンクを取っていました:
Liste de plaques commémoratives parisiennes

スルスルとスクロールして入っている写真を眺めて、パリで見かけた記念碑プレートの写真をコレクションしている人なのだろうと思いました。記念碑プレートなんていっぱいあるのだから、そんな写真をコレクションしていたらきりがないではないか、と思いました。

放置してブログを書いていたのですが、リンクを残す価値があるかと思って再び開いて、少し文字も読んでみたら、なんだか変なのでした。

例えば、こんなプレートが入っているのです ↓


公務員のKarima Bentiffaは、このマンションで、1984年から1989年まで生活した

公務員というだけで記念プレートが付けられているのは奇妙。それ以外に何か功績を残した人だったのだろうかと思いませんか?

この名前で検索してみたら、これと全く同じ文章のプレートが、パリ市内でかなり離れた地域の4カ所に付けられていたと出てきました。従って、偽物であるのは確か。

「〇〇年には何もなかった」などというのは、ひと目でジョークだと思わせます。でも、人の名前が書いてあると、私は知らないけれど、何か特別な人がいたのだろうかと思ってしまう。パリの国立古文書図書館まで行って、そのプレートが昔からあったのかと調べていたことを報告している人までいました。

結局、Karima Bentiffaは架空の人物のようです。同じ名前で文章が異なるものもあるのです。

別の名前を使っている偽のプレートもありました。職業などで誰であるかを説明する部分にも色々あって、公務員の他に、セクレタリー、配管工、専業主婦、独身、ルイ15世の情報処理技術者、等など...。

それから、誰それは「ここには住まなかった」、このプレートは何年何月何日に取り付けられた、などというのもありました。


誰が記念碑プレートを付けていたか?

こういうのは、その建物に住んでいる人がおふざけで付けているのだろうと思っていたのですが、そればかりではないのでした。

ある日、マンションの壁に記念碑プレートが取り付けられているのに住人たちが気がついて、書いてある人物は誰なのかなどと不思議に思ったりしている、という話しが出てきました。

もう10年くらい前から、パリではこういう偽の記念碑プレートがたくさん付けられている、とニュースになっていたのです。

自分の家に勝手に何かを付けることを禁止できる法律はないようなのですが、勝手につけられてしまった場合は、住人が取り外して良いのだそう。そんなことがニュースに書いてあるということは、被害(?)を受けた人が多数いるということなのでしょうね。

何なのか気になってきました。しつこく調べていたら、やっと理由が出てきました。

謎めいた偽の記念碑プレートだったのですが、ついに誰がやっているのかも判明したのだそう。あるアーティストが、仲間の手助けも得て、2001年の夏から、ひそかにプレートを付けていた、とマスコミの取材に応じていました。

ちゃんと、悲惨な事件があったような通りは避けているのだそう。目的は、不快感は抱かせずに、通りがかった人が都会では語られることもない無名の人々もいることを考えさせることにあるのだ、と言っていたらしい。

そのアーティストは簡単に持ち運べる折り畳みの梯子も用意していて、プレートを取り付けることで警察に目をつけられることがないようにも注意しているのだそう。

もっとも、本物のプレートに見えるだけで、材料費はそんなにかけていないらしいです。ポリスチレンの板に、浴室用の糊付き壁紙を使っているとか。

そう聞くと、二番煎じかな、と思いました。

パリには、人が気付かないうちに壁に落書きをして有名になった女性アーティスト、Miss. Ticがいるのです。名前を発音すると、英語でもフランス語でも通用する「ミスティック」になる。

そのことを書いた記事:
Miss.Tic(ミスティック): パリで人気の落書きアーティスト 2011/11/07

でも、ミスティックはサインを残していますが、記念碑プレートをとりつけるアーティストはプレートにサインは残していないし、マスコミの取材に応えるときも名前は明かしていません。何のために、そんなことをするのかな?...

ともかく、偽の記念碑プレートも存在するということは、観光しているときに注意しなければいけないかも知れない。ただし、さすがに実在の人物の歴史を歪めるものではなく、読めばジョークだと分かるものばかりにしているようです。そこまでに止めておかないと、犯罪になって逮捕されてしまいますものね。

シリーズ記事: 家の記念碑プレート


ブログ内リンク:
★ 目次: フランス人のジョークについて書いた記事

外部リンク:
☆ Réponse à Tout: Les fausses plaques commémoratives 30/09/2008
☆ Le Monde: Le mystère des fausses plaques commémoratives sur des immeubles parisiens 19.11.2002
☆ Le Parisien: Des fausses plaques commémoratives sur les façades 11/11/2002
Epigraphie immobilière parisienne
Une plaque de rue émaillée bien énigmatique: " Ici le 17 avril 1891 il ne se passa strictement rien !"


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